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第二章
狂山
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皇国歴一九六〇年 厳冬
俺たちは左遷先の左遷先、狂山の麓にある第四基地にやって来た。俺の体調と天気で出発日を決めたのだが、それは北楽基準での天気であり、細かい雪が舞うなかでの移動となった。
狸以外の部隊といえば、駐屯地の維持管理をする裏方を除けば、戦闘部隊が四つしかない。ただ、その数は多い。
「山羊に白熊、トンビに兎。総勢百十か」
真実は人員リストを眺め、新居を見回す。間取りと設備は北楽とほぼ一緒で、室内は驚くほど暖かい。暖房器具がもう稼働していたのだ。
「やっぱり激戦区ですから、予算が回されているんでしょうか」
「かもな」
各部隊へ挨拶をすませると時間に余裕ができた。俺たちに与えられた命令は天使の討伐だけで、他には一切ない。もちろんそこにまつわる書類作業、何をいくつ使ったとか、被害はどれくらいとか、そういう細々したものはあるが、いつのまにかハネさんやってくれているのだ。
「なんか欲しいもの、あるか?」
「え?」
一度だってきいたことのない余裕のある真実の言葉に俺は度肝を抜かれた。巡もそだったようで、
「ほ、欲しいって、なにがでしょう」
と、寝そべる真実にすり寄った。勘定方の巡は前回の討伐報酬額を知っている。
「貯金するんじゃないんですか?」
彼女としてはそのつもりでいただろう。隊長はこれまで無言を通してきたのだから。
「花火は、連続で使えないからな。銃と同じように簡単に弾丸を込めるってわけにもいかないし」
「じゃあ新しい武器を?」
「そうなんだが、別にお前らの好きなもんでもいいよ。大所帯になったとはいえ、まだ四人だ。隊費なんて個人のがま口と一緒だ」
お疲れさん、そういうご褒美さ。彼女はそう言った。新天地でこれからというのに、随分とのんきだ。
極論ではあったが、それが隊長の意見である。
「ないなら使わないでおけ」
さて、ここからが長かった。
巡が現在必要なものを分類し優先度をつけ、それが現実的かどうかを真実が仕分けた。巡は増築が必要としたが、それは却下された。
「それだけで金が尽きる。そして必要を感じない」
無茶な意見は仕分け人が切って捨てた。次第に火器に焦点があてられて、とりわけ手軽なものが求められた。
「威力があって、馬鹿でも使えるものがいい」
ということになったが、銃とは馬鹿でも使えるものである。その中でも一番に簡単なものはなんであろう。
「訓練も最低限で、かつ狙わなくても当たるようなものが望ましい」
「そんなのないだろ」
銃とは狙って撃つのだから。
するとハネさんが、
「ある、散弾銃とか」
と、銃を構えるまねをした。それはなかなか様になっている。彼女が軍人だったことを思いだし、それもそうかとひとりごちた。
散弾銃は、一度の射撃で複数の弾丸を発射できる。銃口からそのまま弾がばらまかれるため、それほど狙いをつける必要がない。的が近ければそれだけ命中率と威力が増加し、遠ければ減衰する、そういう銃なのだ。
「なるほど。じゃあ探してくる」
「私も行きます。朝日さんは筋トレしててくださいね」
この基地で、俺たちは佐野という中佐の部下になっている。彼は天使を滅するために生まれてきたというような、戦闘にかんして抜群のセンスがあるらしい。討伐のためならどんな無茶もおかすとの話で、真実たちは一度彼に掛け合った。
「変わってんな、あの人。一丁でいいって言ったら泣き始めたぜ」
厄介払いされたのに、戦いへの意欲は無くしていない、物資は乏しいはずなのに、武器はたった一丁でいいという。佐野には狸が清貧で甲斐甲斐しく軍に仕える忠義者みえたようだ。
「困ったことがあったら相談にのるなんて言われましたよ。不思議な人でした」
巡までそんなことを言った。
「いい人」
「そうですね。まあいるところにはいるもんですよ」
なにも俺たちの周囲に悪人しかいなかったわけではない。
「試射もできるらしいから、地下に行こう」
真実は散弾銃を肩にかけ巡とハネさんの手を引いた。
「せっかちすぎますよ」
「いいんだよ。天使は待ってくれねえからな」
節電のため、地下は薄暗い。だが設備は中央とそれほど変わらず、使い終わった弾を売りさばいたことを思い出した。
「またやるか?」
真実もそうだったようで、喉で笑った。
「必要があればいくらでもやるさ。一番奥でやろう、的に当てなくてもいい」
お前がどんな銃かを知っていればいい。とのことである。
銃身は少し切り詰めてあって、六十センチほどだろうか、片手でも射てそうだ。
「じゃあ早速」
輪ゴムを弾く割り箸銃の要領で構えると、
「いやいや、肩が外れちゃいますって!」
巡の注意は、遅かった。
どおんと大きな発砲音が地下に反響して鼓膜を震わせる。弾丸は十メートルほどの距離にある的に数発しか当たっていない。
「え、え、朝日さん! 大丈夫ですか?」
「大げさだよ」
たしかに腕にも肩にも凄まじい痺れがある。だけど巡が思うようなことはおきていない。
「もっと腰を落とせ。それと、照準くらい覗けよな」
「わきもしめたほうが、いい。足は、少し開く」
「なるほど。それじゃもう一発」
「おかしいってば。朝日さん」
「巡ぃ、こいつは素手で天使をぼこってんだぜ? 銃の反動くらい軽いもんだろ」
「……そ、そうですかね……?」
的にはあまり当たらないけど、これは俺がこの銃を知るための試射だ。射てさえすれば上々だろう。
「いいか、二メートル、もしくは三メートル以内での射撃しかするな。手足が少し伸びたくらいに思えよ」
「わかった」
「もっと近くても、いい」
「……使える武器であること、朝日さんの身体が異常に頑丈だっていうにはわかりました。もう戻りましょうよ、ここは寒いですから」
「おっと、韻を踏んでの洒落なんて珍しい。こりゃあ天使が来るかもなあ」
「別にそんなつもりないですってば」
地下が寒いのは事実で、たった数十分の試射ながら、全身が凍りそうなほどに冷えた。
「戻ろうや。弾ももらったし、それを使う機会が……ないほうがいいけど、あるといいな」
なにやら不思議な言である。
それから部屋に戻り、ようやく暖まったころ、サイレンが鳴った。散弾銃と花火を担いで出撃、戦果は犬が二匹の蟻が四匹、ハネさんは基地で待機していた。
討伐の報酬金を巡がまとめているころ、またサイレン。それはほとんど絶え間ない戦闘といってよく、一週間で実に十二回の出撃があった。
日に二回、三回と雪をかきわけ走り回り、天使を見つけてはそれを討った。
散弾銃はそれなりき役立ったし、古傷の疼きもない。ただ、最近はあまり眠れていない。
「舐めてたぜ、おい。これが北楽か」
他の部隊も同じである。しかもそれが日常であるらしい。
それからまた三日ほど経つと、出撃の回数は明らかにへった。
ここでは天使は十日ほどの戦闘と休息を繰り返しているのだ。それが戦略的な行動かは不明だが、休息は戦った日数とほぼ同じらしい。
「そりゃあ散弾銃を一丁しか要請しなかったら、感涙もしますよ」
これがわかっていたらもっと奔走していただろう。
「真実、これって共有されててもいい情報だよな」
サイレンに怯えることなく眠ったあと、俺たちは収支をつけ、不足しているものがないかを念入りに確認していた。
「そうだな」
彼女は心ここにあらずだ。人一倍働いていたし疲労はまだ回復していないのだろう。
「あの中佐、佐野さんはそんなこと言わなかったんだろ?」
「はい。そうですよ」
巡もだるそうに応えた。
「……ちょっと佐野さんのところに行ってくる」
「行ってらっしゃい…………え、朝日さん?」
巡の声は閉めたドアの向こうから聞こえてきた。
俺たちは左遷先の左遷先、狂山の麓にある第四基地にやって来た。俺の体調と天気で出発日を決めたのだが、それは北楽基準での天気であり、細かい雪が舞うなかでの移動となった。
狸以外の部隊といえば、駐屯地の維持管理をする裏方を除けば、戦闘部隊が四つしかない。ただ、その数は多い。
「山羊に白熊、トンビに兎。総勢百十か」
真実は人員リストを眺め、新居を見回す。間取りと設備は北楽とほぼ一緒で、室内は驚くほど暖かい。暖房器具がもう稼働していたのだ。
「やっぱり激戦区ですから、予算が回されているんでしょうか」
「かもな」
各部隊へ挨拶をすませると時間に余裕ができた。俺たちに与えられた命令は天使の討伐だけで、他には一切ない。もちろんそこにまつわる書類作業、何をいくつ使ったとか、被害はどれくらいとか、そういう細々したものはあるが、いつのまにかハネさんやってくれているのだ。
「なんか欲しいもの、あるか?」
「え?」
一度だってきいたことのない余裕のある真実の言葉に俺は度肝を抜かれた。巡もそだったようで、
「ほ、欲しいって、なにがでしょう」
と、寝そべる真実にすり寄った。勘定方の巡は前回の討伐報酬額を知っている。
「貯金するんじゃないんですか?」
彼女としてはそのつもりでいただろう。隊長はこれまで無言を通してきたのだから。
「花火は、連続で使えないからな。銃と同じように簡単に弾丸を込めるってわけにもいかないし」
「じゃあ新しい武器を?」
「そうなんだが、別にお前らの好きなもんでもいいよ。大所帯になったとはいえ、まだ四人だ。隊費なんて個人のがま口と一緒だ」
お疲れさん、そういうご褒美さ。彼女はそう言った。新天地でこれからというのに、随分とのんきだ。
極論ではあったが、それが隊長の意見である。
「ないなら使わないでおけ」
さて、ここからが長かった。
巡が現在必要なものを分類し優先度をつけ、それが現実的かどうかを真実が仕分けた。巡は増築が必要としたが、それは却下された。
「それだけで金が尽きる。そして必要を感じない」
無茶な意見は仕分け人が切って捨てた。次第に火器に焦点があてられて、とりわけ手軽なものが求められた。
「威力があって、馬鹿でも使えるものがいい」
ということになったが、銃とは馬鹿でも使えるものである。その中でも一番に簡単なものはなんであろう。
「訓練も最低限で、かつ狙わなくても当たるようなものが望ましい」
「そんなのないだろ」
銃とは狙って撃つのだから。
するとハネさんが、
「ある、散弾銃とか」
と、銃を構えるまねをした。それはなかなか様になっている。彼女が軍人だったことを思いだし、それもそうかとひとりごちた。
散弾銃は、一度の射撃で複数の弾丸を発射できる。銃口からそのまま弾がばらまかれるため、それほど狙いをつける必要がない。的が近ければそれだけ命中率と威力が増加し、遠ければ減衰する、そういう銃なのだ。
「なるほど。じゃあ探してくる」
「私も行きます。朝日さんは筋トレしててくださいね」
この基地で、俺たちは佐野という中佐の部下になっている。彼は天使を滅するために生まれてきたというような、戦闘にかんして抜群のセンスがあるらしい。討伐のためならどんな無茶もおかすとの話で、真実たちは一度彼に掛け合った。
「変わってんな、あの人。一丁でいいって言ったら泣き始めたぜ」
厄介払いされたのに、戦いへの意欲は無くしていない、物資は乏しいはずなのに、武器はたった一丁でいいという。佐野には狸が清貧で甲斐甲斐しく軍に仕える忠義者みえたようだ。
「困ったことがあったら相談にのるなんて言われましたよ。不思議な人でした」
巡までそんなことを言った。
「いい人」
「そうですね。まあいるところにはいるもんですよ」
なにも俺たちの周囲に悪人しかいなかったわけではない。
「試射もできるらしいから、地下に行こう」
真実は散弾銃を肩にかけ巡とハネさんの手を引いた。
「せっかちすぎますよ」
「いいんだよ。天使は待ってくれねえからな」
節電のため、地下は薄暗い。だが設備は中央とそれほど変わらず、使い終わった弾を売りさばいたことを思い出した。
「またやるか?」
真実もそうだったようで、喉で笑った。
「必要があればいくらでもやるさ。一番奥でやろう、的に当てなくてもいい」
お前がどんな銃かを知っていればいい。とのことである。
銃身は少し切り詰めてあって、六十センチほどだろうか、片手でも射てそうだ。
「じゃあ早速」
輪ゴムを弾く割り箸銃の要領で構えると、
「いやいや、肩が外れちゃいますって!」
巡の注意は、遅かった。
どおんと大きな発砲音が地下に反響して鼓膜を震わせる。弾丸は十メートルほどの距離にある的に数発しか当たっていない。
「え、え、朝日さん! 大丈夫ですか?」
「大げさだよ」
たしかに腕にも肩にも凄まじい痺れがある。だけど巡が思うようなことはおきていない。
「もっと腰を落とせ。それと、照準くらい覗けよな」
「わきもしめたほうが、いい。足は、少し開く」
「なるほど。それじゃもう一発」
「おかしいってば。朝日さん」
「巡ぃ、こいつは素手で天使をぼこってんだぜ? 銃の反動くらい軽いもんだろ」
「……そ、そうですかね……?」
的にはあまり当たらないけど、これは俺がこの銃を知るための試射だ。射てさえすれば上々だろう。
「いいか、二メートル、もしくは三メートル以内での射撃しかするな。手足が少し伸びたくらいに思えよ」
「わかった」
「もっと近くても、いい」
「……使える武器であること、朝日さんの身体が異常に頑丈だっていうにはわかりました。もう戻りましょうよ、ここは寒いですから」
「おっと、韻を踏んでの洒落なんて珍しい。こりゃあ天使が来るかもなあ」
「別にそんなつもりないですってば」
地下が寒いのは事実で、たった数十分の試射ながら、全身が凍りそうなほどに冷えた。
「戻ろうや。弾ももらったし、それを使う機会が……ないほうがいいけど、あるといいな」
なにやら不思議な言である。
それから部屋に戻り、ようやく暖まったころ、サイレンが鳴った。散弾銃と花火を担いで出撃、戦果は犬が二匹の蟻が四匹、ハネさんは基地で待機していた。
討伐の報酬金を巡がまとめているころ、またサイレン。それはほとんど絶え間ない戦闘といってよく、一週間で実に十二回の出撃があった。
日に二回、三回と雪をかきわけ走り回り、天使を見つけてはそれを討った。
散弾銃はそれなりき役立ったし、古傷の疼きもない。ただ、最近はあまり眠れていない。
「舐めてたぜ、おい。これが北楽か」
他の部隊も同じである。しかもそれが日常であるらしい。
それからまた三日ほど経つと、出撃の回数は明らかにへった。
ここでは天使は十日ほどの戦闘と休息を繰り返しているのだ。それが戦略的な行動かは不明だが、休息は戦った日数とほぼ同じらしい。
「そりゃあ散弾銃を一丁しか要請しなかったら、感涙もしますよ」
これがわかっていたらもっと奔走していただろう。
「真実、これって共有されててもいい情報だよな」
サイレンに怯えることなく眠ったあと、俺たちは収支をつけ、不足しているものがないかを念入りに確認していた。
「そうだな」
彼女は心ここにあらずだ。人一倍働いていたし疲労はまだ回復していないのだろう。
「あの中佐、佐野さんはそんなこと言わなかったんだろ?」
「はい。そうですよ」
巡もだるそうに応えた。
「……ちょっと佐野さんのところに行ってくる」
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