正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず

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1章

懐かれるのは不本意です3

子猫が診察室に入っている間、待合室に残されたのは――レッド、グリーン、そして俺。

「子猫、大丈夫かなぁ……」

レッドが心配そうに呟く横で、茶々丸がうずうずと尻尾を振りながら俺を見上げてくる。その瞳はまるで「遊んで!」と訴えかけているようだった。……おい、遊ばないからな?

俺の願い虚しく、茶々丸はゆっくり立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。思わず、俺は隣のグリーンのシャツの裾をぎゅっと掴んでいた。無意識に助けを求めたその仕草に、グリーンの肩が小さく震える。次の瞬間――堪えきれぬ吐息と共に、声が零れた。

「……普段なんでもそつなくこなしてしまうトオルさんが、こんなふうに縋るなんて……心臓が止まりそうです」

笑みを浮かべながらも、瞳の奥は理性を欠いた熱に揺れていた。さらに、掠れるような声で続ける。

「……普段甘えない人が甘えてきた時の破壊力って……想像以上ですね……」

……おい、勝手に一人で悶えてんじゃねぇよ。

そうこうしている間に、茶々丸はとうとう目の前まで来てしまった。尻尾をぶんぶん振って、今にも飛びかかりそうな勢いだ。反射的に俺の指先に力が入り、掴んでいたグリーンの裾をさらに強く握る。グリーンの笑みは蕩けきっていたが、今の俺にそんな余裕はない。

――あ、これ来る。そう確信した瞬間。

「……茶々丸。おすわり」

柔らかな笑顔のまま紡がれた声は、背筋を凍らせるほどの鋭い圧を帯びていた。

「……っ」

茶々丸はびくりと身を固め、その場で慌てて腰を下ろす。
それでも尻尾だけは千切れそうに揺れ続けているが――俺に飛びかかる気力は、すっかり削がれてしまったようだ。

「いい子ですね。……でも、トオルさんに飛びかかるのはだめですよ。わかりますね?」

にこりと微笑むグリーン。その横で、しゅんと項垂れる茶々丸がやけに不憫で、胸の奥にちくりと罪悪感が走った。
……ごめんな、茶々丸。別に嫌ってるわけじゃないんだ。
でもお前、グリーンの言うことは聞くのかよ。

俺はそっとグリーンの裾から手を離し、身を引こうとした。
だが次の瞬間、逆にグリーンが一歩踏み込み――耳元に熱を帯びた吐息が落ちる。

「……トオルさんに縋られるのが嬉しくて……つい、ギリギリまで堪能してしまいました。すみません。……怖くなかったですか?」

耳をくすぐる囁きに、ぞわりと背筋が震える。
……謝る気ゼロだろ。完全に楽しんでやがるな、このクソが。

そんなやりとりの最中、診察室の扉が静かに開いた。
ブルーが子猫を抱いて姿を現す。腕の中の子猫は疲れ果てたのか、すやすやと安らかな寝息を立てていた。

「子猫の怪我はただの擦り傷で、大したことはないそうだ」

そう言ったブルーは、まっすぐ俺の前に立ち、真剣な眼差しで口を開いた。

「……トオルさん。俺に守らせてもらえないだろうか。責任は必ず持つ」

ブルーがそう言った途端、待合室にいた女性客から「きゃあっ♡」と黄色い悲鳴が上がった。

……いや待て。子猫をな?
なんで俺の目を射抜くみたいに言うんだよ。完全にプロポーズのテンションじゃねぇか、それ。
呆然とする俺の横で、にこやかな笑みを浮かべたグリーンが、すかさず口を開いた。

「そうですね。私も――全力で守ろうと思っています」

その瞬間、待合室に「きゃーーっ!!」というさらに大きな歓声が響いた。

……おい、それは猫のこと、だよな?
いや、お前が言うと途端に怖ぇんだよ。

どう見てもイケメン二人の間に“俺”が挟まれてる構図に、よからぬ誤解が生じてそうで頭を抱える。
ただでさえ目立つヒーロー三人が揃っている時点で視線を集めるっていうのに、これ以上余計な憶測を呼ぶ状況は勘弁してほしい。

周囲の目に自分たちがどう映っているのかなんて、もはや考えたくもなかった。

「初めてで不安だと思うが、俺に任せてほしい」

ブルーは周りの視線なんて気付いていないのか、真剣な眼差しで続ける。
……だから、猫を飼うのが、だよな?
別に俺は不安でもなんでもねぇし、何も問題ない。が、頼むから主語をつけて話せ。

「私も初めてですが……お任せください。怖がらなくても大丈夫です」

……グリーン。お前はほんと黙っとけ。余計にややこしくなるだろ。二人のやり取りに、待合室の隅から小さな声が漏れた。

「……これ、完全に三角関係じゃない?」

「どっちが本命なのっ……!?」

「“初めて”って、緊張するもんね……!」

周囲は完全に恋愛ドラマ目線。場の熱気がどんどん上がっていく。
……いや違ぇから。猫の話だからな?

ブルーは相変わらず真剣そのものだが、グリーンは確信犯的に微笑んでいる気がする。
俺が深々とため息を吐いたそのとき――

「二人に任せたら安心だよ!トオルさん!」

レッドが元気よく胸を張って声を張り上げた。

……いや、お前も黙っとけ。

これが“正義のヒーロー”とか言うんだから、世も末だ。
頼むから、もう帰らせてくれ。

そんな俺の気も知らず、ブルーの腕に抱かれた子猫は、何も知らない顔ですやすやと眠っていた。

……ふと手元に目をやれば、コンビニ袋。
さっき買ったシュークリームは、きっともうぬるくなってるだろう。

俺のささやかな昼下がりの戦利品は、こうして無残に敗北を喫したのだった。
深くため息を吐いたその瞬間、耳元に熱い息がかかる。

「……初めてですが、安心してください。トオルさんに気持ちよくなっていただけるよう、準備は整えてありますから」

ぞくり、と背筋が粟立つ。
……やっぱりお前は猫の世話の話じゃねぇな。

収拾がつかないこの状況に俺は視線を逸らし、天井を仰いだのだった。
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