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一章
11.高速移動
しおりを挟む「なぁ、スマツの画面を確認している間だけさ、お前の背中に乗せてくれよ。歩きスマツは危ないだろう?」
「スマツってスマートツールのことですか? あの、それだと私が確認することができないのですが」
「大丈夫。俺が見ながら実況してやるから」
「……仕方ない。今回だけですよ。その代わり私のすぐ後ろはマスターが乗ってください」
ルージュの許しを得た俺たちは、彼女の背中に乗せてもらえることになった。
これでしばらく楽ができる。
「わ、悪くないですか、ルージュさん?」
「ちょっとこわいかも……」
春川さんとレンは、少しビビり気味だ。
一般人の感覚からすると、デカい蜘蛛の上に乗るというのは怖いのかもしれない。
そう言うと、俺が一般人ではない変態のように聞こえるが。
しかし俺も乗られたことはあるが、乗ったことは無い。
俺は当然怖くなかった。どちらかと言えば期待している。気もふさふさしているし、乗り心地は悪くなさそうだ。
レンに怖いと言われてルージュが落ち込みだしたので、俺が率先して乗って見せることにした。
「レン、全然怖くないぞ。むしろ馬とか象より乗りやすい」
「八雲さんは、馬とか象には乗ったことがあるんですね」
春川さんが少し珍しそうに言う。
象は確かに珍しいかもしれないけど、馬ぐらいないだろうか。
俺は割と何度かあるけど。
「ぼくはのったことないよ」
「はは、良かったじゃないか。初めて乗る動物が蜘蛛なんて、なかなかないぞ」
「マスター、私は動物ではないんですが」
そうか、ルージュは虫だった。
でもそれを言っても怒られそうな気がするので、黙っておこう。
春川さんとレンも意を決してルージュの背中に乗った。
しかし三人も乗るとちょっと狭い。
おかげで俺はルージュの背中とかなり密着してしまっている。いや、背中ではない。尻だ。ルージュは常に立っているような体勢なので、顔に尻が当たってしまう。
「先に言っておく。わざとじゃないから」
「な、何のことでしょう? わ、わ、私にはわからないので、気にしないでください」
俺は気になる。しかしここは、気にしつつ気にしない方向で行こう。
「ルージュさん、やっぱりその場所変わりましょうか? 私かレン君が一番無難だと思うんですけど」
「むむ、そうやってマスターを私から泥棒猫するつもりだな。ふっ、だが私は奥様と違い隙などないぞ。マスターは縛り付けてでも私の後ろにいてもらう!」
「とりあえずちゃんとお前の後ろにいるから。屁だけはこくなよ」
ルージュが俺を振り返ってきた。すごくいい笑顔だ。
そして白くて細いしなやかな指を俺に伸ばし、俺の頬をつねり始めた。
「いひゃい! 悪かったから! 俺が悪かったから!」
結局座る位置は変わらず、後ろから、糸で固定されたレン、ほとんど後ろから俺を抱き締めているような春川さん、そして頬を赤く腫らして涙目な俺、という順だ。
ちなみに俺が持っていたバックパックは、ルージュの卵のうの中に入れてもらった。
それにしても前後が温かくって柔らかい。
このままではダメな大人になってしまいそうなので、意識はしっかり持っておこうと思う。
「ふふ、前には逞しい八雲さんがいて、後ろには可愛いレン君がいる。もうこのまま四人で堕ちるとこまで堕ちちゃいましょうか?」
ダメな大人は俺の真後ろにいた。
「レン、あんまり春川さんに甘えない方が良いぞ。変な病気になるかもしれないから」
「えぇっ!?」
「うふふふ、八雲さんったら面白いんだから。大丈夫よ、レン君。八雲さんの冗談だから」
「そっかぁ。びっくりしちゃった」
「……割と本気なんだけど」
しかし俺の呟きは黙殺されてしまった。
何とか流れを変えるために、もうさっさと出発してもらおう。
「ルージュ、出発進行だ」
「承知しました、マスター」
ルージュが走り始めた。
乗り心地は快適だ。
こんなに速く走っているのに、まったく揺れる気配がない。
だけど、うん。ちょっと速くない?
「ハーハッハッハ!」
トリップしちゃってるし……。
「ルージュさん! もっとゆっくり走ってください!」
「ルージュ、こわいよぉ!」
後ろの二人が絶叫を上げている。
俺も若干怖かった。
「そうですね、調子に乗って全力疾走してしまいました。もっとゆっくり走りましょう」
そう言ってペースを落としたのだが、それでもかなり速い。
車で一般道を走っているのと大して変わらない速度だ。
これだと駅まですぐ着いてしまう。
スマツを弄っている時間はなさそうだ。
思った通り、ルージュはすいすいと進んでいき、あっという間に駅が見えてきてしまった。
もしかしたらレンの家もこの近くかもしれない。
「レン、お前の住んでいる家ってどこだ?」
「えっとねぇ、あれ」
そう言ってレンが指差したのは、駅前にある高層マンションだった。
「おぉ、随分良い所に住んでるな」
「そうですね、買ったら六千万ぐらいでしょうか?」
「いや、ここら辺はそこまで地価が高くないから、多分五千万ぐらいだろう」
「マスターのボロアパートと比べると確かに凄いですね」
「……放っておいてくれ」
凹む俺を尻目に、ルージュがレンを振り返った。
「レン、君が住んでいるのは何階だろうか?」
「ん、きゅうかいだよ」
「よし、承知した。マスター、外側から登って行きます」
「お、おお、それしかないか」
ご近所の皆さん申し訳ありません。
こんなデカ蜘蛛が突如現れたら、驚いて失神してしまうかもしれない。
しかし人を襲って喰らうモンスターが現れたのだ。今更ではあるか。
それに、ここに来るまで全く人に出会わなかった。ワニ男にもだ。
まさかほとんどの人間が食われて死んだ、とは思えない。
多分皆自分の家にでも引き籠っているか、どこかに避難しているのだろう。
となると、ワニ男がいないのは、引き籠っている人間を襲っているとか、避難している人間を襲っているとか、なのかもしれない。
ともかく、人に見られて騒ぎになる心配は、そこまでなさそうではある。
「なぁ、ルージュ。このマンションに人の気配は感じるか?」
マンションを登りながら、ルージュが前を向いたままで首を傾げる。
「ええ、結構いるみたいですね」
やはりかなりの数の人間が、無事生き延びているらしい。
宇宙人が責めてくるような映画とかと比べたら、状況はだいぶましと言えるんじゃないだろうか。ただし、外を出歩いている人間には今のところ出会っていない。
自宅、学校など、あとは何だろう? ああ、忘れていた。きっと、こういう時の定番とも言える、ホームセンター辺りにでも立て籠もっているんじゃないだろうか。
俺たちにも食料の心配はあるが、実は俺はすでにこの後の行動を決めていた。とりあえずはレンの家に行って、それから皆と相談してみよう。
「あ、ぼくのおうちあそこだよ」
ルージュがレンの指差した方向に近づいて行く。
「マスター、どうしましょうか? マスターの家とは違って、窓を破ると高くつきそうですが」
「俺の住んでたアパートは放っておけよ。……そうだな。この事態がいずれ収束するとも限らん。窓を外してしてしまおう。できるか?」
「はい、お任せください」
ルージュは窓に手を掛けると、それを力技で外してしまった。
メキョッという音がして鍵が壊れる。
「マスター、鍵が壊れました」
「……これぐらいは許してもらおう」
窓はとりあえず直さずに、立て掛けておく。どうせ出る時にまた外す羽目になるだろうし。
まず中に入ると、リビングだった。
俺のアパートのリビングと比べると倍はある。
「わぁ、広いですねぇ、マスター。マスターの家と「おい、それ以上は言うなよ、糞蜘蛛」……承知しました」
中に入って行って様子を窺うが、人の気配はしない。いや、いたらルージュが予め教えてくれるか。
「お父さんはまだ帰って来てないみたいだな。とりあえず、帰って来るまでか、帰って来なかったら、一晩はここに泊めさせてもらうか」
「パパ、かえってこないの?」
「……わからん。帰って来るといいけどな」
きっと帰って来る、なんて適当なことは言えない。
レンには悪いが、俺は七割方帰って来ないのではないかと考えていた。
もし帰って来ているなら、置手紙ぐらいしただろう。
部屋を見渡した限り、それはない。
そして帰って来られるなら、もう帰って来ていていないとおかしいのだ。
なぜなら、春川さんが俺の元に辿り着いているのだから。
もちろん会社が遠くて、こっちに向かっている途中に電車が止まってしまったとか、色々考えられることはある。
だからひとまず、一日は待ってみようと考えたのである。
「さて、とりあえず一度全員でスマツを確認してみるかな」
全員頷き、テーブルに腰を下ろした。
そして各々スマツを起動させる。
レンは早くも順応したようで、使い方を完全に覚えているようだった。
尤も、内容は俺や春川さんが説明しなくてはいけないが。
さて、どれくらいのSPを入手し、どんな機能が追加されたのだろう。
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今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
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