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第19話 松竹梅より下のほう。

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 菫の間――。

 それがわたしに与えられた王宮での居室だった。
 菫。
 可憐で慎ましやかで、ヒッソリ咲いてる紫の花。
 花言葉は、「謙虚」「誠実」だっけ。
 春を告げる小さな花。よく田園の片隅に咲いてる花。
 これだけ聞くと、なんていうのか、「純粋」「健気」「可愛らしい」ってワードが思いつくんだけど。

 (実際は、そうでもないのよね)

 園芸品種は知らないけど、基本、スミレはタフ。
 踏まれても、ほっといても、どうかすると草刈りに巻き込まれても、また翌年にそこで咲いている。それどころか、種を弾き飛ばして増殖してたりする。
 前世だと、アスファルトの割れ目からも平気で花咲かせてた、ド根性植物。
 超タフ。超たくましい。
 間違っても、「可憐=弱い」ではない。

 「ま、ある意味、一番似合ってるわね、お嬢さまに」

 一緒に王宮入りしたミネッタがため息を漏らす。

 「それって、わたしが田舎者のタフ過ぎる女だって言いたいの?」

 踏まれても踏まれても、また立ち上がる……ってこれは麦だったか。

 「反論できるんですか? それとも、自分はカトレアや胡蝶蘭だと?」

 できません。でも、ズバッと言われて、納得はしたくない。

 「ちょうどいいんじゃないですか。菫の間。日当たりは悪くなさそうだし、こじんまりしてるし、掃除も行き届きそうだし。荷物少ないから困らないし」

 「ちょっと待って。後半、あんまりうれしくないんだけど」

 「だって、本当のことでしょ? お嬢さまの荷物、激少ですもの」

 ほら、とミネッタが彼女の周囲に置かれた荷物を見回す。ミネッタと数人の従僕(王宮で借りた)で運び終えちゃった荷物。「これ、どこに仕舞いましょう」なんて悩みは発生しそうにないぐらいにコンパクト。逆に、「ここに仕舞うものはないんですか?」って訊かれそう。収納ガラガラ。

 「……ミニマリストを目指してるのよ」

 せめてもの抵抗。
 持ってないんじゃなくて、持たないことを目指してるの。
 モノに囲まれた、モノに追われ、消費するだけの生活は、ダメなのよ。うん。

 「ま、どっちでもいいけど」

 あ、ミネッタ、スルー。

 「まあ、お嬢さま以外のご令嬢に、この部屋は不釣り合いですもんねえ」

 「菫が似合わないとか?」

 「そうじゃないですよ。物理的に無理なんですよ、あちらは」

 ミネッタの背中越し、開いたままの扉から、王宮の廊下を歩く従僕、女官を眺めやる。
 陸続と歩く従僕と女官の群れ。働きアリがごとく、彼らがせっせと荷物を運んでいるのが見えた。
 
 「あれ、全部、婚約者候補のご令嬢の荷物なんでしょ?」

 「そうですよ。あれを全部仕舞おうとすると、いったいどれぐらいの巨大空間が必要なんだか。あのご令嬢方に、この部屋でのミニマリズム生活はできないでしょうねえ」

 「そうねえ。四次元ポケット収納が必要そうよねえ」

 青い狸(もとい猫)型ロボットの太っ腹のように、どれだけでも詰め込める収納空間。(多分、主婦感激亜空間) それか、コンマリさんを連れてきたほうがいいのかな。ときめかないものはいりませんって言って、スッパリ断捨離。
 途切れることなく運び込まれる荷物。あれ、運ぶのも大変だけど、荷づくりも大変だっただろうなあ。この先、荷ほどきして片づけることを考えると……。日が暮れるまでに終わるんだろうか?

 「荷物だけじゃないですよ。お付きの侍女も半端ないですって」

 「うん。あれはすごかった」

 下にぃ~、下に。

 どこかの大名行列かってぐらいの数がご令嬢につき従ってた。侍女だけで一個師団作れるかもっていう言葉は誇張ではなかったようだ。
 
 「ま、それを考えると、わたしは少数精鋭よね。ミネッタだけだし」

 これなら、「あ、やっぱお前いらねえわ」ってなっても、「じゃね☆」と身軽にお家に帰れる。
 
 「仕える側としては、もう二、三人増援が欲しいところですけどねえ。コスプ……、ドレス作りに忙しい時とか、代わりにお嬢さまのお世話をしてくれる人が必要なんですが」

 コスプレ衣装、作る気だったのか。

 「別に誰か増援がいなくても、自分のことぐらい自分でするわよ」

 深窓の令嬢とかそういうのじゃないし。なんでも一人でできるもん。
 
 「ま、せっかくのお楽しみを別の誰かに明け渡すのももったいないので、良しとしておきましょう」

 「お楽しみって、アンタ……」

 「王宮、ご令嬢バトルウォッチングですよ。せっかくの展開なんですから、見逃しはもったいないです。お嬢さまも、どこでなにがあったか、ちゃんと教えてくださいよ?」

 「ここでも『メイドは見た!』をやるつもりなの?」

 「別に、市原悦子をヤル気はないですよ。ただちょっと、将来、本を作るのに参考にしようかな~って程度で」

 ほん? ホン? 本? BOOK?

 「……同人誌でも作るわけ?」

 「違いますよ。ラノベを書くんです。せっかくこんな身近に題材がホイホイ転がってるんですから。使わない手はないってわけです。前世なら、どこかの小説サイトにでも投稿するんですけどねえ」

 マジか。
 もしミネッタがまたあっちの世界に転生して生まれ直したら、こっちのことをネタに投稿しそうだな。わたしの記憶にあった世界を書いてみました~的な。実体験(!?)に基づいてるから、結構リアルに書けそう。

 「こういうのって、経験しないと書けませんよね~。ほら、よくあるじゃないですか。異世界に転生したら、なぜか魔法学園とか、貴族だけの学園に入学するヤツ。あれって、学校なら誰でもイメージしやすいし、自分も知ってる場所だから書けるんじゃね?っていう短絡思考に則って書かれてること多いんですよね」

 「それはさすがに極論すぎでは……」

 ラノベ作家にケンカ売ってるの? ミネッタ。

 「いいえ。案外、そういうところだと思いますよ。自分の知ってるところでなら物語を書き進めやすい。読者にも想像してもらいやすいですしね。でなきゃ、『王族が(この場合王子がダントツですけど)、学園の生徒会長』なんて設定、ありえませんよ。王侯貴族の子弟が一同に集まって通う学校って。警備とかどうするんですか? 私なら、請け負いたくないです。絶対」

 「うん、まあ、そうだよね」

 国中のVIP(子弟)大集合なところの警備だなんて。セ〇ムも、アルソ〇クもお断りだろう。胃に大穴開くわ。腸もねじ切れちゃう。

 「時折あるじゃないですか。『#中世ヨーロッパ風』とか物語設定タグ着けてるくせに、クリノリン付きのドレス着た令嬢が出てくるヤツ。男性はテイルコート着てたり。クリノリン、テイルコートは近代なので、中世にはありえない。あれは、中世がどんなのか知らないから起こるミスなんです。『中世~』とか言っといて、ベルサイユ宮殿ばりのお城に住んでますからねえ。そういうミスを起こさないためにも、しっかり下調べ、取材は必要なんですよ」

 「じゃあ、今、わたしたちがいる世界は、どっちに近いの?」

 ドレスのスカートは、パニエで広げてるけど。

 「近世もしくは近代だと思いますよ? 王子のお衣装もそれに近いですし。鉄道、自動車など、蒸気関係の乗り物がないことが気になりますが、そこは異世界ですし、深く言及しません」

 そっか。あくまで「風」だしね。

 「ところで、中世だと王子の衣装はどうなっちゃうわけ?」

 「コドピース、股袋が着きます」

 ま、またぶくろ……!?

 なんか不穏な言葉が出てきた。

 「これです」

 ミネッタがサラサラッと手近にあった紙に描いてみせた。ダップリ上着、ピッチリズボンの男性の股間に描かれた、デッカイ袋。収納されてるのは、おそらく、男性の象徴物。

 こ、これは、まさしく「股袋」……。

 「自信のない男は、これに綿を詰めてさらに大きく作ったらしいですよ。それこそバナナやゴーヤーサイズに。最終的には、膝に届くぐらいのヤツもあったとか」

 
 「バ、バナナッ!? ゴーヤーッ!?」

 王子の股間、こんなのついてなくてなくて、ホント、よかった。
 近世「風」、万歳。
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