正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず

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騒ぎの中心にいるのは5

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その時――。
思考の深みに沈み込み、現実から目を背けていた意識が、唐突に音に引き戻された。

コン、コン。

扉を叩く乾いた響きが、場の全員を現実へと縫いとめる。誰もが一斉に顔を上げた。

「誰だ」

低く響くクロウの声。

だが返答はなく、代わりに重厚な扉がきしみを上げてゆっくりと開いていく。
姿を現したのは、見慣れた白シャツの人物。
ふわりと揺れるミントグリーンの髪が、場の空気を変えた。

「失礼します」

柔らかな微笑みを浮かべたまま、素の姿のグリーンが一歩足を踏み入れる。

「……365番を迎えに来ました」

空気が一瞬で凍りつく。幹部とボスがそろうこの場に、正義側のヒーローが平然と足を踏み入れたのだ。

「部外者を通すとは……警備は何をしている」

クロウの声が鋭く響く。

「堂々と顔出すなんていい度胸ねぇ。舐められたもんだわ」

エリさんが唇を吊り上げる。レヴィは何も言わない。ただ背後で冷気がびきびきと走り、カーペットが白く霜を帯びていく。
けれどグリーンはそんな視線も圧力もまるで存在しないかのように、ただ俺の方へ向かって歩を進めてきた。

「ふむ……迎えか。堂々としたものだな」

ボスが愉快そうに笑う。クロウが苛立ちを隠さず睨みつける中、グリーンは俺へ歩み寄ろうとした。
その瞬間、レヴィとエリスが同時に一歩踏み出し、俺の前へと滑り込む。まるで壁のように立ちふさがり、俺を視界から隠そうとした――その時。

「――動かない方がいいですよ」

二人の動きを制するように、グリーンの静かな声が響いた。

「至る所にいくつか、爆発物を仕掛けさせていただきました」

空気が一気に張りつめる。クロウもエリスも、ぴたりと動きを止めた。ただ一人、ボスだけが微笑を崩さず、楽しげに目を細めている。

「……どういう意味だ」

クロウの低い声が響く。

「単純なことです」

グリーンは視線を逸らすことなく、静かに言い放った。手にはスイッチのような装置を持ち、それをこちらに見せつけながら続ける。

「ここで不用意に動けば――爆発させます。ただ動かずにいてくだされば、規模も仕掛けた場所も、順にお教えしますよ」

「ちょっ、爆発ってアンタ……!」

エリさんの叫びが場に響き、空気がピキリと凍りつく。スケールがバグってる“人質”に、全員が固まった。

「正義の味方が言うセリフじゃないな」

ボスの口角がわずかに吊り上がり、目が愉快そうに細められる。その姿はまさしく悪役の貫禄。だが――実際に爆弾を仕掛けて脅しているのはグリーン。本当に、どっちが悪役だよ。

静寂を切り裂くように、コツ、コツと靴音が響いた。グリーンが一歩、また一歩と俺へ向かってくる。
その足取りは迷いなく、まるで散歩でもしているかのように緩やかで――なのに部屋の空気は針のように尖っていった。
クロウもエリスも身じろぎできずに立ち尽くしていた。

「――さ、帰りましょう」

差し出された手はあまりにも自然で、日常的な仕草にしか見えない。だからこそ恐ろしい。
俺が躊躇している間に、クロウが苛立たしげに舌打ちし、背後ではレヴィの冷気がさらに濃さを増していく。

ただ一人、ボスだけが笑みを崩さず、低く囁いた。

「……面白い。ここまでやっておいて、本当に連れて帰れると思っているのか」

「ええ」

グリーンの返答は、驚くほどあっさりしていた。そして淡々と続ける。

「今日の目的はあなた方ではありません。無駄な犠牲は好みませんので。――私はただ、365番を連れて帰れれば問題ありませんよ。抵抗するなら容赦しませんが」

その視線に射抜かれ、喉が勝手に鳴った。……いや、俺の意思は?
けれど、誰も止められないようだ、全員が静かにグリーンの様子を見守っているだけだ。
ボスでさえ、楽しげに肩をすくめただけだった。

「……好きにしろ」

「もちろん」

グリーンはにこやかに頷き、俺の手を取った。
指先が触れた瞬間、冷たい温度がじわりと絡みつき、逃げ場を奪う。

「さ、帰りましょう」

抗う隙すら与えられず、俺はそのまま立ち上がらされる。幹部たちの視線を一身に浴びながら、足が勝手に前へ出た。
重厚な扉が軋むような音を立てて閉じた瞬間、背後から低く響くボスの笑い声がいつまでも耳に残っていた。

俺はグリーンに腕を引かれ、そのまま建物の外へと連れ出されていく。
ディヴァイアンの長い廊下を歩く途中、慌ただしい声が飛び交うのが耳に入った。

「B地区だ!状況はどうなってる!?」

「怪我人はいないようですが……物資はもうダメかと!」

「手が空いてる奴は現場に急げ!ボスへの報告も急げ!」

思わず足を止めそうになる。……まさか。まさかな?

心臓が不意に跳ねた。さっきの言葉は、ただの脅し、だよな?
繋がれた手の温もりが、逆にぞっとする冷気を孕んで感じられた。



建物を出ると、外はすでに闇に沈んでいた。
夜風が肌を撫でた瞬間、張りつめていた身体がようやく緩み、俺は声を絞り出す。

「……おい。爆弾って、本当に……」

「さぁ、どっちだと思います?」

グリーンは微笑んだ。
その笑みが「肯定」なのか「冗談」なのか…余計に混乱させられる。

「……お前なぁ……」

呆れつつ疲労と安堵が入り混じって声は空回る。いや……こいつなら、本当にやりかねないんだよな。

「ご安心を。穏便に済ませようと少し脅かしただけですので」

にこやかに言いながら、繋いだ手を離す気配はない。むしろ指先を絡め、さらに強く俺を捕まえてくる。

「ですが――」

グリーンは微笑を崩さず、囁くように続けた。

「トオルさんを連れ去った罰は、必要ですよね」

一瞬、廊下で耳にした怒号や騒ぎが脳裏に蘇る。
……まさか、本当に――?

「人の心配なんてしてる場合ですか」

グリーンは俺をじっと見つめ――次の瞬間、ぐいと腕を引いた。体勢を崩した俺は、そのまま壁際に押しつけられる。顔が近い。吐息が頬をかすめる距離。

「……は……っ?」

壁と腕に挟まれ、逃げ場は完全に塞がれていた。

「トオルさん」

甘やかに響く呼び声――だが、その底には冷たい圧が潜んでいる。笑みを崩さぬまま見つめられ、首筋をぞくりと撫でられた。

「誰かに連れていかれるくらいなら、いっそ私が壊してしまいましょうか。トオルさんのこと」

すぐそこにある吐息。触れれば届く距離。腕の中から逃れようとする気力も、今はもう残っていなかった。せめてもの抵抗で視線を逸らした、そのとき――

「なーんて、冗談ですよ。ですが、今日はこのまま私の家に連れて帰ります。トオルさんの家に置いてあったカヌレは回収済みですので、安心してくださいね」

ふいにグリーンは腕をほどき、柔らかな声音へ切り替える。まるでさっきまでの圧が幻だったかのように。お前の冗談は、一体何が冗談だ。

「帰ったら一緒に食べましょう。カフェオレも用意してありますから」

「…なんで……」

何が聞きたいのかはわからない。だが、かろうじて搾り出した問いに、グリーンは当然のように微笑んだ。

「壊しはしませんよ、まだ。ですが今日はもう絶対に一人にしません。目を離したら、また誰かに連れ去られてしまいますから」

その言葉に喉が詰まり、返す声が出てこない。

「……私、とっても嫉妬深いんですよ」

優しさがにじむ横顔。独占欲が潜む視線。そして、夜の街灯がすべてを美しく照らし出していた。
……これが“正義のヒーロー”の正体だというのだから、物語はずいぶんとねじれているようだ。
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