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26.売られたケンカは、お買い上げ!
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「――入海翔平ってヤツ、いるか?」
荒々しくバアンと開かれたドア。ノックもなければ、挨拶もない。開いたドアの先、廊下からは、「お待ち下さい!」と誰かの声と、バタバタ駆けつける複数の足音。
「キミは……」
そんな騒がしさを連れて入ってきた屈強そうな男。その勢いに、副社長室のドアが壊れなくてよかった。
「武智雄吾。商店街にある、武智ボクシングジムの者だ」
書類から目を離し、仁王立ちの武智雄吾と名乗ったその男を見る。
(彼女の店にいたヤツだな)
いつだったか。彼女の店で、彼女に頭を撫でてもらってた人物。彼女に気安く「雄吾」と呼びかけられていた人物。
あの時は、主に甘える猫のような印象だったが、今は猛虎の印象を受ける。
「なんの用だ」
僕と彼女の関係を知って怒鳴り込んできたのか?
この男、彼女の幼なじみだと聞いている。小さい頃から兄妹のように育って、今でも親しくしているという。彼女がいっしょに出席しないかと誘ってくれた「友人の結婚式」は、この男の結婚式。
「用があるから来てるんだろうが。――話がある」
男がわずかに後ろを見る。やっと追いついた警備員と数人の社員。
その視線の意味に気づき、「大丈夫だ」と彼らを下がらせる。閉まったドア。それを確認してから、武智がノシノシとこちらに近づいてくる。
部屋には僕と三井寺、それと武智しかいない。
「――これを見てくれ」
副社長机に、武智がゴトリとスマホを置く。赤い点が点滅する――地図?
「これは?」
「透子が、誘拐された」
「なんだってっ!?」
驚き、立ち上がる。
「こいつは、透子のいるところを示してる。かれこれ30分ほど、この場から動いていない」
見ただけでは、どこかわからない場所。そこに点はとどまり続ける。
「だからって、誘拐されたは短慮すぎないか」
心臓が不規則に暴れまわる。喉の奥の味がおかしい。
自分の声が遠くから聞こえる気がする。
「アイツはな。自分は囮だって言ってた」
「囮?」
「俺も詳しくは教えてもらってねえが。アンタと結婚したことで、アイツ、狙われるような立場になったんだろ? アンタを陥れる餌になってしまったって言ってた」
その言葉に、グッと息を飲み込む。
「結婚しただけで、どうしてそういうことになんのか。俺にはサッパリだが、アイツ、言ったんだ。怪しいと思ったら、GPSを作動させる。その位置情報、30分経っても自分から連絡もなく、ずっと同じ位置に留まってたら、警察に連絡してくれってな」
「警察に?」
「ああ。おそらく誘拐監禁されてるだろうからって。だからさっき警察に言いに行ったんだけどよ。30分動かないだけで事件とは判断しかねるって、断られたんだよ」
だから、ここに来た。
「どうして彼女が……」
あの場で、離婚を突きつけたのに。
父の快気祝いの席で。
わざと彼女を貶め、彼女を怒らせ、結果離婚を周囲に見せつけた。あれだけ派手に離婚したら、もう彼女は大丈夫だろう。そう思ったのに。
「理由は知らねえ。俺はこれからここに乗り込むつもりだが、――アンタはどうする?」
男の真っ直ぐな眼差し。
「僕も行く」
答えは決まってる。
彼女に何かあったら。おそらく僕は、生きていられないだろう。
「三井寺、警察に連絡してくれ! ウチの名前を出せば動くはずだ! 僕は先に行く!」
「承知しました」
うお~、金持ち権力すっげえ。
男が口笛を鳴らした。
「――案内してくれ」
男を追い越し、先に部屋を出る。
「よっしゃ! なら特別に俺のバイクに乗せてやんよ!」
会社の前に止められていたバイク。そこから一つヘルメットを投げ渡された。
「このバイク、美菜しか乗せねえって決めてるヤツだけど。特別だ」
「そうか。すまないな」
早く。早く彼女に会って、無事を確かめたい。
(咲良――)
僕を陥れるために利用された咲良。
無邪気な彼女は、見知らぬ男たちに襲われ、凌辱された。その写真を拡散され、彼女は生命を絶った。「ごめんなさい」と最期まで僕に謝りながら。
「大丈夫だ。どうせ透子のことだ。GPSをオンにしたこと忘れて、スマホをほっぽってんだろ」
ポンポン。
気安く、僕の被ったヘルメットを叩いた武智。
その優しさは、どこか彼女に似ている。
(無事でいてくれ、透子)
あんな思いは二度と味わいたくない。
* * * *
「おい、更科! テメェ、ちゃんと飲ませたんだろな!」
「飲ませたよ! ちゃんと!」
わたしの前、数人の男が、わたしが動けることに驚き、悲鳴じみた声を上げて後ずさる。
まあ、そうなるよね。と、頭の片隅で思う。寝てると思った女が、ムクっと起き上がっただけじゃなく、その股間を思いっきり蹴っ飛ばしたんだから。
わたしが蹴っ飛ばした仲間の一人。大事なそれを押さえて悶絶の表情。ザマアミロ。
「アンタが用意したドリンク? 当たり前だけど飲んでないっちゅーの!」
フフン。
鼻を鳴らしたい気分になった。
「わたしはね! ずっと警戒してたのよ!」
そう。
わたしはずっと警戒していた。
彼と咲良さんの悲しい過去。
結婚を考えるほど、愛し合ってた二人。ちょうど彼が副社長に就任する時期で、彼の昇進を阻みたい誰かによって、咲良さんは攫われ、暴行を受け、その写真を社内にばら撒かれた。
彼は、咲良さんを信じたけれど、咲良さんは自死を選んだ。
――ごめんなさい。
最期までそう言い残して。
咲良さんを守れなかったこと。助けてやれなかったこと。
それは今も、彼の深い傷として残っている。どれだけわたしと愛し合っても、彼は毎夜、夢にうなされ苦しんでる。
あんな成り行きでも結婚した今。
次に彼を陥れるのに利用されるのは、わたしだ。
「どうせアンタたちのことだから、前と同じようにわたしにも睡眠薬を飲ませて、暴行しようって魂胆だったんだろうけど。おあいにくさま」
わたしは、守られてるだけの女じゃないの。
彼のそばにいたことで、咲良さんがそういう目に遭ったのなら。彼と結婚したわたしにもそういうことが起きないとも限らない。
だから、ずっと警戒していた。
わたしの周り、わたしを聞き合わせる人物がいること。
そして、見慣れない顔の人物がわたしに近づいてきていること。
ただの杞憂で終わればいい。そう思いながらも用心を重ねていた。
「そもそもおかしいと思ってたのよねぇ。わたしのことやたらと褒めちぎってくるし」
いっしょに出かけられてうれしいとか。恋人に立候補したかったとか。
わたし、生まれてこの方、一度も言われたことないっちゅーの! 悲しいけど!
「それにね。名誉のために言っとくけど、武智ジムは、下っ端だからってこき使うことはないのよ、更科!」
結婚の贈り物を選ぶ。
その話をしたとき、更科が言ったのだ。下っ端だから、贈り物の手配を命じられたって。
武智ジムにはそういう上意下達(?)みたいなものは存在しない。下っ端だからってこき使われるなんてことはない。
それに、あそこの門下生って、雄吾がオシメを当ててた頃から、雄吾を知ってるような連中だし。贈り物、選ぶなら兄弟子たちが、雄吾の一番喜ぶものを選ぶわよ。わたしに相談する必要もないってわけ。
新規の入門が少ないことを嘆いてる武智ジム(言ってて申し訳ないが、それが真実)。そこに、突然現れた門下生。やたらとわたしをヨイショしてくるし、強引に買い物に連れ出すし。
これを警戒しないで、何を警戒しろってのよ!
「それでも、わたしがこうしてついてきたのは、アンタたちを捕まえるためよ!」
更科から渡されたジュースは、飲んだふりして捨てた。
万が一と思って、用意しておいたGPSは、店を出る時に起動させておいた。
あとは、雄吾が異変に気づいて、警察を連れて、ここに踏み込んでくることを待つだけ!
「ほぉら。聞こえない? パトカーのサイレンの音」
わたしの連れ込まれた、どこかしらのマンションっぽい部屋。そこに近づいてくるサイレンの音。迫るようにジワジワと大きくなってくる。
「アンタらを捕まえて、すべてゲロってもらうわ!」
ボスが誰なのか、咲良さんのことも含めてね!
「……チクショっ! せっかく上手くやれたと思ったのに!」
「や、やべえよ!」
「な、なんだよ! 女犯すだけで、金が稼げるんじゃねえのかよ!」
男たちが騒ぎ出す。
女犯すだけで金が稼げる? クズね。超ド級のクズ。
「に、逃げようぜ!」
「クソ! こうなったら!」
部屋から逃げ出そうとするヤツ。ヤケクソになってこっちに襲いかかろうとするヤツ。狭い部屋のなかは、ちょっとしたカオス。
「――透子!」
逃げ出したヤツが開けたドア。そのタイミングで、誰かがもつれ込むように、突入してくる。
「翔平さんっ!?」
クズの肩越しに見えた人物。
クズ二人を殴ってノシた雄吾と翔平さん。
雄吾はともかく、なんで翔平さんまで!?
「――チクショ! こうなったら!」
わたしの一番近くにいたクズ、更科が、パチンと音を鳴らして私に突進してくる。
「透子っ!」
翔平さんが叫ぶ。けど。
「――――ッ!」
ガッと掴んだ更科の腕。
そのまま自分の肩で更科の肩を担ぎ上げ――。
ドオン!
部屋に大きな音が響き渡る。
背負投げ。
とっさに動いた身体。もんのすごくキレイに決まった背負投げ。
わたしの投げた更科が、マンションの床に、大の字でひっくり返る。受け身も何も取れず、畳じゃない、フローリングに叩きつけられた更科。昏倒した更科の手から、ポロリと鈍く光るモノが転げ落ちた。――ナイフ?
「さっすが、黒帯、有段者! その腕、なまってねえようだな」
雄吾が、近くにいたクズを(彼にとっては軽く)殴り飛ばして口笛を吹く。
「透子っ!」
急いで部屋に駆け込んでくる翔平さん。
「どうして?」
その必死な顔を、ポカンと見上げる。
どうして翔平さんが? 雄吾が連絡したの?
続々と部屋に入ってくる警察。二人がノシたクズと更科。ヤツらを引っ立てていく。
「――無事……か?」
「うん」
「怪我は……ないか?」
「うん」
「そうか……」
翔平さんの手が、ゆっくりとわたしに伸びてくる。けど、頬に触れそうになると、ためらうように、ピクッと揺れて止まった。
「――透子!」
絞り出すような、それでいて感極まったような声。
「よかった! よかった! キミが……! キミが無事で!」
わたしを抱きしめ? ううん、わたしにしがみつき、声を上げる翔平さん。さっきのためらいはなんだったのってぐらい、強くつよくわたしを抱きしめる。
泣いてるの? その声は湿っていた。
「心配かけて……ごめんなさい」
泣くぐらい、こんな必死になるぐらい、わたしを心配してくれたってことだよね。
だから、うれしくて、幸せで。思わずわたしも泣きそうになる。
クズどもを成敗できて、こんなふうに抱きしめられて。今のわたし、とっても幸せだ。
「……あ、あのぅ――」
なによ、邪魔しないでよ。
今、一番いいところなんだから。映画でいうなら、クライマックスなのよ、今!
遠慮がちに声をかけてきた警察官に視線を向ける。
「奥さまに、これを……」
差し出された地味なパーカー。――え? どうしてパーカー?
「ウギャオッ!」
そこで気づく。今のわたし、下着しか着けてないっ!
更科たちを油断させるため、婦女暴行の現場を作って言い逃れさせないため、少しだけ脱がされるってのをやったんだった!
興奮してたから、ずっと忘れてたけど!
部屋に入っていた警察官数名。雄吾。
そんな衆目あるなかで、わたし、裸、一歩手前!
ってか、裸で、みんなの前で、翔平さんにハグされてるのっ!?
急転直下。今のわたし、人生で一番最悪。
こんな格好、みんなに見られて。わたし、もうお嫁に行けない。クスン。
荒々しくバアンと開かれたドア。ノックもなければ、挨拶もない。開いたドアの先、廊下からは、「お待ち下さい!」と誰かの声と、バタバタ駆けつける複数の足音。
「キミは……」
そんな騒がしさを連れて入ってきた屈強そうな男。その勢いに、副社長室のドアが壊れなくてよかった。
「武智雄吾。商店街にある、武智ボクシングジムの者だ」
書類から目を離し、仁王立ちの武智雄吾と名乗ったその男を見る。
(彼女の店にいたヤツだな)
いつだったか。彼女の店で、彼女に頭を撫でてもらってた人物。彼女に気安く「雄吾」と呼びかけられていた人物。
あの時は、主に甘える猫のような印象だったが、今は猛虎の印象を受ける。
「なんの用だ」
僕と彼女の関係を知って怒鳴り込んできたのか?
この男、彼女の幼なじみだと聞いている。小さい頃から兄妹のように育って、今でも親しくしているという。彼女がいっしょに出席しないかと誘ってくれた「友人の結婚式」は、この男の結婚式。
「用があるから来てるんだろうが。――話がある」
男がわずかに後ろを見る。やっと追いついた警備員と数人の社員。
その視線の意味に気づき、「大丈夫だ」と彼らを下がらせる。閉まったドア。それを確認してから、武智がノシノシとこちらに近づいてくる。
部屋には僕と三井寺、それと武智しかいない。
「――これを見てくれ」
副社長机に、武智がゴトリとスマホを置く。赤い点が点滅する――地図?
「これは?」
「透子が、誘拐された」
「なんだってっ!?」
驚き、立ち上がる。
「こいつは、透子のいるところを示してる。かれこれ30分ほど、この場から動いていない」
見ただけでは、どこかわからない場所。そこに点はとどまり続ける。
「だからって、誘拐されたは短慮すぎないか」
心臓が不規則に暴れまわる。喉の奥の味がおかしい。
自分の声が遠くから聞こえる気がする。
「アイツはな。自分は囮だって言ってた」
「囮?」
「俺も詳しくは教えてもらってねえが。アンタと結婚したことで、アイツ、狙われるような立場になったんだろ? アンタを陥れる餌になってしまったって言ってた」
その言葉に、グッと息を飲み込む。
「結婚しただけで、どうしてそういうことになんのか。俺にはサッパリだが、アイツ、言ったんだ。怪しいと思ったら、GPSを作動させる。その位置情報、30分経っても自分から連絡もなく、ずっと同じ位置に留まってたら、警察に連絡してくれってな」
「警察に?」
「ああ。おそらく誘拐監禁されてるだろうからって。だからさっき警察に言いに行ったんだけどよ。30分動かないだけで事件とは判断しかねるって、断られたんだよ」
だから、ここに来た。
「どうして彼女が……」
あの場で、離婚を突きつけたのに。
父の快気祝いの席で。
わざと彼女を貶め、彼女を怒らせ、結果離婚を周囲に見せつけた。あれだけ派手に離婚したら、もう彼女は大丈夫だろう。そう思ったのに。
「理由は知らねえ。俺はこれからここに乗り込むつもりだが、――アンタはどうする?」
男の真っ直ぐな眼差し。
「僕も行く」
答えは決まってる。
彼女に何かあったら。おそらく僕は、生きていられないだろう。
「三井寺、警察に連絡してくれ! ウチの名前を出せば動くはずだ! 僕は先に行く!」
「承知しました」
うお~、金持ち権力すっげえ。
男が口笛を鳴らした。
「――案内してくれ」
男を追い越し、先に部屋を出る。
「よっしゃ! なら特別に俺のバイクに乗せてやんよ!」
会社の前に止められていたバイク。そこから一つヘルメットを投げ渡された。
「このバイク、美菜しか乗せねえって決めてるヤツだけど。特別だ」
「そうか。すまないな」
早く。早く彼女に会って、無事を確かめたい。
(咲良――)
僕を陥れるために利用された咲良。
無邪気な彼女は、見知らぬ男たちに襲われ、凌辱された。その写真を拡散され、彼女は生命を絶った。「ごめんなさい」と最期まで僕に謝りながら。
「大丈夫だ。どうせ透子のことだ。GPSをオンにしたこと忘れて、スマホをほっぽってんだろ」
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気安く、僕の被ったヘルメットを叩いた武智。
その優しさは、どこか彼女に似ている。
(無事でいてくれ、透子)
あんな思いは二度と味わいたくない。
* * * *
「おい、更科! テメェ、ちゃんと飲ませたんだろな!」
「飲ませたよ! ちゃんと!」
わたしの前、数人の男が、わたしが動けることに驚き、悲鳴じみた声を上げて後ずさる。
まあ、そうなるよね。と、頭の片隅で思う。寝てると思った女が、ムクっと起き上がっただけじゃなく、その股間を思いっきり蹴っ飛ばしたんだから。
わたしが蹴っ飛ばした仲間の一人。大事なそれを押さえて悶絶の表情。ザマアミロ。
「アンタが用意したドリンク? 当たり前だけど飲んでないっちゅーの!」
フフン。
鼻を鳴らしたい気分になった。
「わたしはね! ずっと警戒してたのよ!」
そう。
わたしはずっと警戒していた。
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彼は、咲良さんを信じたけれど、咲良さんは自死を選んだ。
――ごめんなさい。
最期までそう言い残して。
咲良さんを守れなかったこと。助けてやれなかったこと。
それは今も、彼の深い傷として残っている。どれだけわたしと愛し合っても、彼は毎夜、夢にうなされ苦しんでる。
あんな成り行きでも結婚した今。
次に彼を陥れるのに利用されるのは、わたしだ。
「どうせアンタたちのことだから、前と同じようにわたしにも睡眠薬を飲ませて、暴行しようって魂胆だったんだろうけど。おあいにくさま」
わたしは、守られてるだけの女じゃないの。
彼のそばにいたことで、咲良さんがそういう目に遭ったのなら。彼と結婚したわたしにもそういうことが起きないとも限らない。
だから、ずっと警戒していた。
わたしの周り、わたしを聞き合わせる人物がいること。
そして、見慣れない顔の人物がわたしに近づいてきていること。
ただの杞憂で終わればいい。そう思いながらも用心を重ねていた。
「そもそもおかしいと思ってたのよねぇ。わたしのことやたらと褒めちぎってくるし」
いっしょに出かけられてうれしいとか。恋人に立候補したかったとか。
わたし、生まれてこの方、一度も言われたことないっちゅーの! 悲しいけど!
「それにね。名誉のために言っとくけど、武智ジムは、下っ端だからってこき使うことはないのよ、更科!」
結婚の贈り物を選ぶ。
その話をしたとき、更科が言ったのだ。下っ端だから、贈り物の手配を命じられたって。
武智ジムにはそういう上意下達(?)みたいなものは存在しない。下っ端だからってこき使われるなんてことはない。
それに、あそこの門下生って、雄吾がオシメを当ててた頃から、雄吾を知ってるような連中だし。贈り物、選ぶなら兄弟子たちが、雄吾の一番喜ぶものを選ぶわよ。わたしに相談する必要もないってわけ。
新規の入門が少ないことを嘆いてる武智ジム(言ってて申し訳ないが、それが真実)。そこに、突然現れた門下生。やたらとわたしをヨイショしてくるし、強引に買い物に連れ出すし。
これを警戒しないで、何を警戒しろってのよ!
「それでも、わたしがこうしてついてきたのは、アンタたちを捕まえるためよ!」
更科から渡されたジュースは、飲んだふりして捨てた。
万が一と思って、用意しておいたGPSは、店を出る時に起動させておいた。
あとは、雄吾が異変に気づいて、警察を連れて、ここに踏み込んでくることを待つだけ!
「ほぉら。聞こえない? パトカーのサイレンの音」
わたしの連れ込まれた、どこかしらのマンションっぽい部屋。そこに近づいてくるサイレンの音。迫るようにジワジワと大きくなってくる。
「アンタらを捕まえて、すべてゲロってもらうわ!」
ボスが誰なのか、咲良さんのことも含めてね!
「……チクショっ! せっかく上手くやれたと思ったのに!」
「や、やべえよ!」
「な、なんだよ! 女犯すだけで、金が稼げるんじゃねえのかよ!」
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クズの肩越しに見えた人物。
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雄吾はともかく、なんで翔平さんまで!?
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わたしの一番近くにいたクズ、更科が、パチンと音を鳴らして私に突進してくる。
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「――――ッ!」
ガッと掴んだ更科の腕。
そのまま自分の肩で更科の肩を担ぎ上げ――。
ドオン!
部屋に大きな音が響き渡る。
背負投げ。
とっさに動いた身体。もんのすごくキレイに決まった背負投げ。
わたしの投げた更科が、マンションの床に、大の字でひっくり返る。受け身も何も取れず、畳じゃない、フローリングに叩きつけられた更科。昏倒した更科の手から、ポロリと鈍く光るモノが転げ落ちた。――ナイフ?
「さっすが、黒帯、有段者! その腕、なまってねえようだな」
雄吾が、近くにいたクズを(彼にとっては軽く)殴り飛ばして口笛を吹く。
「透子っ!」
急いで部屋に駆け込んでくる翔平さん。
「どうして?」
その必死な顔を、ポカンと見上げる。
どうして翔平さんが? 雄吾が連絡したの?
続々と部屋に入ってくる警察。二人がノシたクズと更科。ヤツらを引っ立てていく。
「――無事……か?」
「うん」
「怪我は……ないか?」
「うん」
「そうか……」
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「――透子!」
絞り出すような、それでいて感極まったような声。
「よかった! よかった! キミが……! キミが無事で!」
わたしを抱きしめ? ううん、わたしにしがみつき、声を上げる翔平さん。さっきのためらいはなんだったのってぐらい、強くつよくわたしを抱きしめる。
泣いてるの? その声は湿っていた。
「心配かけて……ごめんなさい」
泣くぐらい、こんな必死になるぐらい、わたしを心配してくれたってことだよね。
だから、うれしくて、幸せで。思わずわたしも泣きそうになる。
クズどもを成敗できて、こんなふうに抱きしめられて。今のわたし、とっても幸せだ。
「……あ、あのぅ――」
なによ、邪魔しないでよ。
今、一番いいところなんだから。映画でいうなら、クライマックスなのよ、今!
遠慮がちに声をかけてきた警察官に視線を向ける。
「奥さまに、これを……」
差し出された地味なパーカー。――え? どうしてパーカー?
「ウギャオッ!」
そこで気づく。今のわたし、下着しか着けてないっ!
更科たちを油断させるため、婦女暴行の現場を作って言い逃れさせないため、少しだけ脱がされるってのをやったんだった!
興奮してたから、ずっと忘れてたけど!
部屋に入っていた警察官数名。雄吾。
そんな衆目あるなかで、わたし、裸、一歩手前!
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