血と束縛と

北川とも

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第6話

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 別に、やましいことはしていないのだ。
 誰に対してなのか、和彦は心の中で言い訳する。やましいことはしていないはずなのに、どうしてこう、悪いことをしているような妙な罪悪感を覚えるのか――。
 ガラス張りのショールームをぐるりと見回した和彦は、落ち着かない気分で髪を掻き上げる。自意識過剰のつもりはないが、この店に着いたときから、誰かに見られているような気がして仕方ない。
 原因はわかっている。和彦についている、長嶺組の護衛のせいだ。
「――佐伯先生、どうかしましたか?」
 秦に声をかけられ、和彦はハッとする。今日は、護衛だけでなく、秦も一緒なのだ。むしろ同行者としては、秦がメインだ。
「いえ……。クリニックのインテリアを見にきたのに、つい、自分の部屋に置けるものを探してしまって……」
 苦し紛れではなく、本音も入っている和彦の言葉に、秦は柔らかな微笑を浮かべる。
「だったら、ここにお連れした甲斐はあったということですね」
「十分。オシャレなのに値段も手ごろで、おかげで買うのに臆しなくて済みます」
 家具店というより、インテリアに関するものをトータルで置いてあるインテリアショップと呼ぶほうが相応しいこの店は、秦が気に入ってよく通っているのだという。和彦も、外からよく見えるショールームを覗いたときから、買い物好きの血が騒いでいた。
 お気に入りの店に案内するという約束を、忘れず実行してくれた秦に感謝すべきだろう。おかげで、クリニックの待合室だけでなく、賢吾の趣味で統一されている和彦の自宅も、多少は模様替えができそうだ。
 それを思えば、護衛つきの外出であることも、我慢できるというものだ。
 秦に促されてソファーのコーナーに移動しようとして、和彦はもう一度辺りを見回す。
 見られている感じはするのに、肝心の護衛たちの姿が見えないのだ。こんなオシャレな場所では、スーツ姿の自分たちがうろついていては目立ってしまうだろうから、車で待機していると言っていたが――。
 ああは言っていたが、やはり物陰から見守っているのだろうかと、さきほどから姿を確認しようとしているのに、一向に見つけられない。
 自分が気にしすぎなのだろうかとも思い、和彦は首を傾げる。
「先生、どうかしましたか?」
「あっ、いえ、ぼくについてきた護衛のことが気になって……」
 この店にやってきた和彦が、護衛を二人連れているのを見ても、秦は怯えた様子を見せるどころか、大変ですねと、笑いながら言葉をかけてくれた。さすがに、和彦が出歩くときはこんなものなのだと、納得したようだ。この後、護衛同伴で夕食をともにすることも決まっていた。
「駐車場で待ってもらっているんじゃないんですか?」
「そうなんですけど、なんだかさっきから、誰かに見られているような……」
「先生に何かあったら大変だと思って、こっそりついてきているのかもしれませんね。わたしみたいな男が一緒にいても、腕っ節は頼りにならないと思われているのかも」
 秦の冗談に、つい和彦は笑ってしまう。本人はこう言っているが、長身というだけでなく、きちんと鍛えているとわかる体つきは、荒事もある程度は平気そうに見えた。少なくとも、そういう印象を他人に与える。
 決して小柄ではないが、痛みが何より苦手な和彦などより、いざとなるとよほど頼りになりそうだ。
「まあ、ぼくに何かあるはずもないので、護衛の彼らも暇なんじゃないかと――」
 ふいに、ジャケットのポケットの中で携帯電話が鳴った。取り出して見てみると、長嶺組が、和彦の護衛に就く組員に渡している携帯電話からだ。
 何事かと思いながら電話に出た和彦は、すぐに緊迫した空気を感じ取った。
「何かあったのか?」
『先生、今、トラブルが起きているんで、絶対、駐車場には来ないでください』
「トラブルって……」
『警官の職質です。駐車場に停めた車で待機していたら、突然パトカーがやってきたんです。通報があったと。いえ、車にはマズイものは置いていないので、職質されても問題はないんですが……、何かおかしい』
 この瞬間、ゾワッと鳥肌が立つような感覚が背筋を駆け抜け、和彦は身震いする。こちらの異変に気づき、和彦の肩を抱くようにして秦が顔を覗き込んできた。
『我々が迎えに行くまで、店から出ないでください。もし、警察署に連行されるような事態になったときは、組に連絡をして、別の人間を迎えにやります』
「わかった。……気をつけて」
 電話を切ったとき、和彦の顔色は真っ青になっていただろう。秦はまっさきにこう声をかけてきた。
「少し座りますか?」
「えっ……」
「この店の地下が、カフェになっているんです。ここで売っている家具や雑貨を、実際に使ってみることができますよ」
 返事をする前に秦に促されるまま、歩き出す。そのくせ、動揺のせいか、まるで自分の足で歩いている気がしない。
 店内に留まるよう言われはしたが、駐車場の様子が気になった。通報されてパトカーが駆けつけ、護衛の組員たちが職質されるなど、異常事態だ。護衛という仕事がどういったものか、和彦よりよほど知り尽くしている組員が、通報されるような言動を取るはずもなく、だったら、誰が通報したのかということになる。
「何かありましたか?」
 小声で秦に問われ、和彦は顔を強張らせたまま答える。
「護衛の人間が、駐車場でトラブルに遭ったみたいです。警官に職質を受けているらしくて」
「厄介ですね」
「ええ……。駐車場でぼくを待っていただけなのに、どうして警官を呼ばれたのか……」
「――俺が呼んだ」
 突然、聞き覚えのある声が割って入る。声質そのものは悪くはないのに、和彦の鼓膜にざらつくような不快さを与えてくる、そんな声だった。
 全身の毛が逆立つような感覚に襲われながら、ぎこちなく声がしたほうを見る。すると秦が、そんな和彦を守るように腕で庇ってくれる。
「先生、わたしの後ろにいてください」
 そう言われたが、和彦は動けなかった。意外な人物が目の前に立っていたからだ。

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