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第27話 「救って勝つ!!」はヒーローの特権。

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 「それで? この後はどうするの、マリエンヌ」

 クラリッサが、ボス格であるマリエンヌに問う。

 「このままにしておくわ。大丈夫よ、なんとかしてくれる助っ人を雇ったってお父さまがおっしゃってたから」

 「なんとかしてくれる、ね……」

 リーゼルが、意味ありげに笑う。

 なるほどね。
 コイツらだけじゃなく、そのバックボーン、親もわたしの拉致に関わってるってことか。
 再び縛り上げられ、床に転がった状況から、ジッと情報を分析する。

 「ごめんなさいね、アデル。アナタに恨みなんてないけれど、アナタに妃になられてしまうと、何かと不都合なことがあるらしいのよ」

 マリエンヌが、ほほ笑みながらわたしの前にしゃがみこむ。
 
 「この国は、戦争を続けていかなくてはいけないの。殿下に終わらせていただくと、困ることになるのよ」

 「……それは、アンタたちの利益が無くなるからってこと?」

 「そうね。戦争は、とても素晴らしいものですもの」

 その言葉に、ギッと視線に力がこもる。

 「戦争をしてくだされば、なにかとお金が必要になる。戦争をしてくだされば、人はよりどころを求めて神を信仰する。戦争をしてくだされば、政治がおろそかになる。これほど素晴らしいものはございませんわ」

 「そのために、誰が死のうが悲しもうが気にしないわけ?」

 「あら。それが戦争ですもの。仕方ありませんわ」

 「ふざけないで」

 友人ユリアナの恋。
 ユリアナの恋人は、今、その戦地にいる。
 ユリアナと相思相愛なんだけど、その身分差から反対されてて。そのため、彼は軍人になって戦功を立てて身分を得るという展開になり、ユリアナはそんな彼の帰りを待っているという状況。
 その状況を仕方ないで済ませるの? 考えたくないけど、ユリアナの恋人は二度と帰ってこれないかもしれないのに、それを仕方ないで済ませるの?
 民衆だって同じだ。戦争が続く限り食糧が減り、困窮している。わたしがジャライモの研究にいそしむようになったのは、そんな皆を上から救いたいって気持ちがあったから。
 王子の(偽)花嫁候補にも納得したのは、王子がわたしを仮押さえすることで、戦場に戻り、戦争を終わらせると言ってくれたから。戦争を終わらせる一助になればと思ったから受け入れた。

 それが、仕方ない!? 素晴らしい!? ふざけんじゃないわよ。

 そんなに素晴らしいものなら、アンタたちが銃を持って戦場に立ちなさいよ。こんな王宮でのうのうとお茶してないで、ジャライモ一つに喜ぶような飢えを経験してみなさいよ。
 こんなヤツら、絶対、王子の妃になんて選ばせてやらない。自分が王子に相応しいなんて1ミリも思わないけど、こんなヤツらに奪われるぐらいならわたしが妃になってやるわよ。

 「おー、怖い、怖い」

 睨みつけた視線に、マリエンヌがおどける。
 
 「さ、皆さま、参りましょう。舞踏会に遅れてしまうわ」

 「待ちなさ――フガッ!!  ウー、ウウ――ッ!!」

  「ほらほら、大声出すなんて、はしたないわよ」

   猿ぐつわをかまされ、声を封じられた。ジタバタ暴れたわたしを、クスクス笑って見下ろすリーゼルとクラリッサ。――チクショーめ。

 「……安心なさって。舞踏会が終わるころには、すべて丸く収まりますから」

 ニッコリとわたしの頬を指でなぞり、優しい笑みを残して去っていくマリエンヌ。それに従うように、リーゼルとクラリッサも笑いながら小屋を出ていく。
 ……こんなヤツを、「健気」とか評しちゃった自分を激しく後悔する。
 「健気」でもなんでもない。「健気」に失礼よ、こんなの。
 それを言ったら、残りの二人も同じ。
 「バラ」と「月の光」と「黄金」にも謝らなくちゃいけない。
 って。そんなことを考えてる場合じゃないわよね。
  誰もいなくなった小屋のなか。
 床の砂にまみれながら、体を芋虫よろしく、必死にもがく。後ろ手に縛られ、足もくるぶしのところで縛られちゃったから、起き上がるどころか座ることすらできない。
 かろうじて、うつ伏せになって、肩と顎、それと膝をつかって、ニジニジウゴウゴと芋虫歩きをすることはできた。それでも、時折、ゴロンと横に転げちゃうので、起き上がるのに苦労する。
 
 幼児番組でやってた芋虫クレイアニメを思い出す。
 
 ニャッキ、ニャッキ、ニャッキ……ゴロン。ムクッ。ニャッキ、ニャッキ、ニャッ!! ……ゴロン。

 とにかく早くここから脱出しなくては。
 マリエンヌの言ってた「助っ人」が来たら洒落にならない。
 あそこまでペラペラ話したってことは、わたしはこの後、殺されるってこと。
 ここで殺されるのか、それとも別のどこかに連れてかれて殺されるのかわからないけど、とにかく「死、あるのみ」なのは変わらない。
 逃げ出すなら今がチャンス。「助っ人」、おそらくプロの手にかかったら、逃げるなんて不可能だろう。
 王子への手紙には暗号を仕込めたけど、だからって、それを解読して助けに来てくれるなんてことを期待して待ってるなんて出来ない。「助けに来てくださると思っておりました」なんて言えるのは、『ドラ○エⅠ』のローラ姫ぐらいなのよ。いつだってマ○オに助けてもらえるピ○チ姫だけなのよ。ただの令嬢は「座して待つ」なんてやっちゃいけないのよ。

 とにかくもがいてもがいて、ドアまでたどり着く。
 あちこちぶつけたせいで体が痛いけど、そんなこと言ってられない。
 ズリズリとドアにぶつけながら身を起こす。けど、それが精一杯。「立つ」なんてできないし、立ったところで「コイツ、動かないぞ」。足が縛られてるから歩くこともままならない。
 
 資材倉庫は、庭園の端っこにある。こういう裏方的存在が目立っちゃ美観を損なうからか、庭園からも王宮からも見えない場所に建っている。
 それでなくても今夜は舞踏会。そっちの準備とかに気を取られて、こんなところにやってくる酔狂な人はいない。舞踏会が始まって、あっちが騒がしくなったら、どれだけ耳のいい人でも、わたしの叫び声なんて聞こえやしないだろう。
 幸いというかなんというか、この資材置き場、かなりボロいのよね。鍵はかかっちゃってるけど、これだけボロければ、なんとか体当たりでドアを壊せないかしら。
 王宮の持ち主、国王陛下と王子がシブチンで資材置き場を修繕してなかったことに感謝しつつ体当たりを試みる。――が。

 「おっ、なんか威勢のいい嬢ちゃんだな」

 外に向けて開かれた扉。ゴロンとまろび出たわたしの体と、それを見下ろす無精ひげのオッサンとその仲間。顔にかかったその息、メッチャ臭い。

 「兄貴、どうします?」

 「そうだな。このまま連れていっても、このイキじゃあ、暴れるだろうしなあ。ここで絞めておいたほうがよさそうだな」

 そんな人を魚みたいに言わないでよっ!!

 「ってことで、嬢ちゃんや。あまり暴れんなよ。苦しまねえようにキュッとやってやるからよ」

 うれしくない。苦しくなくったってうれしくないっ!!

 なんとか逃げ出そうと必死にもがくけど所詮地面の上。バタバタ動かす体を、あっという間に男たちに抑え込まれる。

 「ワリィな。アンタに恨みはねえんだけどよ」
 
 男のゴツゴツした手がわたしの喉にかかる。
 言葉通り、一気にキュッと絞め上げる手。気管だけじゃなく、喉の骨すら押しつぶすような力。

 (ウッ……、グゥ……!!)

 呑み込めなかったヨダレが口のなかに溢れる。猿ぐつわと混じったおかしな味が口腔に広がる。心臓に戻れなかった血液が、耳の奥、頭の中でガンガン脈打つ。苦しさに、目を大きく見開くと涙がこぼれた。

 (ああ、わたし、このまま死ぬんだ……)

 また転生するのかな。するとしたら、今度はもう少しマシな恋愛したいなあ。
 脳裏に浮かぶ、あの憎たらしい顔。
 王子らしく普段の一人称は「私」。だけど裏の一人称は「俺」。「私」の時は、どこのゲームの攻略対象かってぐらいイケメン王子なのに、「俺」の時は、どこかのラスボス、魔王レベルで口も態度も最悪になる人。
 曲がったことが嫌いで、売られたケンカは即買いする気の短さで。正直『ウザい』ところもあるけど、悪い人ではない。そういう人。
 エーベルハルト・ユリアス・ハルトヴィッヒ・リオン・グリューネライヒ。
 長ったらしい名前の「ウザい」ヤツ。
 次に来世で恋愛するなら、あの容姿で、もう少し俺様トーンが低めな人と恋愛したいなあ。もう少しわたしに優しくて、こんな風にヒトの人生をふり回す結果をもたらさない人。
 
 (あー、サイアク)

 なんで、最後に思い出すのがアイツの顔なんだろ。フツー、そこは家族とか今までの人生の走馬灯とか、そういうヤツでしょ。
 自虐的な感傷。体が酸素を求めて最期の痙攣を起こす。

 「――アデルッ!!」

 耳に届いた彼の声。同時に男たちの「グアッ」とか「ガハッ」って声も聞こえてきた。
 
 「無事かっ、アデルッ!!」

 「ゲホッ、ゲホゲホッ……、ゴホッ!!」

 猿ぐつわも外され、喉を塞いでたものが消えたからだろう。溢れかけてた涎とともに、新鮮な空気が一気に喉へとなだれ込んできて、激しくむせかえる。

 「殿……、ゴホッ、か……」

 そんなわたしの体を起こしてくれる大きな手。それは間違いなく王子の手で、むせるわたしの背中をさすってくれた。

 「無事か?」

 「ええ、まあ、なんとか……、ゲホッ」

 縄を切られ、体の自由を取り戻す。

 (助けに、来てくれたの……!?)

 あの暗号、間に合ったの?
 あの手紙がウソだってわかって、こうして助けに来てくれたの?

 酸素を取り戻したばかりの頭では、ボンヤリとしか思考が回らない。ただ、体のなか、血液の配給がおかしくなってるのか、異様に顔が熱くなってくる。心臓もフル稼働してるのか、胸がギュッと苦しくなってくる。
 落ち着け、私の体。どうどうどう。
 
 「お嬢さまっ!!」

 「……ミネッタ」

 「ご無事で、ようございましたっ!!」
 
 必死な顔で走り寄ってきたミネッタ。その彼女にわたしの体を受け渡すと、王子がわたしから離れて立ち上がる。

 「殺すなっ!! 捕らえて、依頼主を白状させよっ!!」

 わたしの周りには、賊を拘束しようと格闘する兵士たち。あっちでもこっちでも男たちの荒々しい怒号が飛び交う。

 (うわ、ちょっと、なにそれ……)

 兵士たちに的確な指示を出す王子。その真っすぐなたたずまい。威厳。胸がひときわ大きく「ドキンッ!!」って高鳴っちゃたんだけど、――どうしよう。
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