「キミを愛するつもりはない」は、溺愛未来へのフラグですか?

若松だんご

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7.ムカつくメガネの裏の顔

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 「お疲れ、透子。もう大丈夫だから、帰りなさい」

 乙丸くんも配達から戻ってきて。買い物に訪れるお客さんもずっと減って。
 ようやくお店が落ち着いてきた、いつも通りの閉店を迎える段になって、お父さんが言った。

 「帰らなきゃ――ダメ?」

 だってもうヘトヘトだし。帰ったところで意味ないし。
 どうせ、旦那は帰ってこないし。わたしが居なくても気にしないだろうし。

 「ダメ。お前も主婦なんだから、ちゃんと帰りなさい」

 お父さん。普段は、ちょっとお人好しで優しいんだけど、こういうところは頭が硬い。

 「翔平くんが帰ってきていたら、遅くなってごめんなさいと言うんだよ。翔平くんだって、透子の帰りが遅かったら、心配してるだろうし」

 その心配の仕方、わたし、小学生の子どもじゃないんだけど? そして、あの旦那はわたしの帰りが遅いぐらいで心配するようなタマか? ――でも。

 「わかった」

 これ以上、お父さんにお小言言われたくない。

 お店から新居となったマンションまでは、歩いて5分ほど。駅から離れていくせいか、街灯は少なく、歩道なんてのも無くなっていく。けど、それほど遠いわけじゃないし、車通りも少ないから、キケンとかそういうのを感じたことはない。
 いつも通りの、いつもより暗い帰り道。
 マンションにたどり着けば、エントランスを抜け、エレベーターに乗り込みあてがわれた部屋の階で降りる。

 「あ」

 そのマンションの廊下、部屋の少し手前で、声を上げる。

 「た、ただいま帰りました」

 「ああ」

 玄関ドアの手前。ドアを開けようと鍵を持った人物。旦那。
 声こそ上げなかったけど、あっちもわたしの帰宅に鉢合わせたことに驚いた顔してる。

 「今、帰りなのか?」

 「すみません、遅くなりまして」

 なに? 副社長夫人がこんな時間までフラフラしてると、外聞が悪いとか?

 「いや、それはいいんだが……」

 語尾があやふやになって、視線がわたしの手に注がれる。
 いや。正確には、わたしが手にしてる半透明のビニール袋と、その中身。
 まるふく弁当のロゴ入りビニール袋と、特製コロッケ弁当、ご飯は炊き込みご飯にチェンジ仕様。
 仕事で帰りが遅くなった娘のために、お父さんが用意してくれたもの。あの電話注文のついでに、わたしの分も用意してくれてた。

 「なんですか? 副社長夫人がお弁当なんて――とか?」

 険のある言い方になってるな。
 自覚はあるけどやめられない。

 「今日は、夕方になって特別注文が入ったから、遅くなったんです。それで、父が夕飯にってお弁当を持たせてくれたのですが。いけませんでしたか?」

 「いや、そういうわけではなくて……」

 軽く握った手で、口元を押さえた旦那。
 夫より帰りが遅いとは何事だ。
 手作りしない夕飯なんて何事だ。
 そもそも副社長夫人が仕事を持つとは何事だ。
 さあ、なんでも来なさいよ。なんでも受けて立つわよ。グーパンしちゃうかもしれないけど。

 「その弁当」

 へ?

 「その弁当は、キミの家のものだったんだな」

 「――は?」

 ナニイッテルノ?
 予想してたものとぜんぜん違う反応に、こっちのトゲトゲが抜け落ちる。

 「いや、先程の会議で、それと同じ弁当が出されたんだが。そうか、それはキミの家の、まるふく弁当のものだったのか」

 口元を押さえながら、ウンウンと頷いた旦那。
 って。――ん?

 「じゃあ、あの夕方の電話注文は、アンタんとこの会社のヤツだったの?」

 電話自体は、乙丸くんが受けてて、わたしは「特製弁当20個、ご飯は炊き込みご飯チェンジ」しか知らなかったんだけど。

 「ああ。急な会議で、三井寺が参加者全員に配ってたんだが……」

 あ、なるほど。
 秘書の三井寺さんなら、わたしの実家が弁当屋だってことぐらい、知ってるだろう。そして、わたしがそこで手伝ってることも。
 急な会議。そこで、新妻の愛妻弁当(?)が出てきたら、ちょっとしたサプライズ、副社長も喜ぶに違いない。
 そういう魂胆含みで、ウチに注文したのかもしれない。それか、「せっかく弁当を頼むのなら、奥さまのご実家を贔屓しておこう」みたいな心遣い。

 「すまない」

 「え?」

 「キミの家が経営してる店を、バカにするような発言をしてしまったこと、許して欲しい」

 両手を脇に添えて、直角九十度に腰を曲げた旦那。

 「あの弁当に入っていたコロッケ。鮭。そして炊き込みご飯。惣菜。どれをとっても、美味しくて、もっと食べたいと思わせる味だった」

 えっと。

 「父が五百万かけてでも、この話をまとめた意味がわかった。あの味は、それだけのことをする価値あるものだった」

 「と、とりあえず、顔を上げてください!」

 そこまで褒められると、むず痒すぎて落ち着かない。

 「そんなに、美味しかったんですか?」

 「ああ。あのサクッとしたコロッケも、フワッと焼き上がった鮭も。そしてなにより、シッカリ味の染み込んだ炊き込みご飯。あれほど美味しい炊き込みご飯は初めて食べた」

 「そ、そんなに……」

 そんなに美味しかったの?
 この間の懇親会でだって、もっと美味しいご飯が並んでたし、大企業の副社長、御曹司となれば、もっと舌が肥えてると思ったのに。
 それが、あの炊き込みご飯が「初めて食べた」って言うぐらい美味しかっただなんて。

 「じゃ、じゃあ、今度夕飯に用意しましょうか、あの炊き込みご飯」

 「いいのか?」

 「ええ。そこまで喜んでくれるなら。あれ、炊いたの、わたしですし」

 「ありがとう!」

 「えっ!? ちょっ……!」

 わたしの両手を取るなり、うれしそうにブンブン振った旦那。その目が、子どものようにキラキラしてる。

 (この人、こんな顔出来るんだ)

 表面クールな、ムカつくメガネだと思ってたのに。今の彼は無邪気な子ども。イケメン副社長仮面ドコ行った状態。

 「あの。わたしもその……。グーパンしちゃって――ごめんなさい」

 彼にだけ謝罪させるのはフェアじゃない。だから、すっごく小さい声だけど、ちゃんと謝る。

 「いや、構わない。それだけのことを言ってしまった自覚はある」

 少しだけ副社長仮面を取り戻した彼が言った。
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