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昼の面倒ごと1
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その日は、夜のバーのバイトまで妙に時間を持て余していた。
横になって目を閉じてはみたものの、どうにも寝つけない。
結局、気分転換でもしようと、昼下がりの繁華街をあてもなく歩くことにした。
どこかで昼飯でも食べようかと思ったが、ちょうど昼時だ。どの店も人で溢れ、行列ばかりが目につく。
さてどうしたものか、と立ち止まった、そのときだった。
視界の端に、見覚えのある色が引っかかった。
――薄いピンク。
反射的に、足が止まる。
人混みの中にいたのは、ピンク色の髪に、やけに整った顔立ちの美女だった。
遠目からでも目を引くその容姿に、意識せずとも周囲の視線が自然と彼女へ集まっているのが分かる。
(……なんで、こんなところに)
レンジャーの一人――ピンク、桃崎さんが、そこにいた。
しかも一人ではない。隣には、彼女より少し背の高い女性が並んで立っている。
茶色の長い髪。人の流れに紛れて表情までははっきり見えないものの、どこか可愛らしい雰囲気が漂っていて、二人並ぶ姿はやけに絵になっていた。
だが、その立ち姿や纏う空気に、言いようのない既視感を覚える。
――どこかで、見たことがある。
なんとなく胸がざわつく。
あまり関わらない方がよさそうだ、そんな気がして、気配を悟られないように踵を返そうとした。
――その時だった。
「……っ」
肩に、硬い感触がぶつかる。
「すみません――」
反射的に謝りながら顔を上げて、言葉が途中で止まった。
ぶつかった相手は、背の高い男だった。
漆黒の髪に黒い瞳、無駄のない体つき。
鋭さを感じさせる目元でありながら、全体には不思議と落ち着いた空気をまとっている。
一瞬、場違いな考えが頭をよぎった。
(……レンジャーにいたら、黒が似合いそうだな)
そんな連想をしてしまうほど、その男は周囲の人間とは一線を画す存在感を放っていた。相手もこちらを見下ろして、次の瞬間、ほんのわずかに目を見開いた。
「……お前……」
低く、喉の奥に引っかかるような声。
「え?」
思わず聞き返すと、男は一拍遅れて視線を外す。まるで、口にしかけた言葉を飲み込んだかのようだった。
「……いや」
短くそう言って、首を振る。
「なんでもない。こちらこそ、すまない」
それだけ告げると、男は静かに身を引く。それ以上こちらを見ることもなく、そのまま人混みに溶けるように消えていった。
……なんだったんだ、今の。
胸の奥に、説明のつかない違和感だけが残る。
(知り合い……では、ないよな)
当然だ。見たことも、話したこともない。それなのに、あの一瞬の視線には、確かに“認識”があった気がした。
首をひねりながら、その背中を見送る。
――直後だった。
ざわり、と周囲の空気が揺れる。
何事かと視線を巡らせれば、ざわめきの中心はすぐに見つかった。
「ねぇ、ちょっとだけでいいからさ」
軽い調子の男の声。
それに重なるのは、少し困ったような、それでも強く出きれない声。
「……結構です」
――ああ、これは。
視線を向けた先では桃崎さんと、その隣にいるもう一人の女性が、数人の男に囲まれていた。
見なかったことにして立ち去る、という選択肢が頭をよぎる。面倒ごとに首を突っ込む趣味はないし、正直なところ、できれば関わりたくない。
それに桃崎さんは正義のヒーローだ。下手をすれば、俺なんかよりよほど強い。
――俺が出る幕じゃない。そう自分に言い聞かせる。
「そんな警戒しなくてもさ~。俺たち、怪しい者じゃないし」
男たちがじりじりと距離を詰める。
押されるように、女性二人は一歩、また一歩と後ろへ下がった。
相手は四人。
女性相手に、数を頼んで取り囲むその様子は、どうにも後味が悪い。
(……ほんと、余計なお世話だよな)
胸の奥で、ため息がひとつ転がり落ちる。
できれば知らん顔したかった――のに。
気づいたときには、俺はすでに半歩、前に出ていた。
「……すみません」
男たちの背後に立ち、できるだけ感情を抑えて声をかける。
「嫌がってるみたいなんで。その辺にしといたらどうですか」
その一言で、空気がぴたりと止まった。
次の瞬間、男たちの視線が一斉にこちらへ向く。
「……は?」
先頭に立っていた男が、あからさまに眉をひそめる。
その瞬間だった。
「トオル君!」
「トオルさん!」
二人から、ほとんど同時に名前を呼ばれる。
え――。
思わず目を瞬かせた。
どこかで見覚えがある気はするが……知り合い、だっただろうか。
そう考える間もなく、先頭に立っていた男が舌打ちし、一歩踏み出してきた。肩を大きく揺らし、こちらを威圧するように距離を詰めてくる。
「なんだよ、テメェ」
さらに隣にいた男が、鼻で笑いながら口を挟む。
「だいたいさぁ、お前一人で何ができるってんだ?怪我したくなきゃ、さっさとすっこんでろよ」
そう言い終えるより早く、男の手が胸ぐらを掴み上げてきた。
やけに威勢だけはいい。
……なんだか最近、こんな三流を相手にことが多い気がするな。
「ちょっ……!死にたくなかったら、トオル君に手を出すのはやめた方がいいわよ!!」
桃崎さんが焦った声で制止するが、男たちは聞く耳を持たない。
もし“あいつ”のことを指しているのなら、確かに俺に手を出さない方がいい――と、俺自身も思う。
とはいえ、俺だって男なわけで……。
胸ぐらを掴んでいた男の手首を捻り、そのまま体を引き寄せる。
相手のバランスが崩れた瞬間、勢いに任せて地面へ押し倒し、背中に膝を乗せて完全に動きを封じた。
「いってぇええええっ!」
男はじたばたと抵抗し、苦悶の声を上げる。
……正当防衛だろ。
「トオルさん、かっこいい!俺も参戦するぜ!」
「え…ちょ、待て」
そこでようやく、俺は気づいた。桃崎さんの隣にいた“女性”。
長い髪にスカート姿だったから、てっきりそうだと思い込んでいたが――その声、その顔。
「おま……レッド?」
なんでそんな格好してんだ。
横になって目を閉じてはみたものの、どうにも寝つけない。
結局、気分転換でもしようと、昼下がりの繁華街をあてもなく歩くことにした。
どこかで昼飯でも食べようかと思ったが、ちょうど昼時だ。どの店も人で溢れ、行列ばかりが目につく。
さてどうしたものか、と立ち止まった、そのときだった。
視界の端に、見覚えのある色が引っかかった。
――薄いピンク。
反射的に、足が止まる。
人混みの中にいたのは、ピンク色の髪に、やけに整った顔立ちの美女だった。
遠目からでも目を引くその容姿に、意識せずとも周囲の視線が自然と彼女へ集まっているのが分かる。
(……なんで、こんなところに)
レンジャーの一人――ピンク、桃崎さんが、そこにいた。
しかも一人ではない。隣には、彼女より少し背の高い女性が並んで立っている。
茶色の長い髪。人の流れに紛れて表情までははっきり見えないものの、どこか可愛らしい雰囲気が漂っていて、二人並ぶ姿はやけに絵になっていた。
だが、その立ち姿や纏う空気に、言いようのない既視感を覚える。
――どこかで、見たことがある。
なんとなく胸がざわつく。
あまり関わらない方がよさそうだ、そんな気がして、気配を悟られないように踵を返そうとした。
――その時だった。
「……っ」
肩に、硬い感触がぶつかる。
「すみません――」
反射的に謝りながら顔を上げて、言葉が途中で止まった。
ぶつかった相手は、背の高い男だった。
漆黒の髪に黒い瞳、無駄のない体つき。
鋭さを感じさせる目元でありながら、全体には不思議と落ち着いた空気をまとっている。
一瞬、場違いな考えが頭をよぎった。
(……レンジャーにいたら、黒が似合いそうだな)
そんな連想をしてしまうほど、その男は周囲の人間とは一線を画す存在感を放っていた。相手もこちらを見下ろして、次の瞬間、ほんのわずかに目を見開いた。
「……お前……」
低く、喉の奥に引っかかるような声。
「え?」
思わず聞き返すと、男は一拍遅れて視線を外す。まるで、口にしかけた言葉を飲み込んだかのようだった。
「……いや」
短くそう言って、首を振る。
「なんでもない。こちらこそ、すまない」
それだけ告げると、男は静かに身を引く。それ以上こちらを見ることもなく、そのまま人混みに溶けるように消えていった。
……なんだったんだ、今の。
胸の奥に、説明のつかない違和感だけが残る。
(知り合い……では、ないよな)
当然だ。見たことも、話したこともない。それなのに、あの一瞬の視線には、確かに“認識”があった気がした。
首をひねりながら、その背中を見送る。
――直後だった。
ざわり、と周囲の空気が揺れる。
何事かと視線を巡らせれば、ざわめきの中心はすぐに見つかった。
「ねぇ、ちょっとだけでいいからさ」
軽い調子の男の声。
それに重なるのは、少し困ったような、それでも強く出きれない声。
「……結構です」
――ああ、これは。
視線を向けた先では桃崎さんと、その隣にいるもう一人の女性が、数人の男に囲まれていた。
見なかったことにして立ち去る、という選択肢が頭をよぎる。面倒ごとに首を突っ込む趣味はないし、正直なところ、できれば関わりたくない。
それに桃崎さんは正義のヒーローだ。下手をすれば、俺なんかよりよほど強い。
――俺が出る幕じゃない。そう自分に言い聞かせる。
「そんな警戒しなくてもさ~。俺たち、怪しい者じゃないし」
男たちがじりじりと距離を詰める。
押されるように、女性二人は一歩、また一歩と後ろへ下がった。
相手は四人。
女性相手に、数を頼んで取り囲むその様子は、どうにも後味が悪い。
(……ほんと、余計なお世話だよな)
胸の奥で、ため息がひとつ転がり落ちる。
できれば知らん顔したかった――のに。
気づいたときには、俺はすでに半歩、前に出ていた。
「……すみません」
男たちの背後に立ち、できるだけ感情を抑えて声をかける。
「嫌がってるみたいなんで。その辺にしといたらどうですか」
その一言で、空気がぴたりと止まった。
次の瞬間、男たちの視線が一斉にこちらへ向く。
「……は?」
先頭に立っていた男が、あからさまに眉をひそめる。
その瞬間だった。
「トオル君!」
「トオルさん!」
二人から、ほとんど同時に名前を呼ばれる。
え――。
思わず目を瞬かせた。
どこかで見覚えがある気はするが……知り合い、だっただろうか。
そう考える間もなく、先頭に立っていた男が舌打ちし、一歩踏み出してきた。肩を大きく揺らし、こちらを威圧するように距離を詰めてくる。
「なんだよ、テメェ」
さらに隣にいた男が、鼻で笑いながら口を挟む。
「だいたいさぁ、お前一人で何ができるってんだ?怪我したくなきゃ、さっさとすっこんでろよ」
そう言い終えるより早く、男の手が胸ぐらを掴み上げてきた。
やけに威勢だけはいい。
……なんだか最近、こんな三流を相手にことが多い気がするな。
「ちょっ……!死にたくなかったら、トオル君に手を出すのはやめた方がいいわよ!!」
桃崎さんが焦った声で制止するが、男たちは聞く耳を持たない。
もし“あいつ”のことを指しているのなら、確かに俺に手を出さない方がいい――と、俺自身も思う。
とはいえ、俺だって男なわけで……。
胸ぐらを掴んでいた男の手首を捻り、そのまま体を引き寄せる。
相手のバランスが崩れた瞬間、勢いに任せて地面へ押し倒し、背中に膝を乗せて完全に動きを封じた。
「いってぇええええっ!」
男はじたばたと抵抗し、苦悶の声を上げる。
……正当防衛だろ。
「トオルさん、かっこいい!俺も参戦するぜ!」
「え…ちょ、待て」
そこでようやく、俺は気づいた。桃崎さんの隣にいた“女性”。
長い髪にスカート姿だったから、てっきりそうだと思い込んでいたが――その声、その顔。
「おま……レッド?」
なんでそんな格好してんだ。
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