Olympus Quest

狩野 理穂

文字の大きさ
17 / 32
OLYMPUS QUEST Ⅲ ~神々の復活~

ルーシュという少年

しおりを挟む
 猫がいるはずだった箱の中は、空だった。さすがに逃げたら気づくはずだし、さっきまで蓋はしっかり閉まっていた。
 いったい、あの子はどこに──

「うっ……」

 中野が小さな呻き声をあげた。大量の汗を流し、目はどこかを見ている。

「これは古代ギリシャ文字だ……ルーシュ……誰だ?ルーシュは俺……いや、俺は中野晴だ。やめろ! 話しかけてくるな……お前は誰なんだよ! こっちにく」
「お……おい、大丈夫か?」

 急にブツブツ言い出した中野が、突然動きを止めた。ただ止まっただけじゃない。まるでマリオネットの糸が切れたかのように首や四肢がだらんとしている。
 俺がしばらく様子を見ていると、中野が喋り出した。

「響、時の旅人って知ってるか」
「時の旅人……合唱曲か?」
「いや、それじゃない。ヘルメスが言っていたほうだ」
「ヘルメスって、ギリシャ神話の……」
「ああ。あのとき、ヘルメス以外にもゼウスやヘラ、アポロンもいた」
「あのとき?」
「俺がルーシュだった時のことだ。アテが裏切って……ニュクスとガイアが暴れて……神が引退して……」

 その様子は、遠い記憶を探っているようだった。話している内容はにわかに信じがたいが、中野を見ていると一概に否定する気にはならない。

「思い出した。ルーシュは俺だ」
「は? ルーシュ? 何言ってんだよ」
「時の旅人ってのは、死ぬことで別の時代、場所に生まれ変わる人のことだ。そして、今までの自分の記憶を持っていながら忘れていることが多い。俺はなんだ」

 イマイチわかんないが、ラノベでよくある転生者みたいなもんか?

「そして、何代も前ではあるけど俺はルーシュというギリシャの住民だった──」


 中野が語った内容は、とても現実とは思えなかった。
 もしかすると、そこの押し入れの中から「ドッキリ大成功」と書いた札を持った人が出てくるかもしれない。でも、だからといって、無下に扱いたくもない。
 無駄かもしれないし、くだらないけど、少しテストをしてみよう。名前を間違えさせたり、な?偽名ドッキリならうっかり間違えてもおかしくない。

「お前の名前──ムースとか言ったか?」
「それはお菓子だろ。ルーシュだ」
「ルール?」
「なんで規制されてんだよ……ルーシュだ」
「クール?」
「俺って、カッコイイだろう(イケボ)……じゃないよ!ルーシュだ!」

 うん。おふざけもここらでやめておこう。

「ところで、本当にそんなことあるのか?」
「ああ。俺も信じられないが、確実だ。なぜなら──」
「その記憶があるからって言うんだろ。ただ、俺はそれを知ることができないし、お前も証明できないだろ」

 あごに手を当てて考え込む中野。
 数分後──中野が指を一本立てて言った。

「文字を書こう」

 モジヲカク……真面目に言っているとは思えない。

「勘違いすんなよ。俺が言ってるのは日本語じゃない。古代ギリシャ語だ。なにせルーシュの頃に数十年間使ってたからな」
「そんなの……イカサマだってできるじゃないか」
「それなら、君が例文を作ればいい。そうしたら予習もできないだろ? 語学は一朝一夕で身につくものじゃない」

 俺が中野ルーシュに問題を出し、ググって答え合わせをした結果、全問正解だった。

「……こうなったら、信じない訳にはいかないな。話を聞かせてくれ」
「ああ。俺が覚醒した原因は、これだ」

 猫が入っていたダンボール箱を指さすルーシュ。(どうでもいいことだが、本人がルーシュと名乗っているからルーシュと呼んだほうがいいと思った)

「どういうことだ?」
「この、底に付いているものは文字なんだ。ギリシャ文字。そこには“ルーシュ=ユピテル”と書いてあった。俺の名前だ」
「それで、その意味するところは?」

 黙って首を横に振るルーシュ。

「全くわからない。ただ、この名前を知っているのなら、これを書いたのが神であることは間違いない」

 そんなものなのか……
 俺が考え事をしていると、ルーシュが真剣な顔でこっちを見ていた。

「とりあえず、響。お前は帰れ。いろいろ経験した身として言うよ。この件には関わらない方がいい」

 その表情は、いつもふざけあっているものとはまるで違った。やはり、彼の言うように関わらない方がいいのだろうか。
 ──よし。俺は決めた。もう何と言われてもこの意思だけは曲げない。

「中野──いや、ルーシュか? この際どうでもいいか。とにかく、俺も協力するよ」
「は⁉ お前はバカか! 俺の話を聞いていなかったのか?」
「聞いてたさ。その上で言ってるんだ。片足どころか、俺は両足を突っ込んでいる状態だ。なら、事情を少しでも知っているお前といた方が安全だろ」

 中野は、大きくため息をついて言った。

「仕方がないな……死んでも文句言うなよ」
「安心しろ。死んだら文句も言えない」
「冗談が過ぎるぞ。あと、俺のことはルーシュと呼べ。その方が気分がのる」
「ラジャ」

 少し古いかもしれないが、俺とルーシュは肩の高さでグータッチをした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

処理中です...