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一章
17.イラッシャイマセー、ドウゾゴランクダサーイ
しおりを挟む俺たちは辺りを伺いつつ、慎重に中に入って行ったのだが、特に周りに何かいるということは無い。
というか、モンスターどころか人っ子一人いなかった。
「ルージュ、どうだ?」
「はい、この階で今動いている者はいないようですが、上の階では結構騒がしくしているようです」
と、言われても、俺には何も聞こえない。
春川さんとレンを振り返っても、二人とも首を横に振った。
何もいないのに越したことは無いが、残念ながら俺たちがまず行かなくてはいけないのは二階だ。
必要な食料を集めるにしたって、入れるものが無くてはどうしようもない。二階にバッグ類の売っている店があったはずだから、そこに行くつもりだったのである。
「はぁ、またあのワニ男ぐらい雑魚だといいんだけどな」
溜息を吐きつつ、俺たちは止まっているエスカレーターを登って行った。
ルージュは器用に壁面を登って行っている。
いつどこで何が現れるのか、不安ではあるが、ルージュの索敵能力があれば何とかなるだろう。
二階に着いた。
やはりそこには誰もいない。
一安心したのだが、
「来ます!」
ルージュの一言で、俺たちの間に俄かに緊張が走った。
俺たちは直ちにフォーメーションを組む。
一体何が来るというのだろうか。
緊張感が漂う中、そいつは若い女性物の服を扱っている店の中から現れた。
「何だ、ありゃ? 人か?」
「マスター、私には鳥に見えるのですが?」
「八雲さん、あれ、マネキンですよ」
「なにかもってるよ」
俺たちの前に現れたのは、鳥の頭を生やしたマネキンだった。
マネキンは服を着ているものもいれば、下着をつけているものもいるし、何もつけていないものもいる。そして頭の鳥はインコのようだ。
ただし、デカいという事を抜いても、それは俺の知っているインコではなかった。
目が違う。あれはどう見ても鳥類の目ではない。大きく見開かれた人の目なのだ。
そいつらがレンの言う通り、長くて太い針のようなものを持って俺たちの方に近づいて来ていた。
――ドウゾゴランクダサーイ。
「今のってルージュか春川さんだったりする?」
「しないですね」
「しませんね」
――イラッシャイマセー、ドウゾゴランクダサーイ。ドウゾゴランクダサーイ。
――ドウゾゴランクダサーイ。ドウゾゴランクダサーイ。
――ドウゾゴランクダサーイ。ドウゾゴランクダサーイ。
鳥頭のマネキンが次々に声を上げていく。
春川さんとレンの様子を確認するが、今回は二人とも落ち着いているようだ。
昨日の怪物ワニの吠え声は、きっと精神攻撃か何かだったのだろう。
俺には「精神汚染耐性」というスキルがあったから防げたんだと思う。ルージュが平気だったのは謎だが、あいつのことは気にするだけ無駄だ。
目の前にいる鳥マネキンどもの声は、精神攻撃の類ではないらしい。まぁ、非常に不快で不気味なんだが。
鳥マネキンどもは次々に現れて、俺たちを囲み始めた。
何体いるんだろう? 軽く二十体はいそうだ。
「どうします、八雲さん。一度撤退しますか?」
「そうだな、数が多い」
すぐ後ろはエスカレーターだ。逃げようと思えばすぐにでも逃げられる。
しかし撤退は阻止された。仲間によって。
「マスター、この程度の雑魚に逃げるなど笑止千万です。私にお任せください」
「何とかなるのか?」
「はっはっは! 何の問題もございません」
確かにルージュなら、どうとでも出来るような気はするが。
俺はそこでレンの視線に気付いた。
レンは暗く強い眼差しをモンスターたちに向けている。
レンの母親の敵討ちは済んだと思っていたが、レンにとってはそうではないのかもしれない。レンの目は、モンスターという不条理の全てを憎んでいるようだ。
俺は一度下がってレンの頭に手を置いた。
レンの目から暗い光が消え、キョトンとした表情で俺を見上げてくる。
「また剣道教えてやるから。それでもっと強くなったら、一緒に戦おうな」
「うん!」
俺とレンがそんなやり取りをしている間に、ルージュは前へと出て行っていた。
本当に一人で全員倒すつもりのようだ。
「はっはっは! よく聞け異形のモンスターども! 私はアラクネマスター所属の騎士、ルー「ドウゾゴランクダサーイ!」……聞かんか!」
ルージュに鳥頭が襲い掛かって行く。
しかしルージュは難なくそれを前足で迎撃し、胸部を粉砕した。
そのままなし崩し的に戦闘に入って行ったのだが、ルージュが何やら振り返って俺を見る。
暗に「見ててくださいね」と、言われた気がするのだが、一体に何をするつもりだろう。
ルージュは剣を取り出し、正眼に構えた。
嫌な予感がする。
ルージュが剣を振りかぶり、思いっきり振り下ろした。
「でやぁぁぁ!」
勇ましい気合いに、ここまで聞こえてくる豪快な風切音、見事な空振りである。
あいつ、やっぱポンコツだわ……。
「な、なぜだ……?」
「馬鹿野郎! その位置から面打ちが届くわけないだろ!」
「く、なんたることだ」
むしろどうして当たると思ったのか?
結局ルージュは前回同様、剣を適当に振るって次々と鳥マネキンどもを粉砕していった。
それでも易々と敵を撃破できることに関しては、もう何も言うまい。
あれだけいた鳥マネキンがあっという間に消えていく。
多分俺と春川さんとレンだけなら、かなりのハードモードだったと思うのだが、ルージュ一人がいるだけで始まりの村周辺レベルのイージーモードだ。
「はーはっはっは! 脆い、脆過ぎるぞ!」
狂戦士って俺だったよな?
やりたい放題暴れ回ったルージュのおかげで、物の数分で敵が全滅してしまった。
一体今ので何ポイント貯まったのだろう。
確認したいところではあるが、まずはルージュと春川さんのバックパックを揃えるのが先決だ。ちなみにレンのはちゃんと家から持ってきている。
戦闘などなかったかのように、俺たちはバッグ類を売っている店まで普通に歩いて行き、二人分のバックパックを探した。
こういう時に必要なのは見た目じゃなくて、容量と丈夫さなのだが、二人はちゃんとわかっているだろうか。ちょっと不安だ。
春川さんはちゃんとわかってくれていたみたいで、可愛らしいのには目もくれていないのだが、ルージュはやっぱり駄目だった。
「マスター、これを見てください。すごく可愛いですよ!」
「ルージュさん、今大事なのは可愛さじゃないですよ」
「そうだぞ、ルージュ。というか、お前のそのセンス、大丈夫か……?」
ルージュの見せてきたバックは非常にダサかった。
「な、何を……。レン、これ可愛いだろう?」
レンは眉根を寄せ、首を横にぶんぶんと振る。
「ルージュはリュックいらないでしょ?」
「あ……」
レンに指摘され、ルージュの動きが固まった。
うん、俺も忘れていた。卵のうにしまえるんだから、いらないじゃん。だいたいルージュがバックパックを背負ってしまったら、俺たちの座るスペースが小さくなってしまう。
ルージュは物欲しそうな目でバックパックを見つめていたが、やがて諦めて次の店に向かうことにした。
とりあえずこの階で必要なのは衣服だ。
俺とレンの分はあるから、女性物の店に行こう。
すぐに目的のエリアに着いたのだが、
「あー、すまん。二人で見ててくれ」
そこは女性の下着コーナーだった。
春川さんとルージュが下着を選んでいるのを待つのは、ちょっと俺にはハードルが高い。
ということで、俺はレンと二人で男物の服を身に行くことにした。
何か良さそうなのがあれば、俺が持っているのと交換してしまおう。
しかし男物の専門店が無い。そういえばここで服を買ったことなんて一度もなかった。
歩きながらどうしようかと考えていたところで、前からまたあの声が聞こえてくる。
――イラッシャイマセー、ドウゾゴランクダサーイ。
「イクト、どうしよう?」
そう訊くレンの表情は決して怯えたものではない。むしろ戦意が感じられた。
無論安全策を取るなら一度逃げた方が良いだろう。
だがレンの目を見た俺は戦うことを選んだ。
相手は二体だけだ。何とかしてみよう。
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追記:2025/09/20
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