猫ネコ☆ドロップ!

若松だんご

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15.アナタのお名前、なんてェの?

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 「――いい加減さ、名前で呼んでくれないかな」

 化粧を落として、いつもの顔で。
 恐るおそる訪れた志乃さまの部屋で。
 名前? 呼ぶ?

 「あの、それって……」

 「恋人のフリをするのに、名前で呼ばないっておかしいでしょ?」

 少し苛立ったように、髪を掻き上げた志乃さま。
 ベッドに腰掛け、正座のあたしを睥睨するそのお姿。――デジャヴ?

 「あの~、それって、契約続行……ってことなんでしょうか?」

 名前を呼べってのはそういうこと?
 あんな化粧しかできないあたしなのに?

 「それ以外に、なにがあるの?」

 「え、いや、はい。そそそ、ソウデスネ」

 あたし、カノジョ役、続投決定?
 喜んでいい? 喜んでいい? ここは一つ喜んでいいの?

 「俺のカノジョ役をやるっていうのならさ。化粧よりも――ケホン。化粧よりも、もっと甘い関係を見せつけられるようなこと、してほしいんだよね」

 ケホン、ケホン。
 
 なぜかそっぽ向いて咳き込む志乃さま。風邪でもひいたのかな?

 「あの、それで名前呼びをしろと?」

 そういうことですか?

 「そうだよ。せっかくこっちが頑張って〝のどか〟って呼んでるのに。キミは、〝志乃さま〟だなんて。普通、恋人を〝さま〟つけで呼ばないだろ?」

 「まあ、それは確かに……。っていうか、あたし、いつ〝さま〟つけで呼びましたっけ?」

 学校では、「あの」とか「その」としか言わないようにしてたのに。

 「さっき。よくわかんない言い訳のなかで、何度も呼んでた。〝志乃さま〟って」

 ゔええええ。
 呼んだの? 呼んじゃったの? 呼んじゃってたのっ!?
 マズい。顔を赤くしたらいいのか、青くしたらいいのかわかんない!

 「ってことで、名前呼びの練習。ほら、ちゃんと呼ばないとニセカノ失格になっちゃうよ?」

 ズイっと身を乗り出してきた志乃さま。その目が「ホレホレ」と催促してくる。

 「い、言わなきゃダメ……ですか?」

 「痴女ストーカー認定されたかったら、言わなくてもいいけど?」

 ニコッと笑う志乃さま。だけど。

 (こんなのシノさまじゃないぃぃぃっ~~!)

 どっちかと言うと、シノさまのパーティ仲間、神官のカティスのキャラだって! 最初はすっごく優しいのに、親密度が上がった途端、オレサマキャラ感出してくるの。ニコッと笑って悪魔の宣言。
 あたし、あんまりカティス好きじゃないから、そのキャラ被りはゴエンリョしたい、あ、イヤ、でもそんな志乃さまもちょっと惹かれる、新しい性癖見出せそう――って、そういう話じゃない。
 とりあえず。とりあえずは、志乃さまの名前呼び。名前……呼び。――ウォッシャッ!
 女の覚悟、決めます。
 せーのっ!

 「佐保宮先輩!」

 「は?」

 「え?」

 なんで驚くの?
 キョトンとした志乃さま。もとい佐保宮先輩。

 「〝先輩〟ってナニ?」

 「え、いや、だって、志乃さま、あたしより一学年上ですし」

 だから「先輩」。
 学園モノ乙女ゲームなら、「苗字先輩」呼びが普通だし。

 「あ、じゃあ、志乃先輩!」

 親密度上がると「苗字先輩」から「名前先輩」に変化するのがセオリーだし。
 って、あれ? 志乃さま、怒ってる?

 「……もう少し普通に呼んでくれ」

 盛大なため息をつかれちゃった。

 (先輩がダメなら、なんて呼べば正解?)

 指でこめかみグリグリ。瞑目座禅。
 教えて。かつてあたしがクリアしてきた乙女ゲームたち。ヒロインは、攻略対象をなんて呼んできた? 「先輩」がダメなら? 「さま」もダメなら? 親密度が上がってる状態なら?
 ポクポクポクポクポクポク、チーン! 閃いた!

 「志乃くん!」

 これだ!

 「は?」

 「え?」

 なんで驚くの? 再び。

 「志乃くん……ねえ」

 却下されない代わりに、なぜか手で口を押さえ、咀嚼するように何度も「志乃くん」を反芻される。

 「ま、それでいいか。それにしても――」

 スルッとベッドから下りた志乃さま――じゃない、志乃くん。

 「大胆だね。てっきり〝佐保宮くん〟とか、〝佐保宮さん〟ってくるかと思ったのに」

 え? へ?
 あ、そっか! そういう呼び方もあったんだった!

 「じゃ、じゃあ、佐保宮くん!」

 「却下」

 「佐保宮さん! それか志乃さん!」

 「ダメ。志乃くん、決定。それ以外の呼び方だと、返事しないからね、俺」

 そ、そんなあ……。
 あたしの提案を聞き入れず、ニッコリ笑う志乃くん(まだ呼びにくい)。やっぱり中身はカティス。カッコいいのに、中身は意地悪。

 「ってことで。のどか。恋人らしく、〝志乃くん〟って呼んでよ。ホラ」

 床に座り、あたしをグイッと抱き寄せた志乃くん。――って!

 (ギョワウオエェェッ!)

 だっ、抱き寄せないで! 並んで座って、頭、肩に抱き寄せられるって! そんなの! そんなの!

 (恋人同士みたいじゃないっ!)

 ――って、そっか、あたし、今、志乃くんの〝恋人〟だったわ。
 爆発しそうなほどドッキドキの心臓を必死になだめる。恋人が抱き寄せられたぐらいで動揺してどうする! 恋人なら、こんなぐらいの距離は普通! 抱き寄せられて、志乃くんの熱を感じちゃっても、志乃くんの匂いに包まれちゃっても!
 
 (って、無理! ムリムリムリムリムリ!)

 そんなの無理! 冷静になんてなれない!

 「ねえ、ほら」

 その催促してくる声にすら、頭がグラグラ煮え立ってくるっていうのに! その「ねえ、ほら」、腰が砕けそうなほどイケボすぎる!

 「し、志乃……くん」

 言った! 言った! 言ったから! 恋人らしく言ったから!
 だから離して、お願い! あたしどうにかなっちゃう!

 「まあ、いっか。それで」

 ヤタ!
 これで離れてもらえる?

 「――のどか」

 モゾモゾ動いたあたしに、声をかけてきた志乃くん。ナニ? と動きをとめたあたしに――

 「ンゴッ」

 チュプっと唇に触れた志乃くんの指。口の中に放り込まれたなにか。

 (これ、ドロップッ!?)

 口腔に広がった、記憶にある甘さ。志乃くんがあたしの口に入れたもの。あの、猫化ドロップだ!

 「えっと、その……、ニャンニャ……」

 ドロップが溶け出すと同時に猫化していく体。話すあたしの体も声も、みるみる間に猫に変化していく。

 「うわ。ホントに猫化するんだ」

 感心するような、志乃くんの声。って、猫化するかどうか、実験したの? わざわざ?
 以前、ドロップの説明をした時、あたし、ウッカリ志乃くんの部屋にビンを置き忘れてたらしい。でもまさか、それをこんな状況で使われるとは。

 「俺さ」

 完全猫になったあたしを、志乃くんが抱き上げる。

 「のどかの匂い、好きなんだよね」

 は?

 「このなんの飾り気もない、モフモフしただけの温かい匂い」

 って、え?

 「だから、化粧なんてするなよ。いつも通りでいい。んーっ、いいニオイ」

 ンガッ!
 なななっ、ナニ、あたしの匂い嗅いじゃってるのぉっ!

 猫吸い。
 持ち上げたあたしの背中、頭、耳の後ろ。あらゆるところに、顔を近づけ、胸いっぱい息を吸い込む志乃くん。

 (ギャアアアアッ!)

 「こら、暴れんなって。いい匂いなんだからさ」

 いやいやいやいや! 猫吸いされて喜ぶ女子はいないって!
 ジタバタモガモガ。暴れても、猫の体じゃ志乃くんから逃げられなくて。

 「こういうお家デートってのもいいよね」

 よくない! よくない!
 猫吸いデートなんて全然よくない!
 その上。

 「のどかってさ、触り心地もいいし」

 (ぎょえええぇっ! 体! 体撫でないでっ!)

 背中もお腹もあらゆるところを、毛並みに沿って撫でる志乃くんの手。
 いや、マジ、その手つき、気持ちいいし、気持ちいいし、気持ちいいし……。

 「ニャアン♡」

 ヘンな声出た。
 そして、受け止める体、撃沈。もうダメ。あたし、クタンクタン。
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