三つ滝の宿

小説練習家

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序章

無機質なゴンドラ

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山頂行きのゴンドラは、思っていたよりも小さく、ゆっくり進んだ。
山麓の駅舎に止まっていたのは、客車というよりも箱に近い、簡素な造りの物が一台だけ。係員の姿も見えず、扉は自動で開き、また静かに閉じた。

──全自動、か。

案内板によれば、山頂までおよそ十分。途中で止まることはない。上りも下りも、この一本だけが淡々と役目を果たすらしい。観光地にしては、随分と割り切った造りだ。

ゴンドラが一度山頂から下り始めると、また山頂へ戻ってくるには二十分もかかることになる。
せめてもう一台あれば便利なのだがな。
と、ふと思う。

発車の衝撃はほとんどなかった。気付けば足元がゆっくりと地面から離れ、窓の外で木々が沈んでいく。

高度が上がるにつれて、空気が変わった。湿り気を帯びた冷たさが、ガラス越しでも伝わってくる。

やがて、例の滝が見えた。

三つ滝。
この地の名の由来にもなっているその山は、遠目にもはっきりと特徴的だった。岩肌を縫うように、三段に連なった白い筋が見える。

上段、中段、下段。滝はそれぞれ独立していながら、一本の流れとしてまとまりを持っていた。

なるほど、これは売りになる。

ゴンドラは一定の速度を保ったまま進み続ける。
早くも遅くもならない。
人の意思が介在しないというのは、こういう感覚なのだろう。
十分という時間が、やけに正確に、やけに無機質に流れていく。

夜に夜景を見に行きたかったな。
どうやら、聞いた話によると、この山では冬になると、夜霧が一面に張り詰めて危ないらしい。

滝を眺め、谷を覗き、雲の影が山腹を横切るのを追っているうちに、終点は突如現れた。
山頂の駅舎は、必要最低限の大きさしかない。景色を堪能するための場所であって、長居するための場所ではないらしい。

一通り景色を眺め、写真を数枚撮ってから、同じゴンドラで引き返した。下りも十分。時間は寸分違わず、予定通りに消費された。

山麓に戻ると、例の旅館はすぐに分かった。
山の麓に寄り添うように建ち、正面の大きな窓からは、三つ滝がほぼ正面に見える。
計算された配置だ。偶然ではない。

チェックインを済ませ、部屋に荷物を置いたあと、私は真っ先に温泉へ向かった。

露天風呂に足を踏み入れた瞬間、肩から力が抜けた。
湯気の向こうに、滝の白がぼんやりと浮かんでいる。昼間の滝は穏やかで、ただ静かに水を落としているように見えた。

湯に身を潜ませると、山の冷えが一気にほどけていく。
耳を澄ませば、遠くで水の落ちる音が三つ、重なって聞こえる。規則正しく、しかし、絶妙に違うリズムで。

──三つ、か。

私は目を閉じた。
この宿は、景色も、時間も、音も、全てがきちんと整理されている。
少なくとも、今の所は。
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