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第6話
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「あんた……」
愕然とする和彦を嘲笑うように、男は唇の端を微かに動かした。人を小馬鹿にしたような、嫌な笑みだ。だが、粗野な外見の男にはよく似合っていた。
特徴的な外見は相変わらずだ。オールバックにした癖のある長めの髪と、国籍不明の外国人のような彫りの深い顔。無精ひげはさらに伸びており、黒のソリッドシャツにジーンズというなんでもない格好なのに、近寄りがたさを放っている。秦が、一目見て警戒した理由もわかる。
「この間、長嶺のガキが、警察を呼ぶと吠えていたから、今日は俺が先に呼んでやった」
男が一歩踏み出し、和彦ではなく、秦が身構える。男は、また嫌な笑みを浮かべ、露骨に値踏みする視線を秦に向けた。
「護衛と、イイ男を伴ってお買い物とは、いいご身分だな。――長嶺のオンナってのは」
男にこう呼ばれた瞬間、和彦の体は熱くなる。血が逆流しそうだった。自分で認めている立場ではあるし、賢吾によって心と体にこの言葉は刻みつけられてもいる。だが、正体不明の男に、こんな明るい店内で呼ばれることは、屈辱でしかない。
生理的嫌悪感しか抱けない男を本当は見たくもなかったが、ギリギリのところで本能を抑えつけ、和彦は男を睨みつける。
「……ぼくの護衛が、どうして警察を呼ばれないといけないんだ」
「わからないか? お前が助けを呼びたくても、あいつらはここに駆けつけられない。昼間から、こんなところでヤクザが何をしているのか、ネチネチと聞かれているかもな。警官は、点数稼ぎでこんな仕事は嫌になるほどきっちりこなすから、すぐには解放されないぞ。そして、あいつらから切り離されたお前が一緒にいるのは、その男だけというわけだ」
咄嗟に和彦が考えたのは、秦には迷惑をかけられないということだった。
和彦が遠慮がちに向けた視線から、何を考えたのか察したらしく、人当たりのいい笑みを浮かべることの多い秦が、険しい表情を見せる。
「先生、こんな危なそうな男は相手にしないほうがいいですよ」
「だけど――」
「賢明だな。だが、そっちが相手にしなくても、こっちから殴りかかって騒動を起こせば、すぐに警官が飛んできて、面倒事になる。ヤクザのオンナの騎士を気取ったところで、いいことはないぞ」
「この人は、組とは一切関係ない」
和彦は、男にきつい眼差しを向ける。男の言葉には悪意が満ちており、それが和彦を不快にする。言葉だけではない。所作の一つ一つが、何もかもが生理的に受け付けられない。
男はスッと目を細め、和彦を見据えてくる。冷たく凍りつくような目だった。そのくせ、粘つき、ぎらつくようなものが微かに覗き見えたりもしている。どこか賢吾の持つ冷たさと似ているが、あの男の持つ冷たさは不純物が一切ない。だが、目の前に立つ男は、さまざまなものが混じり合い、濁っている。
「――善良な一般人を巻き込みたくなかったら、これから俺と二人きりで話をしろ。お前にはいろいろと聞きたいことがある」
「絶対嫌だ」
「ここで俺が騒いで、外のパトカーに一緒に乗ってみるか?」
「困ったことがあれば、すぐに長嶺の顧問弁護士に連絡するよう言われている。……得体の知れない男に脅されたときとか」
男はまた、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「あの蛇みたいな男がご執心だと聞いたときは、冗談かと思ったが、まさか、本当だったとはな。――俺がお前を連れて行ったと知ったら、さぞかし悔しがるだろうな。あの、傲慢な下衆が」
和彦は黙って携帯電話を取り出し、長嶺組の顧問弁護士の事務所にかけようとする。すかさず男が大きく前に踏み出し、和彦の手から携帯電話を払いのけた。
床に落ちた携帯電話を思わず目で追ったとき、和彦の手首は強い力で掴み上げられた。
「あっ……」
痺れるような痛みに、一瞬にして抵抗できなくなる。
「一緒に来い。ちょっとお茶を飲みながら、談笑するだけだ」
この状況でふざけたことを言う男に対して、和彦は本気で恐怖を覚える。このまま頷かなければ、手首を容赦なく捻られると思った。
人目がある場所でこんなことをして、警官と関わることにも躊躇を見せない男は何者なのか、見当をつけるのはさほど難しくない。
「あんた、もしかして――」
和彦が口を開いたそのとき、視界の隅で素早く何かが動く。次の瞬間、秦と男の姿が重なり、わずかな間を置いて秦がゆっくりと体を離す。同時に、和彦の手首を掴んでいた手からふっと力が抜けた。
「お前っ……」
低く呻いた男が前のめりとなり、腹を押さえて咳き込む。
「先生っ」
愕然とする和彦を嘲笑うように、男は唇の端を微かに動かした。人を小馬鹿にしたような、嫌な笑みだ。だが、粗野な外見の男にはよく似合っていた。
特徴的な外見は相変わらずだ。オールバックにした癖のある長めの髪と、国籍不明の外国人のような彫りの深い顔。無精ひげはさらに伸びており、黒のソリッドシャツにジーンズというなんでもない格好なのに、近寄りがたさを放っている。秦が、一目見て警戒した理由もわかる。
「この間、長嶺のガキが、警察を呼ぶと吠えていたから、今日は俺が先に呼んでやった」
男が一歩踏み出し、和彦ではなく、秦が身構える。男は、また嫌な笑みを浮かべ、露骨に値踏みする視線を秦に向けた。
「護衛と、イイ男を伴ってお買い物とは、いいご身分だな。――長嶺のオンナってのは」
男にこう呼ばれた瞬間、和彦の体は熱くなる。血が逆流しそうだった。自分で認めている立場ではあるし、賢吾によって心と体にこの言葉は刻みつけられてもいる。だが、正体不明の男に、こんな明るい店内で呼ばれることは、屈辱でしかない。
生理的嫌悪感しか抱けない男を本当は見たくもなかったが、ギリギリのところで本能を抑えつけ、和彦は男を睨みつける。
「……ぼくの護衛が、どうして警察を呼ばれないといけないんだ」
「わからないか? お前が助けを呼びたくても、あいつらはここに駆けつけられない。昼間から、こんなところでヤクザが何をしているのか、ネチネチと聞かれているかもな。警官は、点数稼ぎでこんな仕事は嫌になるほどきっちりこなすから、すぐには解放されないぞ。そして、あいつらから切り離されたお前が一緒にいるのは、その男だけというわけだ」
咄嗟に和彦が考えたのは、秦には迷惑をかけられないということだった。
和彦が遠慮がちに向けた視線から、何を考えたのか察したらしく、人当たりのいい笑みを浮かべることの多い秦が、険しい表情を見せる。
「先生、こんな危なそうな男は相手にしないほうがいいですよ」
「だけど――」
「賢明だな。だが、そっちが相手にしなくても、こっちから殴りかかって騒動を起こせば、すぐに警官が飛んできて、面倒事になる。ヤクザのオンナの騎士を気取ったところで、いいことはないぞ」
「この人は、組とは一切関係ない」
和彦は、男にきつい眼差しを向ける。男の言葉には悪意が満ちており、それが和彦を不快にする。言葉だけではない。所作の一つ一つが、何もかもが生理的に受け付けられない。
男はスッと目を細め、和彦を見据えてくる。冷たく凍りつくような目だった。そのくせ、粘つき、ぎらつくようなものが微かに覗き見えたりもしている。どこか賢吾の持つ冷たさと似ているが、あの男の持つ冷たさは不純物が一切ない。だが、目の前に立つ男は、さまざまなものが混じり合い、濁っている。
「――善良な一般人を巻き込みたくなかったら、これから俺と二人きりで話をしろ。お前にはいろいろと聞きたいことがある」
「絶対嫌だ」
「ここで俺が騒いで、外のパトカーに一緒に乗ってみるか?」
「困ったことがあれば、すぐに長嶺の顧問弁護士に連絡するよう言われている。……得体の知れない男に脅されたときとか」
男はまた、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「あの蛇みたいな男がご執心だと聞いたときは、冗談かと思ったが、まさか、本当だったとはな。――俺がお前を連れて行ったと知ったら、さぞかし悔しがるだろうな。あの、傲慢な下衆が」
和彦は黙って携帯電話を取り出し、長嶺組の顧問弁護士の事務所にかけようとする。すかさず男が大きく前に踏み出し、和彦の手から携帯電話を払いのけた。
床に落ちた携帯電話を思わず目で追ったとき、和彦の手首は強い力で掴み上げられた。
「あっ……」
痺れるような痛みに、一瞬にして抵抗できなくなる。
「一緒に来い。ちょっとお茶を飲みながら、談笑するだけだ」
この状況でふざけたことを言う男に対して、和彦は本気で恐怖を覚える。このまま頷かなければ、手首を容赦なく捻られると思った。
人目がある場所でこんなことをして、警官と関わることにも躊躇を見せない男は何者なのか、見当をつけるのはさほど難しくない。
「あんた、もしかして――」
和彦が口を開いたそのとき、視界の隅で素早く何かが動く。次の瞬間、秦と男の姿が重なり、わずかな間を置いて秦がゆっくりと体を離す。同時に、和彦の手首を掴んでいた手からふっと力が抜けた。
「お前っ……」
低く呻いた男が前のめりとなり、腹を押さえて咳き込む。
「先生っ」
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