特派の狸

こま

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第二章

誅すべし

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皇国歴 一九六一年 厳冬

「敵って、誰かを指定するのはむずかしいな。少なくとも今は無理だ」
 誠の素朴な、そして自分のできることを理解しきった疑問に言葉を濁した。伝えればば飛び出してぶん殴ってしまうだろうし、そもそも真実にすらそれはわからない。
「そうか。じゃあ佐野中佐が戻ればわかるのか」
「どうだろうね。特定はできないと思う」
「じゃあ誰をぶっ飛ばせばいいんだよ」
 あっけらかんというので、真実は吹き出してしまった。大鳥も微笑ましくそれを眺め、
「誠、組織が敵だったら、どうするの」
 と、その問いの答えである、漠然とした存在にわずかながらに形を与えた。
「組織? ああ、外国とか?」
「うん。殴っても、あんまり意味ないよ」
「そこなんだよ。拳を使うんじゃない」
「じゃあ俺には無理だな」
 誠はあははと笑ったが「また笠木さんに連絡しないとな」と真実も不気味に笑うので、
「考える。じっくり考える」
 と、コートを掴んで巡と交代した。
「なんですかあれ? やけに顔が引きつってましたけど」
「くっくっく、あいつの弱点はわかりやすいんだ」
「弱点ですか。あの人にねえ。まあそれは置いておきましょ、先に悪だくみを聞かないと」
 誠と同じことを言いやがる、と真実は深く頷いた。狸の結束を感じたらしい。
「あ、省略しないでくださいね」
「わかってるよ。そのへんはやっぱり偉いねお前は」
「廊下、寒そう」
「平気だよ。じゃあ早速、中佐との内緒話から」
 誠にするよりも丁寧に説明した。彼女はその時の会話をそのまま暗唱することができた。
 フェンリルの腕には重要な意味があったんだ、と話を終えると、巡はその遠大な内容にめまいをおこした。
「いや、ちょっと、頭が理解を拒んでます」
「頭がめぐらないってか」
「あんまり上手じゃないね」
「ハネさん、めっ」
 巡はこめかみを抑えながら、ぶつぶつと口に出して整理をする間、真実たちは寝転がってテレビを見ている。以前の周期の比べて北楽での戦闘が少し落ち着きつつあるという。
「真実さん、もういいですよ。会議しましょ。テレビは消して」
「見ながらやろうよ」
「駄目」
 のっそりとこたつの天板の上にあるみかんを取った。皮を剥きながら、
「中佐待ちだ。あの人がどう動くのか、まあ狸をの不利にはならないだろうが、フェンリルの腕を献上してからが本番だな」
「状況が変われば、またフェンリル探しを第一目標にすることもありえますよ」
「あの怪我だ、それに片手落ち。ウルフの活動も減っているらしいし次はもう少し楽なはずだよ」
「楽観しすぎです」
 真実はみかんの一房を口に入れ「弱みを見せよう」との寝そべった。
「またあれやるのはしんどいよ」
 フェンリルとの命の奪い合いではなく、それをするための行軍のことをいっている。
 救援を黙殺しながら脇目も振らずに進み続けるというのは、彼女の精神にも多大なダメージを与えていた。
「私もです。ですが継続せよと命令があれば、しないわけにはいきません。花火の整備や食料、寝具、経験を生かせるのですから準備はしておきましょう」
「お前がいなかったら、狸はとっくにくたばってたな」
「隊長なんですからしっかりしてくださいよ」
 真実はニコニコながらみかんを食っている。巡の図太さに感心し、
「そうだなあ。中佐の帰還を待つ間、ちょっと頑張ろうかなあ」
 と、普段にない抑揚で言う。
「何をするんですか」
「もっかい黒子さんに掛け合うんだ」
 大鳥はテレビから真実に目を向け、擦り寄った。
「佐野中佐にしたように、内通者を探してもらう。お土産がある分、話は早いかもね」
「私も、行くよ」
 留守番してますよと巡が言うと、真実はちょっと慌てたように「それは困る」といった。
「今回は成功させたい。誠じゃなんの助けにもならないし、ハネさんもあやしい」
 だから巡を随行させたいと熱心だった。
「私が冷静でなくなったときのために居てもらわなくちゃ」
「ハネさんがいるでしょ」
「いるけど、一緒に行こうぜ。どうせ暇だろ」
 断る理由はないが、これから向かうという真実をひとまず宥め、その内容の質を高めるための会議となった。途中で誠がノックをし、震えながら参加した。
「俺のこと忘れてたんじゃないだろうな」
「朝日さん、今回は留守番みたいですよ」
「ん? どっか行くの?」
「黒子さんのとこだよ。巡とお邪魔してくる」
 誠はあまり興味を示さず、みかんをとった。指先が震えて皮を剥くのに苦労しているのを見て、巡が代わりに剥いてやった。
「金は出るのに、なんの相談に行くんだ」
「仲間は多い方がいいからだよ。佐野中佐と同じく、巻き込んでみるつもりだ」
「ああ、そういうことか。いいじゃん、真実、巡の足を引っ張るなよ」
「うっさい。なんで私が。それを言うなら」
「まさかですよね。ついてこいって真実さんが命令したのに、まさか私が足手まといとは言いませんよね」
「だぁまぁれぇ。はい、会議終了ー。巡は報奨金の額を確かめてこい。誠は筋トレ。ハネさんは昼飯の準備をお願いね」
 お前は何をするんだと誠は喉で笑う。もう腕立て伏せをスペースを確保している。
「昼飯の後、午睡をして、黒子さんのところに行く。それまでは、まあ、隊長がすることをするんだ」
「威張るのか」
「誠、ぶっ飛ばすぞ」
「雪かきの当番ですよ、隊長」
「げ、じゃあみんなで」
 行ってらっしゃい。三つの声が調和すると、真実は青筋と笑顔を同居させ、
「団結だな、おう、これが団結ってもんだよ。畜生、お前らも終わったら来いよ、絶対だぞ」
 と、マフラーを巻いて出ていった。
「じゃあ私も経理まで行ってきます」
 巡もジャケットを羽織る。そして腕立て伏せをする誠を見下ろした。
「なんだよ。百回やったら休憩、三セットだろ」
「そうじゃなくて、あの、体はもう大丈夫ですか」
「ばっちり。野島さんも匙を投げたよ、治す甲斐がないくらいに回復が早いってさ」
 本来の意味ではく、治療には時間もかからず数日で本調子に戻るだろうという意味である。軍医の野島はこれは生命力の強さだと判断して、医学の常識から外れた誠を称賛することで自分を慰めた。
「ならいいんですけど。ま、誠さんが大怪我したことには間違いないんですから、えっと、筋トレです、今日から倍にしましょう。強くなるにはそれが一番ですから」
 と足早にドアの向こうに消えた。
「倍かよ。きついなあ」
 誠はげんなりするも、それを実行するために速度を上げた。拒否してまた笠木のところに送られるのが怖かった。
「誠って、言ってたね」
「え? そりゃ俺ですから」
「うん。誠は誠だね」
 へんなハネさんだなあと笑った。昼飯が出来上がる前に終わらせようと、腕立ての速度は増すばかりである。


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