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昼の面倒ごと2
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スカートを履いたレッドが、自分の格好をすっかり忘れたかのように、ガニ股で戦闘ポーズを取る。
……いや、お前。その格好でその構えは本気でやめとけ。
「ちょ、こいつ……なんかやばくねーか?」
男たちは、そのあまりにも女性らしからぬ所作に完全に気圧されたのか、揃って一歩、また一歩と後ずさる。
どうやら、もう心配するまでもなく撤退の流れらしい。
俺は下敷きにしていた男を解放し、軽く突き飛ばした。
「い、行こうぜ……」
誰ともなくそう言い出し、男たちは逃げるように人混みの中へ消えていった。
「なんだよー、やんねーのかよ」
少し不満そうに肩を落とすレッドに、思わず呆れた溜息が漏れる。
「……それよりお前、その格好どうした」
「え?」
レッドは心底きょとんとした顔で、何が問題なのか本気で分からないといった様子だ。
いや、分からないのはこっちだ。
その長い髪に、スカート。どう見ても――女装だろ。
「この格好ね!蓮、かわいいでしょ?」
蓮(れん)――レッドの本名。
正直に言えば……確かに可愛い。言われなければ、女装だと気づかないくらいには。
「……で、なんでそんな格好してるんだよ」
そう訊ねると、レッドはきょとんと瞬きをしてから、ぽん、と軽く手を打った。
「囮捜査!」
即答だった。
「この辺でさ、一般人に手を出してる厄介な敵が出てるらしくて。桃崎が“女の子二人組のほうが狙われやすいだろう”って!」
「……」
どう考えても、桃崎さん一人のほうがよほど狙われやすい。さっきの、あの妙に満足げな顔を思い出して、最初からレッドを女装させるつもりだったんじゃないか、という疑念が頭をよぎる。
……まあ、いいけど。
改めて見てみると、確かに完成度は高かった。
ウィッグなのか地毛なのか判別のつかない長い髪に、主張しすぎないナチュラルメイク。
スカートから伸びる足も、無駄に――本当に無駄に――綺麗だ。
――なのに。
「…女性のフリするなら、そのガニ股はやめとけ」
「え?」
きょとんとした声を上げるレッドの隣で、桃崎さんが深く、しみじみと頷いた。
「トオル君、わかってくれる?蓮ね、仕草だけはどう頑張っても女の子になれないの……」
一拍置いて、楽しそうに付け足す。
「そこがポイント高いんだけどね!」
……心底楽しんでるな、この人。
今が仕事中なのであれば、これ以上首を突っ込むのも野暮だろう。
「じゃ、仕事頑張れよ」
そう言って踵を返しかけた、その瞬間――
「えっ、トオル君、もう行くの?」
桃崎さんの声と同時に、腕を掴まれた。
思っていた以上に強い力で、思わず足が止まる。
「ちょ……?」
視線を向けると、桃崎さんはわずかに不満そうに眉をひそめていた。
掴まれた手を振りほどこうと力を入れてみるが、びくともしない。小さくため息をつき、彼女と正面から向き合う。
「……囮中なんだろ。俺がいたら邪魔になるだろうし…」
突然の言葉に、桃崎さんは一瞬だけ考える素振りを見せ――
そして、にこりと笑った。
「一般人の男性が一緒にいたほうが、むしろ自然だと思わない?」
……思わない。
というか、嫌な予感しかしなかった。
「ほら!ってことで、ちょっとだけいいから付き合って!」
有無を言わせる間もなく腕を引かれ、そのまま半ば引きずられる形になる。
「おい、待て。俺、バイト前で――」
「大丈夫大丈夫!すぐ終わるから!」
その“すぐ”が、まるで信用できない。
三人並んで歩き出すと、周囲からちらほらと向けられている気がして、落ち着かなかった。
それにしても――こいつらが囮、ということは。
「……なあ、ちょっと待て。囮ってことは、張ってるのは誰なんだ」
「え、ふふ……そりゃあ……ねぇ?」
意味ありげに笑い、桃崎さんはわざとらしく言葉を濁す。
「ちゃんと味方が見張ってるから、安心していいよ!トオルさん!」
なぜか誇らしげに胸を張るレッド。違う。そういう問題じゃない。
俺の視線に気づいたのか、桃崎さんはちらりとこちらを見て、にやにやと笑っていた。
……ああ、これ…あいつが絶対いるな。
嫌な予感は、確信に変わっていた。
「桃崎さん、完全に楽しんでるだろ」
「ふふ。だって――トオル君が来たら、需要しかないもの!それに彼、そういうの得意でしょ?トオル君なら、よく分かってると思うけど!」
……ああ、なるほど。
ストーカーの追跡スキルのことを言っているなら、確かに俺が一番よく分かっている。身をもって、何度もな。
そんなやり取りをしていた、その時だった。
ふいに、背中へ突き刺さるような視線を感じる。
さっきとは比べものにならないほど、はっきりとした――“見られている”感覚。
反射的に振り返る。
……いない。
目に入ったのは雑踏と、行き交う人々だけ。
誰もがそれぞれの目的地へ向かい、こちらに注意を向けている様子はなかった。
「どうしたの、トオル君?」
「……いや」
喉の奥に、言い切れない違和感が残る。
敵か味方かは分からないが――まぁ気のせいかもしれないし、あいつが見張っているなら問題はないだろう。
そう自分に言い聞かせ、深く考えないことにした。
「ねえ、トオルさん」
ふいに、レッドがいつになく真面目な声で呼びかけてくる。
「もしさ、なんかあったら……俺の後ろに隠れて。守るから!」
その言葉に、思わず足が止まった。
たとえ中身は男でも、女の格好をしたレッドに守ると言われるのは、どうにも調子が狂う。
あと……まるで俺が囮みたいだが、囮はお前だろ。
屈託なく笑うレッドの横顔を見て、俺は小さく息を吐いた。
……いや、お前。その格好でその構えは本気でやめとけ。
「ちょ、こいつ……なんかやばくねーか?」
男たちは、そのあまりにも女性らしからぬ所作に完全に気圧されたのか、揃って一歩、また一歩と後ずさる。
どうやら、もう心配するまでもなく撤退の流れらしい。
俺は下敷きにしていた男を解放し、軽く突き飛ばした。
「い、行こうぜ……」
誰ともなくそう言い出し、男たちは逃げるように人混みの中へ消えていった。
「なんだよー、やんねーのかよ」
少し不満そうに肩を落とすレッドに、思わず呆れた溜息が漏れる。
「……それよりお前、その格好どうした」
「え?」
レッドは心底きょとんとした顔で、何が問題なのか本気で分からないといった様子だ。
いや、分からないのはこっちだ。
その長い髪に、スカート。どう見ても――女装だろ。
「この格好ね!蓮、かわいいでしょ?」
蓮(れん)――レッドの本名。
正直に言えば……確かに可愛い。言われなければ、女装だと気づかないくらいには。
「……で、なんでそんな格好してるんだよ」
そう訊ねると、レッドはきょとんと瞬きをしてから、ぽん、と軽く手を打った。
「囮捜査!」
即答だった。
「この辺でさ、一般人に手を出してる厄介な敵が出てるらしくて。桃崎が“女の子二人組のほうが狙われやすいだろう”って!」
「……」
どう考えても、桃崎さん一人のほうがよほど狙われやすい。さっきの、あの妙に満足げな顔を思い出して、最初からレッドを女装させるつもりだったんじゃないか、という疑念が頭をよぎる。
……まあ、いいけど。
改めて見てみると、確かに完成度は高かった。
ウィッグなのか地毛なのか判別のつかない長い髪に、主張しすぎないナチュラルメイク。
スカートから伸びる足も、無駄に――本当に無駄に――綺麗だ。
――なのに。
「…女性のフリするなら、そのガニ股はやめとけ」
「え?」
きょとんとした声を上げるレッドの隣で、桃崎さんが深く、しみじみと頷いた。
「トオル君、わかってくれる?蓮ね、仕草だけはどう頑張っても女の子になれないの……」
一拍置いて、楽しそうに付け足す。
「そこがポイント高いんだけどね!」
……心底楽しんでるな、この人。
今が仕事中なのであれば、これ以上首を突っ込むのも野暮だろう。
「じゃ、仕事頑張れよ」
そう言って踵を返しかけた、その瞬間――
「えっ、トオル君、もう行くの?」
桃崎さんの声と同時に、腕を掴まれた。
思っていた以上に強い力で、思わず足が止まる。
「ちょ……?」
視線を向けると、桃崎さんはわずかに不満そうに眉をひそめていた。
掴まれた手を振りほどこうと力を入れてみるが、びくともしない。小さくため息をつき、彼女と正面から向き合う。
「……囮中なんだろ。俺がいたら邪魔になるだろうし…」
突然の言葉に、桃崎さんは一瞬だけ考える素振りを見せ――
そして、にこりと笑った。
「一般人の男性が一緒にいたほうが、むしろ自然だと思わない?」
……思わない。
というか、嫌な予感しかしなかった。
「ほら!ってことで、ちょっとだけいいから付き合って!」
有無を言わせる間もなく腕を引かれ、そのまま半ば引きずられる形になる。
「おい、待て。俺、バイト前で――」
「大丈夫大丈夫!すぐ終わるから!」
その“すぐ”が、まるで信用できない。
三人並んで歩き出すと、周囲からちらほらと向けられている気がして、落ち着かなかった。
それにしても――こいつらが囮、ということは。
「……なあ、ちょっと待て。囮ってことは、張ってるのは誰なんだ」
「え、ふふ……そりゃあ……ねぇ?」
意味ありげに笑い、桃崎さんはわざとらしく言葉を濁す。
「ちゃんと味方が見張ってるから、安心していいよ!トオルさん!」
なぜか誇らしげに胸を張るレッド。違う。そういう問題じゃない。
俺の視線に気づいたのか、桃崎さんはちらりとこちらを見て、にやにやと笑っていた。
……ああ、これ…あいつが絶対いるな。
嫌な予感は、確信に変わっていた。
「桃崎さん、完全に楽しんでるだろ」
「ふふ。だって――トオル君が来たら、需要しかないもの!それに彼、そういうの得意でしょ?トオル君なら、よく分かってると思うけど!」
……ああ、なるほど。
ストーカーの追跡スキルのことを言っているなら、確かに俺が一番よく分かっている。身をもって、何度もな。
そんなやり取りをしていた、その時だった。
ふいに、背中へ突き刺さるような視線を感じる。
さっきとは比べものにならないほど、はっきりとした――“見られている”感覚。
反射的に振り返る。
……いない。
目に入ったのは雑踏と、行き交う人々だけ。
誰もがそれぞれの目的地へ向かい、こちらに注意を向けている様子はなかった。
「どうしたの、トオル君?」
「……いや」
喉の奥に、言い切れない違和感が残る。
敵か味方かは分からないが――まぁ気のせいかもしれないし、あいつが見張っているなら問題はないだろう。
そう自分に言い聞かせ、深く考えないことにした。
「ねえ、トオルさん」
ふいに、レッドがいつになく真面目な声で呼びかけてくる。
「もしさ、なんかあったら……俺の後ろに隠れて。守るから!」
その言葉に、思わず足が止まった。
たとえ中身は男でも、女の格好をしたレッドに守ると言われるのは、どうにも調子が狂う。
あと……まるで俺が囮みたいだが、囮はお前だろ。
屈託なく笑うレッドの横顔を見て、俺は小さく息を吐いた。
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