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結末
結末(1)
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広間に集められたのは、夕食後だった。
警察の指示で、関係者全員が同じ空間に揃えられている。
刑事が、重い沈黙を破る。
「まず言っておきます。
今回の事件は、事故ではありません」
ざわ、と空気が揺れた。
「そして──」
刑事は一呼吸置く。
「この中に、犯人がいます」
誰かが息を呑み、誰かが目を伏せた。
疑念が、一斉に広がる。
その横で、黒川が一歩前に出る。
「被害者、赤司恵美さんは、深夜、山頂へ呼び出されています」
全員の視線が集まった。
「相手は、顔見知り。警戒せず、ゴンドラに同乗する程度には信頼していた人物です」
刑事が補足する。
「山頂到着後、背後からロープをかけられ、首を絞められた。」
「死亡推定時刻は、午前六時二十分過ぎ」
黒川は、そこで一つ、重要な点を口にした。
「警察の検視で、気になる点がありました」
一同が身構える。
「──首に残っていたロープの痕です」
黒川は、淡々と言う。
「一本ではありませんでした。二本、並んでいた」
小さなざわめき。
「普通のロープなら、痕は一本になる。
しかし、今回は違った」
刑事が続ける。
「二本の圧痕が、ほぼ等間隔で残っていた」
黒川は、顔を上げながら続ける。
「ここで、少し話を変えます」
「私が皆さんの調書を読み返していた時、
ある"趣味"が引っかかりました」
一瞬の沈黙。
「そこで、私はネットで調べたんです。
『キャニオニング』」
黒川は、調べた内容を噛みしめるように語る。
「キャニオニング(Canyoning)とは、
渓谷を舞台に、川の流れに沿って下るアクティビティ。
"滝つぼへジャンプ"し、
"ロープで岩場を下降する"遊びです」
そして──
「キャニオニングでよく使われるのが、
ツインロープ」
刑事が頷く。
「二本一組で使うロープです。
安全性を高めるため、二本同時に体を支える」
黒川は、静かに結論へ導く。
「ツインロープを使えば、
首には"二本分の痕"が残る」
一気に空気が冷えた。
「さらに」
刑事が証拠袋を机に置く。
「現場の岩肌には、不自然な削れ跡。
自然侵食ではなく、人が体重をかけた痕跡です」
別の袋。
「古い木製の柵の破片。
とある人物の衣服から検出されています」
黒川は、ゆっくりと一人を見る。
「宮下颯太さん」
颯太の肩が、わずかに跳ねた。
「あなたは、キャニオニング経験者ですね」
「……趣味だって言っただけだ」
「十分です」
黒川は穏やかに続ける。
「ツインロープの扱い。岩場での下降。滝への飛び込み」
黒川が締めくくる。
「あなたは恵美さんを山頂に呼び出し、
ゴンドラ内で何かの説得を試みた。
しかし交渉は決裂。
ツインロープで殺害し、
証拠を滝に沈め、
自らも滝へ飛び込んで宿へ戻った」
「そして、濡れた体と滝の匂いを誤魔化すために
風呂へ入った」
──あの時のことが、脳裏をよぎる。
(風呂で、
不自然なほど香ったあの"水臭さ")
颯太は、何も言えない。
「最後に──
あなたの今履いている靴と現場に残っていた足跡」
一歩、踏み出す。
「形を合わせてみれば、
おそらくぴったり合うはずです」
完全な沈黙。
誰も、颯太を庇わなかった。
──
「……あいつが悪いんだ」
宮下颯太は、床を睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。
「俺は……普通に生きたかっただけなんだ」
誰も口を挟まない。
警察官ですら、ただ黙って見ていた。
「最初は、ゲームだったんだよ」
かすれた声で、颯太は続ける。
「オンラインのゲームで知り合って……恵美とは、そこで話すようになった。
向こうも暇そうでさ、夜になるとよく通話してた」
一瞬、顔を上げる。
「でも、途中で喧嘩した。
価値観が合わないっていうか……もう冷めてた」
拳が、ぎゅっと握られる。
「その頃に、今の彼女と出会ったんだ。
相談してるうちに……好きになった」
声が震え始める。
「俺はちゃんと選んだ。
恵美とは、終わったと思ってた」
誰かが、息を呑む。
「……でも、あいつは違った」
颯太の顔が歪む。
「別れたあとも、メッセージを送ってきてさ。
無視しても、消しても、何度も」
唇を噛みしめる。
「最近になって……俺が結婚するって話を、どこからか聞きつけたんだ」
ゆっくりと、首を振る。
「そしたら急に、態度が変わった」
声が低くなる。
「不倫してたこと、全部バラすって」
ざわ、と周囲が揺れる。
「ゲームの仲間にも、職場にも、婚約者にも、全部言うって。スクショも残ってるって」
颯太は、乾いた笑いを漏らした。
「……俺の人生、終わるだろ」
視線が宙を彷徨う。
「だから、頼んだんだよ」
ゴンドラの中を思い出すように、目を閉じる。
「もうやめてくれって。
過去のことだろって。
結婚も決まってる、今さら壊すなって」
一拍。
「でも、あいつは笑った」
喉が鳴る。
「"山の上で、ちゃんと話そう"って」
沈黙が落ちる。
「……頭に血が上った」
肩が、小さく揺れた。
「俺は……怖かったんだ。全部奪われる気がして」
声が、ほとんど囁きになる。
「山頂で、また言われた。
"言うのをやめてほしいんだったら、私に何かしてくれないとね?"って」
その先を、誰も促さない。
「……気づいたら、ロープをかけてた」
両手を見る。
「力、入れすぎたんだと思う。
抵抗された感触は……正直、あんまり覚えてない」
沈黙。
「終わったって思った瞬間、急に現実に戻った」
震える息。
「やべぇ、って。
捕まる、終わる、全部終わるって」
顔を覆う。
「だから……投げた」
滝を思い出すように、視線を落とす。
「ロープも、自分も」
警察官が一歩前に出る。
「……俺は、幸せになりたかっただけなんだよ」
声は、もう泣き声だった。
「ちゃんと結婚して、普通に暮らして……
それだけだったのに」
黒川は、何も言わない。
ただ、その言葉の軽さと、取り返しのつかなさが、
広間全体に静かに沈んでいった。
──────────────────
➪最終章『違和感』へ
警察の指示で、関係者全員が同じ空間に揃えられている。
刑事が、重い沈黙を破る。
「まず言っておきます。
今回の事件は、事故ではありません」
ざわ、と空気が揺れた。
「そして──」
刑事は一呼吸置く。
「この中に、犯人がいます」
誰かが息を呑み、誰かが目を伏せた。
疑念が、一斉に広がる。
その横で、黒川が一歩前に出る。
「被害者、赤司恵美さんは、深夜、山頂へ呼び出されています」
全員の視線が集まった。
「相手は、顔見知り。警戒せず、ゴンドラに同乗する程度には信頼していた人物です」
刑事が補足する。
「山頂到着後、背後からロープをかけられ、首を絞められた。」
「死亡推定時刻は、午前六時二十分過ぎ」
黒川は、そこで一つ、重要な点を口にした。
「警察の検視で、気になる点がありました」
一同が身構える。
「──首に残っていたロープの痕です」
黒川は、淡々と言う。
「一本ではありませんでした。二本、並んでいた」
小さなざわめき。
「普通のロープなら、痕は一本になる。
しかし、今回は違った」
刑事が続ける。
「二本の圧痕が、ほぼ等間隔で残っていた」
黒川は、顔を上げながら続ける。
「ここで、少し話を変えます」
「私が皆さんの調書を読み返していた時、
ある"趣味"が引っかかりました」
一瞬の沈黙。
「そこで、私はネットで調べたんです。
『キャニオニング』」
黒川は、調べた内容を噛みしめるように語る。
「キャニオニング(Canyoning)とは、
渓谷を舞台に、川の流れに沿って下るアクティビティ。
"滝つぼへジャンプ"し、
"ロープで岩場を下降する"遊びです」
そして──
「キャニオニングでよく使われるのが、
ツインロープ」
刑事が頷く。
「二本一組で使うロープです。
安全性を高めるため、二本同時に体を支える」
黒川は、静かに結論へ導く。
「ツインロープを使えば、
首には"二本分の痕"が残る」
一気に空気が冷えた。
「さらに」
刑事が証拠袋を机に置く。
「現場の岩肌には、不自然な削れ跡。
自然侵食ではなく、人が体重をかけた痕跡です」
別の袋。
「古い木製の柵の破片。
とある人物の衣服から検出されています」
黒川は、ゆっくりと一人を見る。
「宮下颯太さん」
颯太の肩が、わずかに跳ねた。
「あなたは、キャニオニング経験者ですね」
「……趣味だって言っただけだ」
「十分です」
黒川は穏やかに続ける。
「ツインロープの扱い。岩場での下降。滝への飛び込み」
黒川が締めくくる。
「あなたは恵美さんを山頂に呼び出し、
ゴンドラ内で何かの説得を試みた。
しかし交渉は決裂。
ツインロープで殺害し、
証拠を滝に沈め、
自らも滝へ飛び込んで宿へ戻った」
「そして、濡れた体と滝の匂いを誤魔化すために
風呂へ入った」
──あの時のことが、脳裏をよぎる。
(風呂で、
不自然なほど香ったあの"水臭さ")
颯太は、何も言えない。
「最後に──
あなたの今履いている靴と現場に残っていた足跡」
一歩、踏み出す。
「形を合わせてみれば、
おそらくぴったり合うはずです」
完全な沈黙。
誰も、颯太を庇わなかった。
──
「……あいつが悪いんだ」
宮下颯太は、床を睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。
「俺は……普通に生きたかっただけなんだ」
誰も口を挟まない。
警察官ですら、ただ黙って見ていた。
「最初は、ゲームだったんだよ」
かすれた声で、颯太は続ける。
「オンラインのゲームで知り合って……恵美とは、そこで話すようになった。
向こうも暇そうでさ、夜になるとよく通話してた」
一瞬、顔を上げる。
「でも、途中で喧嘩した。
価値観が合わないっていうか……もう冷めてた」
拳が、ぎゅっと握られる。
「その頃に、今の彼女と出会ったんだ。
相談してるうちに……好きになった」
声が震え始める。
「俺はちゃんと選んだ。
恵美とは、終わったと思ってた」
誰かが、息を呑む。
「……でも、あいつは違った」
颯太の顔が歪む。
「別れたあとも、メッセージを送ってきてさ。
無視しても、消しても、何度も」
唇を噛みしめる。
「最近になって……俺が結婚するって話を、どこからか聞きつけたんだ」
ゆっくりと、首を振る。
「そしたら急に、態度が変わった」
声が低くなる。
「不倫してたこと、全部バラすって」
ざわ、と周囲が揺れる。
「ゲームの仲間にも、職場にも、婚約者にも、全部言うって。スクショも残ってるって」
颯太は、乾いた笑いを漏らした。
「……俺の人生、終わるだろ」
視線が宙を彷徨う。
「だから、頼んだんだよ」
ゴンドラの中を思い出すように、目を閉じる。
「もうやめてくれって。
過去のことだろって。
結婚も決まってる、今さら壊すなって」
一拍。
「でも、あいつは笑った」
喉が鳴る。
「"山の上で、ちゃんと話そう"って」
沈黙が落ちる。
「……頭に血が上った」
肩が、小さく揺れた。
「俺は……怖かったんだ。全部奪われる気がして」
声が、ほとんど囁きになる。
「山頂で、また言われた。
"言うのをやめてほしいんだったら、私に何かしてくれないとね?"って」
その先を、誰も促さない。
「……気づいたら、ロープをかけてた」
両手を見る。
「力、入れすぎたんだと思う。
抵抗された感触は……正直、あんまり覚えてない」
沈黙。
「終わったって思った瞬間、急に現実に戻った」
震える息。
「やべぇ、って。
捕まる、終わる、全部終わるって」
顔を覆う。
「だから……投げた」
滝を思い出すように、視線を落とす。
「ロープも、自分も」
警察官が一歩前に出る。
「……俺は、幸せになりたかっただけなんだよ」
声は、もう泣き声だった。
「ちゃんと結婚して、普通に暮らして……
それだけだったのに」
黒川は、何も言わない。
ただ、その言葉の軽さと、取り返しのつかなさが、
広間全体に静かに沈んでいった。
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