三つ滝の宿

小説練習家

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分岐B

察し(B)

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黒川が見守る中、玄関ホールの会話は途切れがちになった。

誰もが次に何をすべきか分からず、ただ立ち尽くしている。そんな沈黙を破ったのは、ガラス越しに外を見ていた若者の声だった。

「……なあ」

低く、戸惑いを含んだ声。

「外、なんか止まってないか?」

全員の視線が、一斉に玄関の外へ向いた。

山麓駅の脇、ゴンドラの発着場近くに、見慣れない車が一台。白と黒の配色が、冬の景色の中でやけに浮いて見える。

「え……あれって……」

「警察じゃない?」

誰かがそう口にした瞬間、空気が張り詰めた。

「なんで警察が、こんなとこに……?」

若者たちは顔を見合わせる。誰も答えられない。
その中で、隼人だけが黙ったまま、外を凝視していた。

「……ちょっと、聞いてくる」

そう言ったのは、先ほどまで恵美の名前を何度も口にしていた女性だった。
玄関へ向かって歩き出す。

「待って。俺も行く」

背の高い男が、慌てて後を追う。

黒川は一拍遅れて、二人の後ろについた。
距離を保ち、会話に割り込まない位置を選ぶ。

玄関を出ると、冷たい冬の空気が頬を打った。
警官は二人。ゴンドラの駅舎を背に、何かを待つように立っている。

若者が声をかけた。

「あの……すみません。こちらの宿の者なんですが……」

警官の一人が振り返り、穏やかな表情で頷いた。

「はい。何か?」

「その……警察の方がいらっしゃるって聞いて」
言葉を選ぶように、一度息を吸う。
「何か、あったんですか?」

警官は、少しだけ視線を駅舎の方へ向けた。

「実は、山の頂上付近で遺体があるという通報がありまして」

淡々とした声。

「確認に向かいたいのですが、ゴンドラの運行が珍しく三十分ほど遅れていて、ここで待機しているところです」

「どうやら今朝、不具合で一度止まったみたいで」

若者たちの間に、はっきりとした動揺が走った。

「……遺体?」

誰かが、かすれた声で繰り返す。

隼人が、一歩前に出た。

「……その」
喉が鳴る。
「通報のあった遺体って……性別は、分かってますか」

警官は一瞬、言葉を探すように間を置いた。
それから、事務的に答える。

「現時点の情報では、女性とのことです」

その言葉が落ちた瞬間、若者たちの顔色が変わった。

誰も声を出さない。
否定も、確認も、できない。

黒川は、その沈黙の重さを、はっきりと感じ取っていた。

──同じ名前を、誰も口にしない。
だが、誰もが同じ人物を思い浮かべている。

遠くで、ゴンドラの到着を告げる低い音が、山に反響した。

隼人は、拳を強く握りしめたまま、動かなかった。

その背中を見つめながら、黒川は悟る。

──彼女は、二度と、この宿へは帰ってこない。

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