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怨念の力
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地道な討伐依頼と、穏やかな日常。その繰り返しが、俺たちの生活の基盤となっていた。稼いだ資金でガラクタ武具を買い、分解と融合を繰り返す。
そのサイクルはもはや習慣と化していた。
その日も、俺は依頼を終えた足で、馴染みの武器屋の隅にあるガラクタの山を漁っていた。
ここの武器屋の店主はドルガンというドワーフだ。何年も前から通っているので顔なじみになっている。
ドルガンも、俺の奇妙な趣味にはすっかり慣れたもので、「また『素材』の仕入れかい。旦那の熱心さには恐れ入るぜ」と、にこやかに声をかけてくる。
「ああ。何か面白いものは入ってるか? 変わった装備品でもいいんだが」
俺がそう言うと、ドルガンは顎の髭を捻りながら、少し考える素振りを見せた。
「変わった装備品、ねえ……。そういや昨日、若い冒険者が持ち込んできた、少し気味の悪い篭手があったな。なんでも墓地で見つけたらしいんだが、装備しようとしたら悪寒が走って、呪われてるに違いねえって、気味悪がってここに放り込んでいったが……」
ドルガンが指さしたのは、他のガラクタ武具の山に埋もれるようにして転がっていた、片方だけの黒ずんだ鉄の篭手だった。それは、およそ実戦で使われていたとは思えないほどに古びており、表面の装飾はほとんどが剥がれ落ち、あちこちに深い傷が刻まれている。
まるで、幾多の戦場を渡り歩き、その全てで敗北を喫してきたかのような、陰鬱な雰囲気を纏っていた。
他のガラクタ武具とは違い、光というよりもむしろ闇。周囲の光すら吸い込んでしまうような、小さな黒い染みのような存在感を放っていた。
だがなぜか、その篭手から目が離せなかった。
まるで、篭手が俺を、その深淵へと手招きしているかのように――
「……そいつを貰う」
俺はほとんど無意識にそう口にしていた。
ドルガンの「物好きな旦那だ」という笑い声が、どこか遠くに聞こえる。
俺はただ同然の値段でそれを譲り受け、足早に宿屋へと戻った。
宿屋の部屋に戻り、俺はその不気味な篭手を床の真ん中にそっと置いた。
リリはその篭手を見た瞬間、さっと顔を青ざめさせ、弾かれたように俺の後ろへと隠れた。その小さな体は、小刻みに震えている。
「おにいちゃん……だめ。その子、すごく、嫌な感じがする……」
「嫌な感じ?」
「うん……」
リリは俺の服の裾をぎゅっと握りしめながら、篭手を睨みつけていた。
「すごく、すごく怒ってる。それに、すごく悲しんでる。悔しい、憎いって、ずっと叫んでる。ドロドロの、黒いキラキラをしてる……。お願い、それに触っちゃ、だめ」
リリの警告に、俺も背筋に冷たいものが走るのを感じた。彼女の『目』が、これほどまでに強い拒絶反応を示すのは初めてのことだ。
これは、ただの古い武具ではない。何か、特別な曰く付きの品であることは間違いだろう。
捨てるべきか……?
だがこの得体のしれないオーラの根源を知りたいという、冒険者としての好奇心もまた、強く頭をもたげていた。それに、こんな危険物を、街に野放しにしておくわけにもいかない。
「大丈夫だ、リリ。直接は触らない。だが、こいつの正体を確かめる必要がある」
俺はリリを安心させるように言うと、篭手から数歩距離を取り、深く息を吸い込んだ。そして、神経を集中させ、《武具分解》のスキルを発動させた。
その瞬間――部屋の空気が変わった。
「……ッ!?」
篭手から、まるで亡霊の叫びのような、甲高い金属音が迸る。「キィィィィン!」という耳障りなその音は、物理的な音波というよりも、精神に直接響いてくるかのようだった。
リリは「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて、俺の背中にさらに強くしがみつく。
篭手そのものが分解されることを、まるで一個の生命体のように拒絶している。俺のスキルに対して、明確な抵抗を示しているのだ。俺は歯を食いしばり、さらに強く魔力を込める。
「……ッ!」
すると篭手は断末魔のように激しく震え始め、その表面に刻まれた無数の傷から、黒い霧のようなものが滲み出し始めた。それは、怨嗟や絶望といった、負の感情が形になったかのような、禍々しいオーラだった。
霧は部屋の中に立ち込め、ランプの光を鈍らせ、温度すらも数度下がったかのように錯覚させた。
やがて抵抗が限界に達したのか、篭手はひときわ甲高い悲鳴を上げると、ガラスが砕け散るように霧散した。後には静寂と、床に転がる一つの光の玉だけが残された。
それは、今まで俺が見てきたどんな特性の光とも、全く異質だった。
赤でもなく、青でもなく、緑でもない。それは、光を放っているというよりも、むしろ、光を喰らっているかのような、絶対的な紫黒。まるで、虚無そのものが凝縮し、形を成したかのような、不吉な輝きを宿していた。
見つめているだけで、魂が吸い込まれそうになる。
俺は、唾を飲み込み、恐る恐るその特性を覗き込んだ。
『――特性《怨念の力(中)》を抽出しました』
《怨念の力》……初めて見る特性だ。
見るからに禍々しいオーラを感じる。
「……とんでもないものを、呼び覚ましてしまったな」
これは使ってはいけない力だ。人の手には余る、呪いそのものだ。
俺はこの危険極まりない特性をどう処理すべきか、額に滲む冷や汗を拭いながら、深く頭を悩ませた。
そのサイクルはもはや習慣と化していた。
その日も、俺は依頼を終えた足で、馴染みの武器屋の隅にあるガラクタの山を漁っていた。
ここの武器屋の店主はドルガンというドワーフだ。何年も前から通っているので顔なじみになっている。
ドルガンも、俺の奇妙な趣味にはすっかり慣れたもので、「また『素材』の仕入れかい。旦那の熱心さには恐れ入るぜ」と、にこやかに声をかけてくる。
「ああ。何か面白いものは入ってるか? 変わった装備品でもいいんだが」
俺がそう言うと、ドルガンは顎の髭を捻りながら、少し考える素振りを見せた。
「変わった装備品、ねえ……。そういや昨日、若い冒険者が持ち込んできた、少し気味の悪い篭手があったな。なんでも墓地で見つけたらしいんだが、装備しようとしたら悪寒が走って、呪われてるに違いねえって、気味悪がってここに放り込んでいったが……」
ドルガンが指さしたのは、他のガラクタ武具の山に埋もれるようにして転がっていた、片方だけの黒ずんだ鉄の篭手だった。それは、およそ実戦で使われていたとは思えないほどに古びており、表面の装飾はほとんどが剥がれ落ち、あちこちに深い傷が刻まれている。
まるで、幾多の戦場を渡り歩き、その全てで敗北を喫してきたかのような、陰鬱な雰囲気を纏っていた。
他のガラクタ武具とは違い、光というよりもむしろ闇。周囲の光すら吸い込んでしまうような、小さな黒い染みのような存在感を放っていた。
だがなぜか、その篭手から目が離せなかった。
まるで、篭手が俺を、その深淵へと手招きしているかのように――
「……そいつを貰う」
俺はほとんど無意識にそう口にしていた。
ドルガンの「物好きな旦那だ」という笑い声が、どこか遠くに聞こえる。
俺はただ同然の値段でそれを譲り受け、足早に宿屋へと戻った。
宿屋の部屋に戻り、俺はその不気味な篭手を床の真ん中にそっと置いた。
リリはその篭手を見た瞬間、さっと顔を青ざめさせ、弾かれたように俺の後ろへと隠れた。その小さな体は、小刻みに震えている。
「おにいちゃん……だめ。その子、すごく、嫌な感じがする……」
「嫌な感じ?」
「うん……」
リリは俺の服の裾をぎゅっと握りしめながら、篭手を睨みつけていた。
「すごく、すごく怒ってる。それに、すごく悲しんでる。悔しい、憎いって、ずっと叫んでる。ドロドロの、黒いキラキラをしてる……。お願い、それに触っちゃ、だめ」
リリの警告に、俺も背筋に冷たいものが走るのを感じた。彼女の『目』が、これほどまでに強い拒絶反応を示すのは初めてのことだ。
これは、ただの古い武具ではない。何か、特別な曰く付きの品であることは間違いだろう。
捨てるべきか……?
だがこの得体のしれないオーラの根源を知りたいという、冒険者としての好奇心もまた、強く頭をもたげていた。それに、こんな危険物を、街に野放しにしておくわけにもいかない。
「大丈夫だ、リリ。直接は触らない。だが、こいつの正体を確かめる必要がある」
俺はリリを安心させるように言うと、篭手から数歩距離を取り、深く息を吸い込んだ。そして、神経を集中させ、《武具分解》のスキルを発動させた。
その瞬間――部屋の空気が変わった。
「……ッ!?」
篭手から、まるで亡霊の叫びのような、甲高い金属音が迸る。「キィィィィン!」という耳障りなその音は、物理的な音波というよりも、精神に直接響いてくるかのようだった。
リリは「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて、俺の背中にさらに強くしがみつく。
篭手そのものが分解されることを、まるで一個の生命体のように拒絶している。俺のスキルに対して、明確な抵抗を示しているのだ。俺は歯を食いしばり、さらに強く魔力を込める。
「……ッ!」
すると篭手は断末魔のように激しく震え始め、その表面に刻まれた無数の傷から、黒い霧のようなものが滲み出し始めた。それは、怨嗟や絶望といった、負の感情が形になったかのような、禍々しいオーラだった。
霧は部屋の中に立ち込め、ランプの光を鈍らせ、温度すらも数度下がったかのように錯覚させた。
やがて抵抗が限界に達したのか、篭手はひときわ甲高い悲鳴を上げると、ガラスが砕け散るように霧散した。後には静寂と、床に転がる一つの光の玉だけが残された。
それは、今まで俺が見てきたどんな特性の光とも、全く異質だった。
赤でもなく、青でもなく、緑でもない。それは、光を放っているというよりも、むしろ、光を喰らっているかのような、絶対的な紫黒。まるで、虚無そのものが凝縮し、形を成したかのような、不吉な輝きを宿していた。
見つめているだけで、魂が吸い込まれそうになる。
俺は、唾を飲み込み、恐る恐るその特性を覗き込んだ。
『――特性《怨念の力(中)》を抽出しました』
《怨念の力》……初めて見る特性だ。
見るからに禍々しいオーラを感じる。
「……とんでもないものを、呼び覚ましてしまったな」
これは使ってはいけない力だ。人の手には余る、呪いそのものだ。
俺はこの危険極まりない特性をどう処理すべきか、額に滲む冷や汗を拭いながら、深く頭を悩ませた。
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