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第8話 地雷、踏んじゃった!?
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人にはね、やっていいことと悪いことがあるのよ。
王子のやった、コルセットの有無を確かめるために乙女の腹肉を揉むのは、やってはいけないこと。そしてわたしのやった、王子の頬を引っぱたくってのは、もっとやってはいけないこと。
仮にも王子なのよ、相手は。
たとえ腹揉みが往復ビンタ&タコ殴り案件だったとしても、王子がどれだけクソ野郎だったとしても、グッとこらえなきゃいけなかったのよ。
それをそれをそれを。
条件反射とはいえ、まさかのカウンター引っぱたき。
グーパンでなかっただけマシ?
いやいや。
こんな衆目を集めた場所で。逃げも隠れもできないこんなところで。
もーダメだ。
わたし、オワタ。
周囲の人たちも言葉を忘れて固まってるし。ああ、ユリアナとイルゼも青い顔してこっちを見てるよ。
そうだよ、そうだよね。
わたしの人生、これで終わったよね。
しょうがない、次の転生を期待しておこう。うん。そうしよう。
アデル嬢。アンタの体、悪くなかったわよ。十七年っていう短いつき合いだったけど、これでサヨナラね。
ガックリうなだれたわたしの顎が、不意に持ち上げられる。
(……へ!?)
チュッ……。
頬に触れた温かいもの。そして軽いリップ音。
「驚かせてすまなかった、リリエンタール嬢。あなたの愛らしさに、つい悪ふざけが過ぎたようだ」
(へ!? あ、あい……?)
ナンデスト!?
王子のセリフに頭がついていかない。
「無垢で純粋なあなたが心開くまでゆっくり待たねばならなかったのに、私はことを急いでしまったようだ」
(無垢? 純粋?)
ダレノコト!?
そして、心開くってなにさ。
「ああ、わかっている。しかし、どうか私を怖れないでくれないか、乙女よ。私はただ、あなたを恋い慕ってしまっただけなのだから」
(ハアアアアアアッ!?)
いや、何言ってるの!? この人。
殴られ叩かれて頭、イカレちゃった?
なんか、ウットリと目を閉じられたり、跪かれたり。
ちょっと演技入ってるみたいな、ナルシストみたいな。
自己陶酔?
台詞の破壊力もスゴイ。
いつ、誰が誰に惚れたっていうのさ。
叩かれて惚れたっていうのなら、真性のMだね、この人。
処刑もイヤだけど、Mもゴメンだわ。
正直ドン引き。
「あなたをどれだけ愛しいと思っているか、この苦しい胸の内を語りたいが、今の私ではあなたを怯えさせるだけのようだからやめておくとしておこう」
ソウデスネ。
永遠にやめておいてください。
「今宵は、ゆっくりと楽しんでいってくれ。リリエンタール嬢」
チュッと今度は手の甲に挨拶のキス。
どこまでこの人は演技がかったようなことを続けるんだろう。
跪いたまま手の甲にって……、王子様じゃんそんなの。(って、王子だったわ、この人)
「今度、ゆっくり話そう」
グイッと手を掴まれ、引っ張られたついでにボソッと耳元で囁かれる。
(――――――っ!!)
低いイイ声。
でも、絶対なにかを含んだような声。
驚いて、わたしとすれ違うように歩き出した王子を見るけど、王子はそれ以上はなにも言わず、ふり返りもしない。
(なんなのよ、いったい)
「アデル、大丈夫っ!?」
王子が離れていくと同時に、ユリアナとイルゼが駆け寄ってきた。
「あ、うん、大丈夫」
一応は。襲われてはいない。
「まさか、アナタが王子に見初められるとはね」
「…………へ!?」
イルゼの言葉に、マヌケな声が出た。
「だって、殿下の今日初めてのお相手だったのよ」
「ふへっ!?」
他に踊った人、いないの?
「その上、あのバチーンッ!!だもんね。すっごく注目されてるわよ、ほら」
クリッと向きを変えられ、注目視線とバチバチぶつかる。
あからさまにこっちを値踏みしてるヤツ。どうしてあんな小娘がってヤツ。
王子を引っぱたくなんて恐れ多い……という常識的な(!?)視線はあまりない。どっちかというと、「はしたない」「礼儀知らず」「どういうお育ちなのかしら」というほうのが多い。
キィーッ!!っとハンカチ噛んで地団駄踏んでる典型的令嬢はいないけど、その視線の怖さは半端ない。
即座に回れ右っ!!して、イルゼたちに向き直す。
「こっ、これからどうしたらいいかなっ?」
わたしの言葉に、イルゼとユリアナが顔を見合わせた。
「王子に見初められたんだから、このまま玉の輿に乗っちゃえば?」
そうすりゃ、ビンボー男爵家じゃなくなるわよ。ウハウハじゃない。
byイルゼ。
「一目惚れって、ステキね。わたくしも応援させていただくわ」
いつも、わたくしのことを応援してもらってるから。お返しよ。
byユリアナ。
いやいやいや。
どっちもダメでしょ。
二人とも、わたしが控え室で王子を殴ったことを知らないから、そういうことが言えるんだわ。
あまり参考にならなかった友人の意見にため息をついて、ガックリ肩を落とす。
広間では、また音楽が奏でられ、王子が別の令嬢と踊り始めていた。
(なんだ。わたし以外とでも踊るんじゃない)
たまたま、わたしが一番手だっただけで。踊らないわけじゃないのね。
優雅に洗練されたダンスを披露する王子と見知らぬご令嬢。
わたしの時のように、ドレスはビラビラビラ~ッと広がるのではなく、ふんわり優しく可憐に広がる。
ほほ笑む令嬢。見つめる王子。
間違ってもコーヒーカップクルクルダンスではない。(当然)
モニモニとお腹を揉まれてる様子もない。(当たり前)
曲が終わるたび、王子は手を変え品を変え……じゃなかった、相手を変えてダンスを続ける。順番待ち……ではなく、王子に気のある令嬢はすべて踊り尽くすつもりなのか、次々に相手が変わっていく。
それと同時に、わたしに突き刺さっていた視線も減っていく。
まあ、誰かひとりだけが王子と踊ったのなら大問題だけど、他にも踊ってるのならそこまで問題じゃないもんね。
たまたまわたしが一番乗りにされちゃっただけで、それ以上の意味はないだろうし。
こんな衆目を集める場所で一番にしたのは、殴ったことへの意趣返しだっただけかもしんないし。王子ともあろう人が、こんなビンボー男爵令嬢、相手にするわけないし。そもそもあの人、年齢制限つけたうえで令嬢を強制参加させるぐらい好色な人だし。わたしみたいな平凡令嬢、本気で惚れるわけないわよ。からかっただけよ。
うん。そう。そうよ、絶対。
だから、イルゼの言うような玉の輿は期待できないし(そもそもしてない)、ユリアナに応援される展開も起きない(期待してないし)。
ということでわたし、もとの食べ尽くし魔人に戻りますっ!!
目指すは山海の珍味っ!! ダンスも王子も興味ないっ!!
お持ち帰り用の折り詰めもお願いするわ!!
王子のやった、コルセットの有無を確かめるために乙女の腹肉を揉むのは、やってはいけないこと。そしてわたしのやった、王子の頬を引っぱたくってのは、もっとやってはいけないこと。
仮にも王子なのよ、相手は。
たとえ腹揉みが往復ビンタ&タコ殴り案件だったとしても、王子がどれだけクソ野郎だったとしても、グッとこらえなきゃいけなかったのよ。
それをそれをそれを。
条件反射とはいえ、まさかのカウンター引っぱたき。
グーパンでなかっただけマシ?
いやいや。
こんな衆目を集めた場所で。逃げも隠れもできないこんなところで。
もーダメだ。
わたし、オワタ。
周囲の人たちも言葉を忘れて固まってるし。ああ、ユリアナとイルゼも青い顔してこっちを見てるよ。
そうだよ、そうだよね。
わたしの人生、これで終わったよね。
しょうがない、次の転生を期待しておこう。うん。そうしよう。
アデル嬢。アンタの体、悪くなかったわよ。十七年っていう短いつき合いだったけど、これでサヨナラね。
ガックリうなだれたわたしの顎が、不意に持ち上げられる。
(……へ!?)
チュッ……。
頬に触れた温かいもの。そして軽いリップ音。
「驚かせてすまなかった、リリエンタール嬢。あなたの愛らしさに、つい悪ふざけが過ぎたようだ」
(へ!? あ、あい……?)
ナンデスト!?
王子のセリフに頭がついていかない。
「無垢で純粋なあなたが心開くまでゆっくり待たねばならなかったのに、私はことを急いでしまったようだ」
(無垢? 純粋?)
ダレノコト!?
そして、心開くってなにさ。
「ああ、わかっている。しかし、どうか私を怖れないでくれないか、乙女よ。私はただ、あなたを恋い慕ってしまっただけなのだから」
(ハアアアアアアッ!?)
いや、何言ってるの!? この人。
殴られ叩かれて頭、イカレちゃった?
なんか、ウットリと目を閉じられたり、跪かれたり。
ちょっと演技入ってるみたいな、ナルシストみたいな。
自己陶酔?
台詞の破壊力もスゴイ。
いつ、誰が誰に惚れたっていうのさ。
叩かれて惚れたっていうのなら、真性のMだね、この人。
処刑もイヤだけど、Mもゴメンだわ。
正直ドン引き。
「あなたをどれだけ愛しいと思っているか、この苦しい胸の内を語りたいが、今の私ではあなたを怯えさせるだけのようだからやめておくとしておこう」
ソウデスネ。
永遠にやめておいてください。
「今宵は、ゆっくりと楽しんでいってくれ。リリエンタール嬢」
チュッと今度は手の甲に挨拶のキス。
どこまでこの人は演技がかったようなことを続けるんだろう。
跪いたまま手の甲にって……、王子様じゃんそんなの。(って、王子だったわ、この人)
「今度、ゆっくり話そう」
グイッと手を掴まれ、引っ張られたついでにボソッと耳元で囁かれる。
(――――――っ!!)
低いイイ声。
でも、絶対なにかを含んだような声。
驚いて、わたしとすれ違うように歩き出した王子を見るけど、王子はそれ以上はなにも言わず、ふり返りもしない。
(なんなのよ、いったい)
「アデル、大丈夫っ!?」
王子が離れていくと同時に、ユリアナとイルゼが駆け寄ってきた。
「あ、うん、大丈夫」
一応は。襲われてはいない。
「まさか、アナタが王子に見初められるとはね」
「…………へ!?」
イルゼの言葉に、マヌケな声が出た。
「だって、殿下の今日初めてのお相手だったのよ」
「ふへっ!?」
他に踊った人、いないの?
「その上、あのバチーンッ!!だもんね。すっごく注目されてるわよ、ほら」
クリッと向きを変えられ、注目視線とバチバチぶつかる。
あからさまにこっちを値踏みしてるヤツ。どうしてあんな小娘がってヤツ。
王子を引っぱたくなんて恐れ多い……という常識的な(!?)視線はあまりない。どっちかというと、「はしたない」「礼儀知らず」「どういうお育ちなのかしら」というほうのが多い。
キィーッ!!っとハンカチ噛んで地団駄踏んでる典型的令嬢はいないけど、その視線の怖さは半端ない。
即座に回れ右っ!!して、イルゼたちに向き直す。
「こっ、これからどうしたらいいかなっ?」
わたしの言葉に、イルゼとユリアナが顔を見合わせた。
「王子に見初められたんだから、このまま玉の輿に乗っちゃえば?」
そうすりゃ、ビンボー男爵家じゃなくなるわよ。ウハウハじゃない。
byイルゼ。
「一目惚れって、ステキね。わたくしも応援させていただくわ」
いつも、わたくしのことを応援してもらってるから。お返しよ。
byユリアナ。
いやいやいや。
どっちもダメでしょ。
二人とも、わたしが控え室で王子を殴ったことを知らないから、そういうことが言えるんだわ。
あまり参考にならなかった友人の意見にため息をついて、ガックリ肩を落とす。
広間では、また音楽が奏でられ、王子が別の令嬢と踊り始めていた。
(なんだ。わたし以外とでも踊るんじゃない)
たまたま、わたしが一番手だっただけで。踊らないわけじゃないのね。
優雅に洗練されたダンスを披露する王子と見知らぬご令嬢。
わたしの時のように、ドレスはビラビラビラ~ッと広がるのではなく、ふんわり優しく可憐に広がる。
ほほ笑む令嬢。見つめる王子。
間違ってもコーヒーカップクルクルダンスではない。(当然)
モニモニとお腹を揉まれてる様子もない。(当たり前)
曲が終わるたび、王子は手を変え品を変え……じゃなかった、相手を変えてダンスを続ける。順番待ち……ではなく、王子に気のある令嬢はすべて踊り尽くすつもりなのか、次々に相手が変わっていく。
それと同時に、わたしに突き刺さっていた視線も減っていく。
まあ、誰かひとりだけが王子と踊ったのなら大問題だけど、他にも踊ってるのならそこまで問題じゃないもんね。
たまたまわたしが一番乗りにされちゃっただけで、それ以上の意味はないだろうし。
こんな衆目を集める場所で一番にしたのは、殴ったことへの意趣返しだっただけかもしんないし。王子ともあろう人が、こんなビンボー男爵令嬢、相手にするわけないし。そもそもあの人、年齢制限つけたうえで令嬢を強制参加させるぐらい好色な人だし。わたしみたいな平凡令嬢、本気で惚れるわけないわよ。からかっただけよ。
うん。そう。そうよ、絶対。
だから、イルゼの言うような玉の輿は期待できないし(そもそもしてない)、ユリアナに応援される展開も起きない(期待してないし)。
ということでわたし、もとの食べ尽くし魔人に戻りますっ!!
目指すは山海の珍味っ!! ダンスも王子も興味ないっ!!
お持ち帰り用の折り詰めもお願いするわ!!
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