特派の狸

こま

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第二章

出撃、しようか

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皇国歴一九六〇年 厳冬

 入院は、長引いた、ということもなく、俺はわずか四日間の寝てばかりの生活を終えた。もっとも、ただ時間を惰眠に費やしたではなく、筋トレはしていた。このことは軍医をかなり憂鬱にさせたらしいが、彼は
「もういい。好きなだけやれ」
 と言ってくれたのでよしとする。
「戻ったな」
 真実はそっけなく、
「お帰りなさい。心配しましたよ」
 巡は怒りと優しさが半分ずつ。ハネさんはいつもと変わらずにニコニコと手を振った。ようやくここに帰れたのだと、泣きそうになった。
「ただいま。なかなか北楽も、いいところだな」
 楽に稼げていい、というのは強がりだ。
「おーおー、その通りだなあ」
 真実は調子よくそう言って手を打った。何か話があるようで、謹聴と叫ぶ。
「金が入った。討伐報酬がな」
「それも大金です。なんたって番号持ちをやっつけたんですから」
 新参が初戦闘で蛇を倒した。このニュースは瞬く間に支部を駆け抜け、中央にいる受付嬢、芝村からも連絡が来たそうだ。
「うちはハネさん含めて四人だろ? しかもたいした武器もなければ金もない、そんで問題ありまくりの集団だ。そこが大活躍の大手柄、中央にいる軍服連中の苦い顔が目に浮かぶぜ」
 意気揚々としていながらも、少し様子がおかしい。彼女は以外と自らの不安というものを軽視しない。その迷いがあった。
「なにかあったのか」
「おお、察しますねえ」
 巡は拍手した。大道芸の観客のように目を丸くしている。
 真実はちょっと唸って、実はなと切り出す。
「苦い顔をしてんのは中央だけじゃねえんだ。ここの上、北楽の将官もそうなんだ」
 新入りに、しかも害獣にいいところをもっていかれたのが悔しいらしい。真実は呼び出された先の少将のひとりからそういう印象を受けたという。多少は彼女が受けてきた扱いからくる平均的な上官像というものが混ざってはいるだろうが、それほど外れた感想ではないと思う。見舞いに来た連中にもそういう軍服はいたのだ。ただ、雀や猪の連中は狸に対して好意的ではあった。
「北楽支部の第四基地に行けだとさ。蛇みたいな番号持ちがうじゃうじゃ出るらしい」
 その少将どのが人事に手を回したのだ、とはいいきれないが、疑いたくもなる急さだ。
「……いつだ」
「怪我人の調子が戻り次第って話です。基地は狂山くるいやまの麓だそうで、ここからそう遠くはありませんけど」
 すかさず地図を持ってくる巡、広げてみると想像よりもはるかに辺鄙そうな位置にある。
「住民なんて村程度の規模が散見されるだけ。食うものだって自給自足で半分賄っているようなドがつく田舎、だけど、放っておくわけにもいかねえ」
「でも、なんでこんな場所に天使がたくさん現れるんだ?」
「知らねえよ。わかってるのはここいらの安全確保が当面の目標ってことだけ」
 誠ぉ、と真実は気だるく呼んだ。
「調子はどうなんだ」
 まだ不調であればこの左遷先での左遷を引き延ばせる。だが、きっとそういう不純さはないはずだ。彼女は俺を気づかい、そして天使を一刻も早く倒そうとしている。取捨選択を誤らないための問いだ。
「問題ない」
「私はもう少し様子をみた方がいいと思いますけど」
「同感」
 ハネさんもテレビから目をそらさず言った。
「ふむ、とりあえず荷作りだけはしよう。ほれ、各自準備にかかれ」
 真実の号令、しかしそれほど荷物もない。ほとんど俺たちは身一つで来たし、火器は送り届けてもらえるはずだ。
「誠、毛布はお前が管理しろ。人数分な」
「四枚ですからね」
「二人で使えたんだから、毛布だってかさばるんだぞ」
 抗議は鋭い視線で殺されてしまった。
「こいつ寝相が悪いから嫌なんだ。何度腹を蹴られたことか」
「あ! 嘘ばっかり。真実さんだっていびきがうるさかったですよ」
 喧嘩するほど、という言葉もある。俺は寝相が悪いともいびきがうるさいとも思ってないから、多分じゃれているだけだろう。
「ねえ、真実」
 ハネさんはどこか困ったように声をかけた。
「ん? ああ、わかってる。誠ぉ、毛布を一枚余計に持ってけ」
「いや、一枚でいいよ? そんなに私、大きくないよ?」
 そうじゃなくて、とハネさんは言う。
「私も、戦ったほうが、いい?」
 突然すぎて真実もすこしあわてた。
「え? いや、でも」
「お掃除と、ご飯と、紙を書くのが終わったら、出ようか?」
 彼女が退役軍人なことはわかっているが、その姿を想像することはできない。
 俺は彼女をほんの少ししか知らないのだ。
「ん、なんか変な流れだな。ハネさんよぅ、狸はそんなに弱っちくみえるかい」
「私も、狸」
「前に出たら危ないって」
「後ろにいる。狸の前は、鳥だった」
 射撃部隊は隊章に鳥を用いる。彼女のジャケットに鷹が描かれていたのを思い出した。
「言いたいことはわかる。毎度怪我して帰ってくるやつがいたら、そういう気分にもならぁ」
 真実はハネさんを胸に寄せた。いつもはする側の彼女、大人しく寄りかかる。
「でもよ、あんたが家で待っててくれるから戦えるんだぜ。あいつ、ハネさんを不安にさせちゃいけねえって、眼をひんむいて病院に運ばれたんだぜ。あんたがいなきゃ、私らも何を楽しみに戦うんだ? あんたの面を見たいから帰ってくるんだよ」
「でも」
 食い下がると今度は巡がおずおずと手を挙げた。
「あの、私も真実さんに賛成です。勝手かもしれませんけど、お帰りって、言って欲しいです」
「御座……」
「本当に前に出たいって言うなら止めないよ。でもさ、それは最後の最後にしてくれ。一匹欠けるか欠けないかって時に」
 笑えない冗談も彼女にかかるとなぜだが怒る気にもならない。
「その方がドラマチックじゃねえか」
 馬鹿馬鹿しく締めたのは、彼女にもハネさんを引き留める言葉が見つからないのだろう。想いはあっても、どう言葉にすればいいのか迷っているようでもある。
 本心に違いない真実と巡、でも俺たちはいつも戦力に飢えている。そういう事情がいわば兵站係のハネさんを直接戦闘へと駆り立てているのだ。
 ハネさんは俺を覗いた。真意を見抜こうとするたぐいの瞳だった。
「そりゃあ一緒に戦えれば頼もしいよ、ベテランだろうし、知ってる顔だし」
 これは本音だ。花火だけが遠距離火力では彼女たちの負担は増えるだろう。人も増えるし彼女が参加してくれれば問題はいっぺんに解決する。
「ハネさんには好きなことをして欲しい。今まで世話になってばっかりだからさ。俺なんて、ずっとずっと、面倒かけてばっかり。手伝いも掃除くらいしかできないし」
 でも、この気持ちはなんだろう。寮にいたころから、俺にとって彼女の存在は家そのものになっているのだ。いつも笑っていて、お使いのメモにはイラストを描いて、箒を押し付けて、暴走気味に増築をする、そういう彼女が天使と戦うなんて、考えられなかった。
 でも、それはわがままというものだろう。彼女には彼女の考えがあるし、それを多数決みたいなやり方で否定してしまうのは、違う気がするのだ。
「たまにはさ、家事なんかやらないで俺たちと花火でも見に行こう」
 だから、彼女がしたいことなら、それは手伝わないと。田舎者の俺を救ってくれたのは真実と、間違いなくハネさんなのだから。
「か、家事は俺がやるよ。雪かきなら任せてくれ。飯だって、得意じゃないけどつくるから」
 演じろ。騙せ。俺の本心は、彼女を戦場に引っ張り出すことだと。そうすれば負担は減って、討伐数は増えるんだ。
 皆で引きとめれば彼女は考えを改めてしまうかもしれないが、それは駄目だ、俺は自由気ままで何でもできる、優しい彼女が好きなんだから。
「誠、いいの?」
 俺に決定権はない。しかし真実は黙ったままだ。
「あ、ああ! いいに決まってる! 随行員だからって留守番していなきゃいけないなんてきまりはないはずだ。あったって、俺たちは狸だぜ」
 演じきった。騙しきった。その証拠に、真実も巡も苦い顔をしているじゃないか。
「誠……」
 ハネさんはそっと真実の腕を抜け、膝をすってこっちにきた。
「誠って、たまに嘘つき」
 頬を柔らかくつねられた。彼女はマスクの下で、どんな顔をしているのだろう。
「嘘じゃないよ」
「そう、嘘じゃねえが、本当でもねえだろうなぁ」
 真実が着替えと日用品の選別をしながら言った。
「あれですよね、朝日さんの、一流の格好つけ方」
 その言い方にはふくみがあるが、多分そう、いや、彼女の言う通りなのだろう。
「やっぱり、銃後にいる」
 とハネさんは俺の頬をつねったまま左右に軽くふった。
「みんな、ありがとう」
 色々思うところはある、帰る場所が欲しいというのも、俺たち共通の願いだ。だけど、ハネさんが心配だからという部分の方が大きいのかもしれない。それを彼女は汲み取ったのだ。
「いいのかよ。今更だけど、ガンガン出撃してもらってもかまわねえんだぜ?」
 狸は嫌味っぽく言った。が、これは彼女の通常運転である。そこには落ち着くところに落ち着いたという安堵があった。
「いいの。それに、出るときは」
 頬から手が離れたことを、俺はみっともなくも、惜しんだ。
「ドラマチックに、でしょ?」
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