平安☆セブン!!

若松だんご

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一、六位蔵人なるものは

(一)

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 目の前の 瓜より早く 消えるもの 希望 有り金 運の良さ

 目の前の瓜を眺め、ふとそんなことを思う。
 瓜。
 剥いても剥いても、器に溜まり山を成すことなく消えていく。それだけじゃない。

 目の前の 瓜に代わりて 溜まるもの 瓜皮 疲労 そして愚痴 これは短歌か 川柳か 今様いまよう 都々逸どどいつ なんじゃらほい

 「ねえ、聞いてる? 兄さま」

 「ああ、聞いてる聞いてる。で? どうした」

 瓜を剥く手を止めず、相手のお喋りを促す。くだらないことを考えて聞いてませんでした――などとは絶対言わない。言えない。

 「やっぱりさあ、わたし、お仕えする先を間違えたって思うのよねえ」

 そうですか。そうですか。
 瓜を剥きむき。

 「考えてもみてよ。ここを訪れる公達なんて皆無じゃない? 誰も訪れないのに、どうやって恋の花を咲かせろっていうのよ。こんな誰もいらっしゃらないところでお仕えしてたら、出会いも何もあったもんじゃないわよ」

 うん、うん。
 それで? それで?
 瓜をサクサク。

 「あーあ。わたしをお召しくださったのが藤壷の女御さまだったらなあ。そしたら今をときめく才媛として名を馳せて――」
 「それは無理だろ」

 そこだけ即答。

 「あ、兄さま、ひどい」

 妹、彩子さやこがふくれた。瓜を消費する手も止まる。

 「いやだって、お前、オレたちは先の関白さまに連なる一族だし。いくらお前が優秀であっても、あちら方がお雇いくださるわけないだろ」

 お前に才能なんてないから、呼ばれることはない――とは言わないでおく。オレたちは、承香殿じょうこうでんの女御の父親、先の関白さまに連なる出身。その敵対勢力である、今関白の娘、藤壷からお呼びがかかるわけがない。

 「それは……、わかってるけどさあ」

 彩子の頬がへこんだかと思ったら、またふくれた。剥いてやった瓜を頬張ったからである。

 「それに、お前も喜んでいたじゃないか。雅顕まさあきさま直々のお声掛りで出仕だなんて~って」
 
 「そうなんだけど。そうなんだけど!!」

 瓜のように文句、不満を飲み込むことはできないらしい。怒りをぶつけるように、瓜を掴む速さが上がる。

 「でもこのままじゃあ、わたしまで女御さまみたいに干からびちゃうわよ」

 「こらこら。そんなこと言って、誰かに聞かれたらどうするんだ」

 いくらなんでもその愚痴はまずい。

 「平気よ。ここを訪れようなんて奇特な人は兄さまぐらいだもの。誰も聞きとがめやしないわ」

 勝手に人を「奇特」扱いするな。ってかオレ、「奇特」だったのか。わざわざ仕事の合間に承香殿を訪れて、向かい合った妹のために瓜を剥いてやる奇特者。

 「一応、万が一でも聞こえないようにって、気を使ってここまで出てきてるんだから、別にいいでしょ」

 うん。まあ、それはそうなんだが……。
 今いるのは、承香殿じょうこうでんの端っこの端っこ。僻地の僻地。人に見られることのほぼない、東の廂。手入れされた庭は見えるが、そこに人の気配はなし。普通なら御簾の向こうに居なくちゃいけない女房の彩子も、ここなら誰にも見られないでしょと、こちら側に出てきている。――見られたらどうするんだろ。慎みもなにもない、瓜食べ姿。これで、今をときめく藤壷にお仕えしたいっていうんだからなあ。

 「それに、こんなこと愚痴るのも兄さまにだけだし」

 「オレはよろず愚痴引き受け係か?」

 アナタの文句、引き受けます? 奇特な愚痴引き受け係。

 「兄さまが他に役に立つことってある?」

 「あ、ひでえ」

 瓜を剥くぐらいには役に立つぞ? ほれ、新しい瓜も剥けた。ちゃんと種も取った。至れり尽くせり瓜剥き係。

 「それにさあ、雅顕さまも最近はこちらに滅多にお越しいただいてないのよねえ」

 「そうなのか? 結構フラフラとどこかに出かけてるけど」

 彩子憧れ公達、藤原雅顕ふじわらのまさあきさま。承香殿の女御の兄で、先の関白の息子。そして、オレの上司。
 いっっっっつもオレたちに仕事を押しつけてどこかに出かけてるから、てっきりこっちに、妹の様子を見に来ているんだと思いたかったが。

 (色好み……だからなあ)

 どうせ、あっちの女房、こっちの女房と、浮き名を流しにせっせと渡り歩いてるんだろう。名こそ流れて、ドンブラコ。妹女御のご機嫌伺いに足繁く通う――のではなく、色恋相手のもとに足繁く通う。あ。なんか腹たってきた。

 「なんでも雅顕さま、最近は、藤壷の女御さまにお仕えする女房にゾッコンなのですって」

 「へえ……」

 あれの行き先は藤壷だったのか。というか、今回の相手は藤壷の女房だったのか。

 「ねえ、兄さま。今度こっちに来る時は、雅顕さまを連れてきてくれない? 雅顕さまさえいらしてくだされば、少しはやりがいってものが生まれると思うの」

 「ヤだよ。あの人捕まえるの、スッゴク大変なんだからな」

 あっちへフラフラ、こっちへフラフラの恋愛生活満喫中の公達は、どこ(の女の元)にいるのか、探して捕まえるだけも苦労する。

  「首に縄かけてしょっ引いていいのならやるけど?」

 「雅顕さまを罪人扱いしないで!!」

 「へい」

   やっぱダメか。

 「あーあ、やっぱりあっちにお仕えしたほうがいいのかな~」

 憧れの雅顕さまも藤壷に行っちゃったわけだし? 
 彩子が藤壷でお仕えしたいと言い出した理由がわかった気がした。

 「まあ、中将どののことは置いといて。もしかしたら、こちらもときめくことがあるかもしれないじゃないか。そしたら、『藤壷なんかに行くんじゃなかった~、こっちのほうが良かった~』ってことになるぞ」

 「承香殿がときめくことってあるの? 兄さま」

 「え、えーっと。万が一……いや、億が一……かな?」

 もしかしたら兆が一。ジロリと睨まれ、言葉が尻つぼみ。

 「主上にあれほど嫌われてるんだもん。ときめけるわけないじゃない。気休め言わないで」

 「――はい」

 ピシャリと言った妹にうなだれるオレ。
 まあ、今の状況じゃあ、何が起きても「ときめく承香殿」はありえないよなあ。
 瓜を剥く手を止め、承香殿の庭に目をやる。

 十三年前。
 先の帝の崩御に伴って即位された帝。
 わずか十歳だった帝のもとに、関白家とその弟の右大臣家からそれぞれ女御が入内した。
 帝より二つ年上の承香殿じょうこうでんの女御。そして同い年の麗景殿れいけいでんの女御。
 十歳の主上と、十二歳、十歳の女御。そんな幼くては子は望めないから、どちらが中宮になるかは保留とされていた。
 そして、五年前。
 当時十八歳となっていた、麗景殿の女御が懐妊した。帝の初子。皇子を産みまいらせれば、麗景殿の女御が中宮となる。関白と右大臣。兄弟でありながら敵対する二人の勢力が入れ替わる。
 周囲が固唾をのんで見守るなか、麗景殿の女御は妊娠四ヶ月でお腹の子共々命を落とした。
 あれは妊娠ではない。流れ出たのは水だけで赤子らしきものはいなかった。いや、異様にふくれた腹から這い出てきたのは大量の蛭だった。
 様々な噂、憶測が流れた。
 だが。

 ――麗景殿の女御は、承香殿の女御の悋気に触れ、殺された。

 この噂が流れたのは、承香殿の女御の父親である関白が亡くなり、弟右大臣が関白に昇進してからだった。
 呪殺、毒殺。いや、里下がりしていた麗景殿の女御のもとに承香殿が忍び行って、自らその首を締めたのだとか。
 先の関白が存命であったころからその噂は存在した。だが、関白の権力の前に誰もが口をつぐんでいただけ。水だの蛭だのは、先の関白が娘を守るために流した虚言。

 ――帝は承香殿の女御を蛇蝎のごとく嫌っておられる。
 ――亡くなられた麗景殿の女御を偲び恋われて、誰も相手になさろうとしない。

 帝の態度が、噂を助長した。
 麗景殿の女御は懐妊するほど寵愛いただいていたのに、承香殿は……。
 気位ばかり高く、ツンとすまして滅多に口をきこうとしない。可愛げのない年増女御。人殺しをするほどの悋気の持ち主。素腹すばらの后。
 
 帝に嫌われてる女御のもとにご機嫌伺いする者などあるはずがない。それでなくても今は、麗景殿の女御の妹、藤壷の女御も入内している。今の関白の娘だ。ご機嫌伺いするなら、真っ先にそちらに向かう。
 嫌われ女御のもとは、その権力の失墜もあわせ、閑古鳥が群れをなす。
 彩子じゃなくてもこんな所、逃げ出したくなる気持はよく分かる。兄である雅顕どのまで藤壷に伺候してるんじゃなあ。オレだって、彩子が女房として出仕してなければ、トットと逃げ出したい。

 「まあ、とにかく。今は行く宛もないんだし。とりあえず、これでも食え。お前のために大和から取り寄せた瓜だ」

 食べやすく一口大に切ってある。食え。ドンドン食え。
 器をさらに前へと押し出す。瓜でも食って、怒りでカッカした頭を冷やせ。瓜には体を冷やす効果があるからな。それだけ食べたら、体中、頭もなんとか冷えるだろ。
 彩子が瓜に手を伸ばす。
 愚痴をこぼさなくなったのは、愚痴ることが無くなったからではなく、瓜を食すことで愚痴る合間が無くなったから。
 吐き出される愚痴。吸い込まれる瓜。剥いた瓜がオレの口に運ばれることは一度もない。手が汁でベタベタしただけ。ああ、瓜。せっかく持ってきたのに、一欠片も食べられぬとは。――無念。

 「こうなったら、承香殿をときめく場所にするしかないわね」

 彩子が言い出した。けど。

 「兄さま、なんかいい案、考えて」

 「オレ任せかよ」

 少しは自分で考えろ。
 とか思うものの、それなりに頭を捻ってみる。
 う~ん、妹思いのいい兄だなあ、オレ。誰も褒めてくれないから、自分で自賛。

 「そうだなあ。とりあえず、承香殿のあちこちに灯籠を吊るそう」

 「――は?」

 「篝火に、燈台。手燭。高坏燈台をこう、簀子の縁に等間隔に並べてだな……」

 「兄さま、蛾でも呼び寄せるつもり?」

 「似たようなもんだろ、公達なんて」

 恋に焦がれる己を蛾に例えることもあるぐらいだし。ピッカピカに光らせておけばフラフラ舞い込んでくるかもしれないぞ? こんなふうに。

 ヒラヒラと手で蛾の動きを再現。あ、彩子のジト目が痛い。
 却下ですな、却下。

 「わかったよ。次来るまでには、いい案、考えとくよ」

 「頼むわよ、兄さま」

 明かりピカピカ案。結構いい線いってると思うんだけどなあ。
 なんてことは言わずに、妹に従う。
 ああ、なんていい兄ちゃんなんだろうな、オレ。

 「やあ、彩子さやこどの、成海なるみ。歓談中に、邪魔するよ」

 不意にオレたちかかった、爽やかすぎる声。

 「中将どの……」

 噂をすればなんとやら。
 閑古鳥が一斉に羽ばたいてどこかへ飛んでくほど、華やかでここに似つかわしくない姿。
 現れたのは頭中将とうのちゅうじょう藤原雅顕ふじわらのまさあき。彩子の憧れ、オレの上司。
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