神嫁、はじめました。

若松だんご

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14.YOUはどうして野賀崎へ?

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 何やってんのよ。
 何やってんのよ、まったく。

 [台風8号、野賀崎町に甚大な被害]
 [時臥山が崩れ、野賀崎町、孤立]

 このニュースを見てから、ずっと私の頭の中でくり返す言葉「何やってんのよ」。
 私に自慢してたじゃない。野賀崎は、自分が守ってきた土地だって。争いも災いもない、優れた場所だって。自慢気に私に見せてきたじゃない。
 多分、私が生きてきた中で、一番キレイだと思った夜の野賀崎。海にできた月の道。闇に沈んだ時臥山のシルエット。連なる町の明かり。魚にお肉に野菜にお米。あそこで食べたものは、どれも美味しかった。
 アイツのご自慢の野賀崎町。それなのに。

 (何やってんのよ!)

 ニュースに映し出された野賀崎の町。
 あれだけキレイだった海は土が混じって濁り、山は崩れて線路が塞がれていた。県道はどうにか持ちこたえていたから、完全孤立ではないけれど、電気は通じてないし、収穫前の稲はなぎ倒され泥に浸かってる。瓦の飛ばされた民家、壊れた養殖筏もあって、テレビのリポーターが興奮気味に状況を伝えてた。「野賀崎町がこんな目に遭うのは町が始まって以来のこと」だって。スタジオのコメンテーターが、「やはり気候変動のせいだ」とかなんとか持論を繰り広げてたけど。

 ――いやあ、すごい台風じゃったなあ。

 急いでかけた電話。
 ひいじいちゃんちに目立った被害はなく、「大丈夫じゃよぉ」と笑って返された。

 ――筏は直せばええ。稲だってなんとかなる。日菜子は気にせんでええよ。

 ひいおじいちゃんはそう言ってくれたけど。

 (何やってんのよ!)

 苛立ちは収まらない。
 私が町を離れたから? それで意地悪をしてるの?
 最初、私が東京に帰るって言ったら、町に災害を起こすって脅してきたけど、でも今は違う。だって、あそこを離れていいって言ったのはアイツだもん。人質にされてたスマホを返して、「都に帰れ」って言ったのはアイツだもん。私は、「いい」って言われたから、戻っただけだもん。
 なのに。

 (何やってんのよ、自分)

 苛立ちまぎれにアクセルを踏み込み、ハンドルを持つ。
 何やってんのよ、自分。
 災害が起きた時、ボランティアだってなんだってむやみに被災地に入らないのが常識。うっかり入ったことで二次災害に巻き込まれる危険性だってあるし、私がいることが復旧の妨げになることだって、迷惑になることだってある。
 だから、今の私みたいに被災地に向かうのは、一番やっちゃいけない行為。
 わかってる。わかってるんだけど。
 自分でもわからないまま、会社ではなく、野賀崎へ向かう電車に飛び乗った。曽祖父母が心配だからと言い訳して、有給休暇ではなく無給で欠勤。少しでも野賀崎に近い駅まで行って、そこからレンタカーを借りた。ギリギリ通れた県道を無理言って通らせてもらい、荒れた野賀崎へと走り続ける。

 (何やってんのよ、私)

 幸い死傷者は出てないって、ニュースで言ってたのに。気になるなら、落ち着いてから行っても良かったのに。
 なのに、なんでこんなに必死にハンドルを握ってるの? なんでこんなに必死になって向かってるの?
 わかんない。わかんないことが、最高に苛立つ。
 私はどうして野賀崎へ?
 訊かれたって答えられない。

 私が走らせるレンタカーは、倒れた稲の間を抜け、町の懐深くにある時臥山にと入っていく。
 ガタゴトと舗装されてない上に、ぬかるみ、足場の悪い道を走る。時折水たまりというか、穴にハマりかけて、車が泥を撒き散らしてバウンドする。普段なら、絶対こんなところ走らないのに。
 車が跳ねた勢いで、シートベルトしてても舌を噛む。

 「ひいおじいいちゃん!」

 目指す山の中腹、社の鳥居の前にいた、ひいおじいちゃんと町のジジイども。

 「おお、日菜子、来たのか」

 ひいじいちゃんの声に、みんなが一斉にふり返る。

 「ひいじいちゃん、アイツは?」

 バンッと少し乱暴にドアを閉めて問いかける。
 鳥居の向こう、茅葺屋根の本殿は、台風の影響を受けてなさそうだけど。

 「それがな、那岐さまが、どこにもおられぬのだよ」

 「は?」

 アイツが? いない?

 「こんな災害に遭うなど、おかしなことじゃからなあ。てっきり那岐さまの身になにかあったのかと、こうして見に来たんじゃが……」

 「隠れてる……とかじゃなくて?」

 アイツは、私がここに担ぎ込まれた時、鳥居の中と外で隔絶、姿を見えなくした。だから、そういう変な技を使った――のでもなさそう。
 ヒョイッと鳥居をくぐってみるけど、景色、見えるものに変化なし。

 「またお隠れになったのかのう」

 そこにいた一番恰幅のいいジジイが言った。

 「お隠れ?」

 ナニソレ。

 「那岐さまはの、ずっとこの野賀崎に加護を与えてくださっておる神様じゃが、そのお姿は、誰も知らなかったんじゃよ」

 ひいじいちゃんが補足説明を始めた。

 「お前が山に迷って助けられてからなんじゃ。那岐さまがあのようにお姿を現しになったのは」

 「へ? そうなの?」

 てっきり、ずっとここにいて、町のみんなから慕われてるのかと思ってたんだけど。

 「少なくとも百年以上は、姿をお見せになっておらん。町の者は、那岐さまの存在は知っておったが、誰も見たことがなかったんじゃよ」

 「失恋の痛みに耐えられんかったんかのう」

 「大事な嫁に逃げられたんじゃからのう」

 「嫁に出会えて、そりゃあものすごく喜んでおられたからのう。お辛かったに違いねえ」

 悲しみのあまり姿を隠しても仕方ない。ちょっとぐらい仕事を果たさなくても仕方ない。
 そういう同情めいた言葉と、チラッとこっちを見てくるジジイたちの視線。
 なによ、純朴なアイツをフッた私が悪いとでも言いたいわけ?

 「ちょっと、私、アイツを探してくるわ!」

 「日菜子っ!?」

 「アイツを連れ戻してくるから。ひいじいちゃんたちは、家に戻ってて!」

 私の「苛立ちメーター」、臨界突破でぶっ壊れた。
 ザクザクと大股前のめりで、社殿の後ろにそびえる山に向かって歩き出す。

 「い、居場所、わかるんか?」

 恐るおそる尋ねるひいじいちゃん。

 「わかんないけど、どうせ、山んなかでメソメソしてんじゃないの?」

 ふり返らずに答える。
 失恋、メソメソなら、山んなかじゃない? 知らないけど。

 「さすが、那岐さまの嫁御じゃのう」

 「夫の居場所がわかるなど。ツーカーの仲じゃな」

 うっさい。
 ジジイの感心したような言葉に、壊れた「苛立ちメーター」が、ボボンと破裂した。
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