血と束縛と

北川とも

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第5話

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 頷いて一階に降りると、案内されてリビングに向かう。賢吾はすでに寛いだ服へと着替え、ソファに腰掛けていた。
 和彦の姿を見るなり、なぜかニヤリと笑いかけられる。
「ずいぶん、派手なTシャツを着てるな」
「……千尋のを借りたんだ。ここに寄ったのが予定外だったから……」
「ああ、騒動があったらしいな。その話は後回しだ。先に、先生に話しておくことがある」
 手で示され、和彦はやや緊張しながら賢吾の隣に腰掛ける。すでにリビングは二人きりとなり、息が詰まりそうな沈黙が流れる。だからこそ別の部屋の、組員たちの声や、気配がよく伝わってきた。
「――今日、三田村とサシで話をした」
 突然、三田村の名を出され、和彦はビクリと肩を震わせる。そんな和彦の肩に、賢吾が腕を回してきた。
「先生の護衛を外れたいと言われた」
 和彦は目を見開き、賢吾の顔を見つめる。すると賢吾は、ひどく冷ややかな笑みを浮かべた。
「言っておくが、俺から強要したわけじゃないぞ。話があると言い出したのは三田村だ。俺はてっきり、先生と寝た、と告白されるのかと思ったが――」
 思わず鋭い視線を向けると、肩にかかった賢吾の手に力が加わる。おもしろがるような口調で言われた。
「だったら三田村とは、何もないと言い切れるか?」
「それは……」
「あいつをなんとも思ってないってことはないだろ。誰よりも先生の特別な姿を見ているし、声を聞いている男だ。俺たちの行為に三田村を参加させたとき、先生の乱れっぷりは凄まじかった。――尻にあいつの指を突っ込まれて、何度イッた? 本当は、あいつのものも突っ込まれたかったんじゃないのか?」
 声を発すると、動揺がそのまま出てしまいそうだった。違う、と唇を動かすだけの否定をして顔を背けようとしたが、賢吾は許してくれなかった。あごを掴み上げられ、嫌でも見つめ合うことになる。
「三田村のことだ。自分たちの関係を疑って、俺が先生につらく当たる事態を危惧したんだろう。……なんとも思ってない相手なら、あいつは完璧に仕事をこなす。感情を揺らすことなく」
「……三田村さんは、ぼくの護衛から外れる理由を、何か言ったのか」
「武骨な自分では、先生が望むような護衛をできる自信がない、だと。あるのかないのか、よくわからない理由だ。とにかく一刻も早く、先生の護衛から外れたかったんだろう。そうまでしないといけないほど、先生に対する気持ちを抑えきれなくなっていたのかもな」
「そんなわけないだろっ」
 感情的に声を荒らげる和彦とは対照的に、賢吾は大蛇を潜ませたひんやりとした目で冷静に見つめてくる。
 あごから手が退けられて安堵する間もなく、今度は賢吾に手を握られてドキリとする。ちょうど、三田村と握り合っていたほうの手だ。
「――ベッドの上で乳繰り合っている場面を見るより、インパクトはあったな。先生と三田村が手を握り合っている場面は。先生は、浴衣がはだけたうえに、えらく色っぽい顔をしていたし」
「あんたと千尋の相手をして、疲れていただけだ……」
「なら、三田村と手を握り合っていた理由は?」
 和彦はぐっと言葉に詰まる。賢吾を前にして、上手い言い訳など思いつかなかった。
 そう、言い訳が必要なことを、自分と三田村はしたと自覚している。だから三田村は、和彦の護衛から外れたいと賢吾に申し出たのだ。
「秘密を持つ人間の表情はいいな、先生。その秘密が色恋なら、なおさらだ」
「ぼくと三田村さんはっ――」
 いきなり肩を引き寄せられ、眼前に賢吾の顔が迫ってくる。一瞬にして何を求められるのか察した和彦は、従順に深い口づけを受け入れていた。
「んっ、ふっ……」
 濡れた音を立てながら舌を絡め合い、唾液を交わす。一方的に賢吾に舌を吸われるようになる頃には、千尋との交わりでわずかに燻ぶっていた情欲の種火が、じわじわと熱を放ち始めていた。
 賢吾に唇を啄ばまれながら、ふいに囁かれる。
「――三田村と寝たいか、先生?」
 和彦が目を見開くと、賢吾に熱っぽく唇を吸われる。その間に、今囁かれた言葉を何度も頭の中で反芻していた。そしてまた賢吾に囁かれる。
「指じゃなく、あの淡々とした男の熱くなったものを、尻の奥深くまで突き刺してもらって、先生が好きな熱い液体を、たっぷり注ぎ込んでもらうんだ。あの男は、どんなふうに先生を抱くだろうな。よがって乱れる先生を、どんなふうに扱ってくれるだろうな」
 和彦の胸の奥がズキリと疼いた。考えまいとすればするほど、艶かしい想像が頭の中で繰り広げられる。
「……三田村さんは、そういうんじゃ、ない……。色恋じゃない。ただ、ぼくを支えて、受け止めているだけだ」
「色恋じゃないから、肉欲が湧かないという道理はないぜ、先生」
 顔を覗き込んでくる賢吾の目の中で、大蛇がチロッと舌を出したようだった。
 賢吾は、この状況に不快さを抱くどころか、楽しんでいる。和彦を煽ってもいる。
「欲しい、って気持ちは、見境がない。理屈じゃないんだ、欲望は。俺や千尋を見てるとよくわかるだろ。まるで野獣だ。そして先生、お前もその一員だってことだ」
「ぼくは――……」
 いつものように、自分はヤクザじゃないという台詞が出てこなかった。賢吾の、強引でありながら、そのくせ〈こちら側〉の人間にとってはひどく説得力のある言葉を、頭から否定できなかったのだ。
「――いい加減お前も、カマトトぶるのはやめろ。自分がどんな人間になったのか認めて、ヤクザらしい駆け引きを覚えるんだ」
 威嚇するように低い声で言われたあと、賢吾にきつく唇を吸われる。
 この男の〈オンナ〉らしく、和彦は熱い吐息で応えていた。

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