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二章
33.早速……
しおりを挟む楓子ちゃんと黄瀬達の間に何があったかはわからないままだが、さっさと行動に移った方が良さそうである。
辺りがだんだんと暗くなり始めてきた。
「よし、じゃあさっさと移動を開始しよう」
アラクネマスターの面々はすぐに頷くが、黄瀬は驚いて手を広げ、俺たちを止めるような仕草を見せる。
「ちょ、ちょっと待ってください。この大型スーパーに立て籠もるんじゃないんですか?」
ああ、そうか。普通はそう思うのか。
だけど正直ここにもう用はない。
必要な物資はだいたい揃えたし、ここには少々嫌な、いや、非常に忌まわしい思い出が出来てしまった。巨大なGとか、バーコード頭のおっさんに殺されかかったこととか、巨大なGとか、巨大なGとか、巨大なGとか……。
だいたいこんなところ、立て籠もれたとして数日が限界だろう。
冬場だったら食料は何日かもつかもしれない。しかしもうすでにだいぶ暖かくなってきている。食料が無くなるという事もそうだが、腐敗していく食料を何とかするのだって相当苦労するはずだ。
俺は黄瀬達に、それらのことを説明し、だったら自家発電や自衛隊の救助とかも期待できる大学病院に行くつもりであることを話した。
しかし、こんな自分よりも明らかに年上のおっさんにタメ口で話し続けるのは苦労する。
俺は、普段は年上にはちゃんと敬語で話す。
まぁ、社会人だったしな。
あれ? 社会人だったよな。
何かの区分けで、
社会人:公務員、正社員、契約社員、自営業……。
その他:派遣社員、アルバイト、無職……。
みたいなのを見て、「あ、俺って社会人じゃないの? どう見ても社会人に含まれてないです。本当にありがとうございました」と思った記憶がある。
あ、うん。なら、もういいや。そんな常識は捨てよう。いや、俺には必要ない。社会人だったことなんてないしね!
だが、俺がわざわざ一から説明してやったにも拘らず、黄瀬達の仲間の一人で、俺よりも年上、三十後半ぐらいのガタイの良い男が怖い顔をして俺の前に出てきた。
えぇっ……もうほんとやめて。
「おい、てめぇ。冗談じゃねぇぞっ! 食料がすぐ目の前にあるじゃねぇか。俺らの分を取ってくるぐらいするのが良識のある人間じゃねぇのか!? それにさっきから何だてめぇの態度はっ! 目上の人間は敬うもんだろうがっ!」
さて、どうしたものか。
社会人の時だったら、あ、だから社会人だった時なんてないんだった。と、ともかく、まだ働いていた時ならすぐにぺこぺこと頭を下げていただろうけど、今はそうじゃない。
舐められないように強気に出るべきだっていうのもそうだけど、そんな理不尽な理屈に俺が屈しなきゃいけない理由なんて、何一つないんだ。
「あ、そう。文句があるならやっぱさっきの話はなしだな。あとは勝手にしてくれ」
「なっ!? てめぇ……」
男が俺の胸倉を掴んでくる。
俺はここぞとばかりに殴り飛ばしてやろうかと思ったのだが、その必要はなかった。
次の瞬間、男が吹っ飛んで地面に転がっていたからだ。
え、うん。……何で!?
「貴様! マスターに暴力を振るうとはどういうつもりだ!?」
犯人はルージュだった。
何? 飴と鞭? 飴を与えた後は鞭なの? しかもかなり強めの。
「がっ、ぐぁっ」
男が地面を転がっている。
おう、なんというか、スッとする。
いつもならルージュに「何やってんの、お前!?」とブチ切れるところだが、今回ばかりはグッジョブだ。まぁ、褒めると調子に乗りそうだから黙っておくけど。
「私は助けてやるとは言ったが、調子に乗っても良いなどとは言ってないぞ! 何が目上の者だ! この中で一番偉いのはマスターではないか!」
うん? そう、なの、か……?
こっそり春川さんに目を合わせると、にっこりと微笑まれた。
レンを見てみても同じ反応だ。
とりあえずルージュに年上=目上の図式が成り立っていないのは間違いないみたいだけど。
「こ、これはこれは、申し訳ございません。こいつには私の方からよく言い聞かせておきますので」
黄瀬がすぐに平身低頭、俺とルージュに謝ってきた。
だけどなぁ、なんというか、「覚えてろよ」っていうオーラが漂ってるんだよな。
「ですが、その、我々も食料が必要なのは事実でして……」
そう言って黄瀬は俺が地面に転がしておいたバックパックに目をやる。
なんだ、分けてくれって言うつもりか。
まぁ別にそれぐらい良いけど、良いけど、……嫌だな。
「大丈夫ですよ。どっちにしても休憩は挟むでしょうし、その時にコンビニにでも寄りましょう。どうですか? 八雲さん」
春川さんが全く感情の籠っていない笑顔で俺に微笑みかけてきた。
その氷の微笑は黄瀬たちに向けられたものだろうけど、その顔のまま俺を見ないでくれ。非常に寒くなるから。
「あ、うん、そうだね。そ、そうしようか。じゃあ、よし、そうと決まればさっさと行動を開始しよう。そっちの男は動けるか?」
「ええ、大丈夫そうです」
ルージュに殴り飛ばされた男は、殴られた左頬が膨れてはいるが、異様に膨れてはいるが、それ以外はほとんど無傷だった。
ルージュも人間相手だ。かなり手加減したんだろう。というか、まさかルージュが人間相手に暴力を振るうとは思わなかった。
何だろう。意外、というよりも、何か違和感みたいなものを感じる。俺はルージュについて、何かとんでもない思い違いをしていないだろうか。
いや、でも、ルージュだしな。もう何年も一緒にいるわけだし。
「どうしたのですか、マスター? そんなにじっと私の顔を見て。まだ怒られるようなことはしていないはずですが」
「いや、これからもするなよ。多少なりとも自覚があるなら」
「わかりました。善処するとお約束しましょう」
「しないとは約束しないんだな」
「はっはっはっ。騎士たる者、出来ぬ約束はしません」
「……」
もうなんだか色々諦めつつ、他の仲間たちの様子を確認する。
全員バックパックを背負い、いつでも出発する準備は万端だ。
やっぱり楓子ちゃんがそわそわして黄瀬たちの様子を伺っているけど、それはあとで隙を見て聞くしかないな。
俺がメンバーの様子を伺っていると、春川さんが俺に近づいてきた。
「八雲さん、大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
はて? 何か心配されるようなことがあっただろうか。胸倉掴まれたぐらい、モノポールに殺されかけたことに比べれば大したことじゃないが。
「その、無理してるんじゃないかな、と思って。働いていた時とは雰囲気が違うので」
「ああ……」
まぁ、そりゃそうだ。
俺は、働いてた時は上司にいつもペコペコしていた。正社員登用がかかってたわけだし。
上司が間違っていると思っても口答えしなかったし、理不尽なことにも耐えていたし。仕舞には正社員になれず、切られたわけだが。
だけど別に周りに流されているのが本来の俺ってわけじゃない。もちろん、こうやって強気に出るのが本当の俺ってわけでもないけど。う~ん、本当の俺ってなんだ?
「はっはっは。春川殿はマスターの真の姿を知らないのだな」
俺は気になってルージュを見た。
俺とルージュは、奴が蜘蛛だった時も含めればかなり付き合いが長い。もう六年になるか。そんな俺の相棒から見た俺は、いったいどんな風に映っているんだろう?
「なんですか? 八雲さんの真の姿って?」
あれ? 春川さんの笑顔がさっきよりも冷たい。黄瀬たちに見せたのが氷の微笑だとするなら、もう生きたまま氷漬けにされてしまいそうなくらいの極寒の微笑といったところだ。
「ふふ、それは……秘密だ」
ビキッ。
春川さん?! 額になんか青筋出てますけど?!
ルージュも何でそんな挑戦的なドヤ顔しているんだ。
ど、どうしよう……。このままだと内戦が勃発しかねない。
黄瀬たちという面倒な奴らが加わった上に、これ以上の面倒ごとは勘弁してくれ。
レンも二人の様子に気付いてアワアワしているじゃないか。
『テッテレテッテ、テッテテー』
唐突に、脳内に音楽が響き渡る。
その途端、春川さんが表情を取り戻し、ルージュから視線を切った。ルージュも慌ててスマツを取り出し始めた。
俺もすぐにスマツを取り出し、画面を見る。
【新しいシステムのアップデートが完了しました】
何というグッドタイミング。
本当にありがとうございます。女神さま。
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