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第12話 エラきゃ黒でも白にする。

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 キレる。

 たぶんマンガとかなら今、わたしの顔の横に「ブチィッ!!」と派手な擬音がついてると思う。
 ひくつくこめかみ。震える口角。
 そしてまっすぐくり出した右の拳。
 ああ、今のわたし、浅野内匠頭たくみのかみの気持ちがよくわかるわ。
 殿中であっても、止めてくれるな梶川殿。武士の情けじゃ討たせてくりゃれ。ウォリャアアァッ!!

 ――パシッ。

 軽い破裂音とともに、わたしの拳はアッサリと受け止められてしまった。

 「なかなかに熱いおもてなしだな」

 拳を包み込むように握るのは、王子の左手。

 「そういう素直なところ、悪くないぞ」

 言って、手の甲にチュッと口づけ。

 (&%@$#*~~~っ!!)

 言葉、忘れた。

 「ああ言えばこう言う、見事なまでの猫かぶりの切り返し。それでいて、俺が誰であろうと殴りかかってくるその根性。そういうところ、ますます気に入ったぞ」

 うっげえぇええっ!!
 マジッ!! マジかっ!!
 やっぱこの王子、ドMだったのかっ!!
 でなきゃ、殴られそうになって気に入るとかないっしょ。普通。
 ドM確定。ドM決定。
 まるで目隠しされたまま地雷原を走ってるような気分。どこにこの(変態)王子のツボがあるかわかんないから怖い。
 おそるおそる王子の様子を覗う。

 「次の夜会は、選考を通過した令嬢のみが参加することになるのだが、お前のことは誰よりも最優先で通過できるようにしておこう」

 いや、それってトップ当選……的な? 余裕の一位通過。

 「いえいえ、わたくしのような不調法な者がそのような……。殿下には、わたくしよりもふさわしいお相手が、他にいらっしゃいますわよ」

 ほほほほ……。
 笑え、笑え自分。

 「何を言う。お前ほどの女は、他にいなかったぞ」

 「そんなことございませんわ。わたくし程度の者など、それこそ星の数ほどおりますでしょうし」

 「いやいや、星の数ほど女がいても、お前のような鮮烈な印象の女は他にいなかった」

 って、それはなんですか? わたしが彗星レベルのとんでもない女だってこと?
 今だって、パンチくらわしてるし。
 メテオストライク女。

 「お気持ちは大変光栄で、うれしく思うのですが、わたくしのような下流の男爵家の娘などより、殿下には身分高く、容姿も心映えもすぐれた方のほうがふさわしいかと」

 「謙遜せずともよい。お前は今のままでも充分に興味深い見栄えと中身をしているぞ」

 それって、褒めてるの? けなしてるの?

 王子の手が、スルリとわたしの下ろしっぱなしの髪に触れた。

 「どこにでもある、ありふれた茶色の髪。魅力的でもなんでもない瞳、人ごみに紛れてしまえば二度と見つけられないような顔立ち、出るべきところを間違えたような、凹凸を忘れた体つき……」

 って、けなしてんじゃんっ!! ケンカ売ってんのか、ゴルアッ!!

 自分が十人並みだってことは自覚しているけど、こうもイケメン王子にズカズカと言われると、かなり腹が立つ!!
 どーせわたしはアンタほど顔面偏差値高くないですよーだ。埋もれているのがちょうどいいので、別に悔しくもないですよーだ。(僻み)

 やっぱ殴りたい。殴り倒したい。
 殴るのダメなら蹴り倒したい。

 「身分など、気にすることはない。国中の貴族の娘と触れを出したのは父上なのだからな。そこから俺がお前を見出したとしても、文句を言われる筋合いはない」

 へ!?

 「あ、あの、お触れは殿下が出されたものでは……」

 「俺じゃない。あれは父上が勝手に出したものだ」

 憮然とする王子。

 あれ? もしかして、この花嫁さがしに乗り気じゃなかった……とか?

 怒りゲージ、再び下がる。
 意外なことを聞いた気分。
 そういや夜会でも積極的に令嬢たちに声はかけてなかったような……。わたしと会ったのだって騒ぐ令嬢たちから離れた時だったし。多分。

 (とすると、あの時は令嬢から逃げるために部屋に入ってきたの……かな)

 好意的に考えるとすれば、そうだ。
 逃げ込んだものの、そこでわたしとバッタリ会って、騒がれそうになったから口をふさいだ。
 まあ、仮にも王子だもん。それも第一王子。
 政略とかなんとかで、結婚しなくちゃ、跡取り残さなきゃいけない立場よねえ。これでも。王家存続のための種馬。ちょっとだけ同情する。

 (でも、ちょっと待って)

 百歩譲ってそれが真実だったとしても、先にとんでもないことを言ったのは王子の方。

 ――積極的な女だな。
 ――体を使って誘惑するつもりか? そこまで必死になってアピールしたいのか?

 あの時の台詞、忘れたとは言わせない。
 あんなの、セクハラ以外の何ものでもないでしょ。

 「とにかくだ。俺はお前を気に入った」

 (気に入ったんかーいっ!!)

 気を取り直したような王子の言葉にツッコむ。

 「俺が気に入った以上、誰にも文句は言わせん。だからお前は安心してこれからも夜会に参加しろ」

 (いやいやいや。こっちの意見ガン無視、決定事項なんかーいっ!!)

 「どうした? あまりにうれしくて、言葉も出ないか?」

 (………………)

 「そうかそうか。泣いて喜んでもいいぞ。なんたって誰もが憧れる、王太子妃候補だからな」

 (言葉が出ないんじゃなくて、呆れて言葉を失ってるだけだってば)

 うれしくて泣くんじゃなくって、アンタに見初められたことに絶望して泣きたいんだってば。
 本気でとっとと花嫁さがしから離脱して、領地に帰りたいんですけどっ!?

 「次の夜会は一週間後だ。お前が気後れしないように、俺がエスコートするからな。安心して参加するといい」

 なんたって、お前は俺の愛する乙女だからな。
 椅子から立ち上がった王子が、再び私の手の甲にキスを落とす。

 (&%@$#*~~~っ!!)

 不意打ち、二回目キス。(手の甲だけど)
 ニコッというより、ニヤッと笑った、その顔、その目線。

 「では、また会える日を楽しみにしているぞ」

 爽やかすぎる(そして意味深すぎる)笑顔を残して王子退場。
 固まること、一、ニ、三、四、五……。

 (ハッ……!!)

 ほうけてる場合じゃないわよ、アデルッ!!
 ウッカリそのスマートすぎる行動に、思考がフリーズしちゃったけど。
 「次の」って。「来週」って。「夜会」って。
 
 「そんなのムリムリムリムリムリムリムリムリ……リムリムリムリィッ……!!」

 自分の絶叫だけが、むなしく部屋にこだまする。
 ムリムリがひっくり返っちゃうぐらい拒否しても、認められやしないんだろうな。
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