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第6話
(2)
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和彦が自嘲気味に洩らすと、澤村は怒ったように言った。
「相手してほしかったら、お前はもっと電話してこい。……俺が男からの電話を待つなんて、滅多にないんだからな」
たとえ、境界線のこちら側とあちら側に立ってしまったとしても、澤村とは、友人として細い糸であろうが繋がっていたかった。
立っている場所は違っても、身近で和彦と同じ目の高さで生きているのは、澤村だけなのだ。だからこそ、共有できるものがある。それを和彦は失いたくない。
失ったら、そこにいるのは、多分ヤクザという存在だ。
「本当に、乗っていかなくていいのか」
ウィンドーを下ろした澤村にそう声をかけられ、笑って和彦は頷く。レストランを出て、他に寄るところがあるという和彦に、澤村は近くまで送ると言ってくれたのだ。
何か言いたげな顔をした澤村だが、あっさりと引き下がる。
「あんまりしつこくしたら、次から会ってくれなくなるかもしれないからな」
「……悪いな」
「気にするな。元気そうな顔を見られただけで、今日は満足しておいてやる。――また、誘うからな」
「楽しみにしている」
和彦の返事に、本当かよ、と言いたげに顔をしかめた澤村だが、次の瞬間には爽やかな笑みを浮かべ、軽く手を上げて車を出す。
澤村の車が見えなくなるのを待ってから、レストランの駐車場から一台の車がスッと出てきて、和彦の横でピタリと停まる。
和彦は、素早く後部座席に乗り込んだ。
「――もっとゆっくりするかと思った」
ハンドルを握る三田村が、バックミラー越しにちらりとこちらを見る。シートに体を預けながら和彦は、緩く首を横に振った。
「相手は忙しい医者だ。こうして平日の昼間に会ってくれただけで十分だ」
「先生も、十分忙しい医者だろ」
「今日は、夕方まではそうでもない。確か――」
和彦が言おうとしていることを察したように、車を走らせながら三田村は頷く。
「組長との打ち合わせは夕方からで、それまでは先生の予定は空いている」
「あんたの予定は?」
問いかけに対する答えはなかったが、車は車線変更し、和彦のマンションとは反対方向へと走り始める。
三田村の行動が嬉しかった。澤村と会った余韻のせいか、夕方までとはいえ、部屋で一人で過ごしたくなかったのだ。
久しぶりに友人と会えて嬉しかった反面、自分の現状が痛いほど肩にのしかかってきて、少し胸が苦しい。
「……久しぶりに友人と会うと言って楽しそうにしていたのに、今は複雑な表情をしているな」
ふいに三田村に指摘され、和彦はシートに座り直す。露骨に顔に出したつもりはなかったが、三田村の目を誤魔化すことはできなかったようだ。
「いい奴なんだ、ぼくが今さっきまで会っていた友人は。だからこそ、今の暮らしについて何も言えないことが心苦しい――……、いや、違うな。隠しておくことは仕方ないと思ってるんだ。ただ、ぼくがなくした生活を、友人は送っているんだなと考えると、なんとも言えない気持ちになる」
バックミラーを通して三田村と目が合う。相変わらず、普段は感情を読ませない目だが、和彦はひどく心惹かれる。この男に癒されたくなる。
「――三田村、助手席に座りたい」
三田村は黙って車を車道脇に停め、和彦はすぐに後部座席から助手席へと移動する。
シートベルトを締めた手を、すかさず三田村にきつく握り締められ、和彦も握り返す。そうすると、強く実感できるのだ。
三田村は、自分を守ってくれる〈犬〉であり、それ以上に、自分を愛してくれる〈オトコ〉だと。
早く、この男が欲しかった。
三田村は、和彦との逢瀬のためだけに、アパートの一室を借りてくれた。ワンルームで、家具もほとんどない部屋だが、二人にはそれで十分だ。どうせ、一緒に過ごせる時間はそう多くはない。
体を重ねるだけなら場所はどこでもいいと、そう簡単に割り切れるほど、和彦と三田村は身軽ではない。それどころか、さまざまな事情やしがらみに雁字搦めになっている。その中で、逢瀬の場所としてもっとも避けなければならないのは、和彦が生活しているマンションだ。
あそこは、賢吾の縄張りだ。三田村にはそんな意識があるだろうし、和彦は誰にも言ってないが、ベッドルームにはおそらく盗聴器が仕掛けられている。
だったら手っ取り早く、どこかのホテルで――というのは、和彦を安く扱っているようでやはり抵抗があると、三田村は言ってくれた。
部屋に着くと、室内はムッとするほど暑かった。外の気温の高さと、窓を締め切っていたせいだ。ただ、室内の熱気を上回って、二人の情欲の熱は高い。
「相手してほしかったら、お前はもっと電話してこい。……俺が男からの電話を待つなんて、滅多にないんだからな」
たとえ、境界線のこちら側とあちら側に立ってしまったとしても、澤村とは、友人として細い糸であろうが繋がっていたかった。
立っている場所は違っても、身近で和彦と同じ目の高さで生きているのは、澤村だけなのだ。だからこそ、共有できるものがある。それを和彦は失いたくない。
失ったら、そこにいるのは、多分ヤクザという存在だ。
「本当に、乗っていかなくていいのか」
ウィンドーを下ろした澤村にそう声をかけられ、笑って和彦は頷く。レストランを出て、他に寄るところがあるという和彦に、澤村は近くまで送ると言ってくれたのだ。
何か言いたげな顔をした澤村だが、あっさりと引き下がる。
「あんまりしつこくしたら、次から会ってくれなくなるかもしれないからな」
「……悪いな」
「気にするな。元気そうな顔を見られただけで、今日は満足しておいてやる。――また、誘うからな」
「楽しみにしている」
和彦の返事に、本当かよ、と言いたげに顔をしかめた澤村だが、次の瞬間には爽やかな笑みを浮かべ、軽く手を上げて車を出す。
澤村の車が見えなくなるのを待ってから、レストランの駐車場から一台の車がスッと出てきて、和彦の横でピタリと停まる。
和彦は、素早く後部座席に乗り込んだ。
「――もっとゆっくりするかと思った」
ハンドルを握る三田村が、バックミラー越しにちらりとこちらを見る。シートに体を預けながら和彦は、緩く首を横に振った。
「相手は忙しい医者だ。こうして平日の昼間に会ってくれただけで十分だ」
「先生も、十分忙しい医者だろ」
「今日は、夕方まではそうでもない。確か――」
和彦が言おうとしていることを察したように、車を走らせながら三田村は頷く。
「組長との打ち合わせは夕方からで、それまでは先生の予定は空いている」
「あんたの予定は?」
問いかけに対する答えはなかったが、車は車線変更し、和彦のマンションとは反対方向へと走り始める。
三田村の行動が嬉しかった。澤村と会った余韻のせいか、夕方までとはいえ、部屋で一人で過ごしたくなかったのだ。
久しぶりに友人と会えて嬉しかった反面、自分の現状が痛いほど肩にのしかかってきて、少し胸が苦しい。
「……久しぶりに友人と会うと言って楽しそうにしていたのに、今は複雑な表情をしているな」
ふいに三田村に指摘され、和彦はシートに座り直す。露骨に顔に出したつもりはなかったが、三田村の目を誤魔化すことはできなかったようだ。
「いい奴なんだ、ぼくが今さっきまで会っていた友人は。だからこそ、今の暮らしについて何も言えないことが心苦しい――……、いや、違うな。隠しておくことは仕方ないと思ってるんだ。ただ、ぼくがなくした生活を、友人は送っているんだなと考えると、なんとも言えない気持ちになる」
バックミラーを通して三田村と目が合う。相変わらず、普段は感情を読ませない目だが、和彦はひどく心惹かれる。この男に癒されたくなる。
「――三田村、助手席に座りたい」
三田村は黙って車を車道脇に停め、和彦はすぐに後部座席から助手席へと移動する。
シートベルトを締めた手を、すかさず三田村にきつく握り締められ、和彦も握り返す。そうすると、強く実感できるのだ。
三田村は、自分を守ってくれる〈犬〉であり、それ以上に、自分を愛してくれる〈オトコ〉だと。
早く、この男が欲しかった。
三田村は、和彦との逢瀬のためだけに、アパートの一室を借りてくれた。ワンルームで、家具もほとんどない部屋だが、二人にはそれで十分だ。どうせ、一緒に過ごせる時間はそう多くはない。
体を重ねるだけなら場所はどこでもいいと、そう簡単に割り切れるほど、和彦と三田村は身軽ではない。それどころか、さまざまな事情やしがらみに雁字搦めになっている。その中で、逢瀬の場所としてもっとも避けなければならないのは、和彦が生活しているマンションだ。
あそこは、賢吾の縄張りだ。三田村にはそんな意識があるだろうし、和彦は誰にも言ってないが、ベッドルームにはおそらく盗聴器が仕掛けられている。
だったら手っ取り早く、どこかのホテルで――というのは、和彦を安く扱っているようでやはり抵抗があると、三田村は言ってくれた。
部屋に着くと、室内はムッとするほど暑かった。外の気温の高さと、窓を締め切っていたせいだ。ただ、室内の熱気を上回って、二人の情欲の熱は高い。
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