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第7話
(15)
しおりを挟む昨日買ったばかりの携帯電話を通して、忌々しいほど魅力的なバリトンが語りかけてきた。
『たっぷり休めたか、先生?』
昼間だというのに、いまだに怠惰にベッドに潜り込んでいた和彦は、寝癖がついたぐしゃぐしゃの髪を乱暴に掻き上げる。
「……患者に異変が?」
『いいや、落ち着いているという報告を受けている』
「だったら――」
『こちらが望む以上の働きをしてくれたご褒美に、デートに誘いたい。今すぐ準備をしろ』
またこのパターンかと思い、和彦はクッションに片頬を押し当てた。
「嫌だ。今日は夕方までのんびりしてから、患者を診る予定なんだ」
千尋と携帯電話を買い替えに行ったあと、結局和彦は、疲れ果てた体を引きずるようにして昼食込みのデートにつき合ったのだ。早く眠りたいという気持ちもあったが、何日ぶりかで患者の容態以外のことを話し、犬っころのようにじゃれついてくる千尋との空気に触れていると、疲れがいくらか癒されるようだった。
一人で部屋に戻ってからは、すぐにシャワーを浴びてベッドに潜り込み、こうして賢吾の電話で起こされるまで、ほぼ丸一日眠っていたことになる。
『冷たいな。俺の息子には、疲れてボロボロになっていても、デートにつき合ってやったんだろ? 新しい携帯電話は、同じ機種の色違い。ストラップはお揃い、だったか? 昨夜、千尋がたっぷり自慢してくれた』
「……仲いいな。あんたたち父子」
電話の向こうから、機嫌のよさそうな笑い声が聞こえてきた。
『息子に先を越されて悔しいから、俺も同じ機種で、先生と同じ色に替えた。俺は、ストラップはつけない主義なんだ』
自分が今話しているのは、本当にヤクザの組長なのだろうかと、一瞬疑いたくなるような会話だ。
『先生のために、ここまでする男がいるんだ。デートにつき合ってくれてもいいだろ』
「嫌だと言っても、強引につき合わせる気だろ」
この瞬間、前触れもなく寝室のドアが開き、電話越しに聞いていたバリトンが、直接耳に届いた。
「――その通り。さすが先生、よくわかっている」
咄嗟に反応できず、ベッドの上で硬直する和彦を、傍らまで歩み寄ってきた賢吾がおもしろそうに見下ろしてくる。実に自然に手から携帯電話が取り上げられた。そして、当然のようにベッドに押さえつけられ、ゆっくりと賢吾がのしかかってくる。
「……十日も働き通しだった医者を労わってやろうという優しさは、ないのか?」
無駄だと思いつつ和彦がこう言うと、賢吾はニッと笑う。
「可愛いオンナを愛してやろうという欲望は、溢れるほどあるぞ」
「なん、だ、それ……」
「先生こそ、十日も禁欲を通した男を労ってやろうという気はないのか? しかも、労う相手は俺一人じゃないぞ」
和彦の体からブランケットを剥ぎ取った賢吾が、ドアのほうを振り返る。つられて和彦もそちらを見ると、ドアのところに三田村が立っていた。
この状況には、嫌というほど覚えがあった。和彦と三田村との間で特別な交流があると賢吾に知られたとき、仕置きとばかりに、三田村の見ている前で抱かれた。挙げ句、賢吾に貫かれながら、三田村によって絶頂に導かれ、後始末までされたのだ。
顔を強張らせた和彦を見下ろしながら、賢吾が楽しそうに目を細める。この男の本性が現れているような、ゾクゾクするほど残酷な表情だ。
「そんな顔するな。先生と三田村の関係は、俺公認だ。ビクビクする必要はないだろ」
和彦の頬を撫でながら賢吾がそう囁き、柔らかく唇を吸い上げてくる。油断ならない手は、すでに和彦が着ているTシャツをたくし上げ、素肌を撫で回していた。
寝起きで鈍いはずの神経は、賢吾の手が動くたびに覚醒させられ、高められていく。強引にTシャツを脱がされて深く唇を塞がれる頃には、おそろしく肌が敏感になっていた。たったこれだけで、官能が刺激されたのだ。
スウェットパンツと下着をまとめて賢吾に引き下ろされ、傲慢な手つきで和彦のものは握られる。
「あうっ……」
思わず反らした喉元をねっとりと賢吾に舐め上げられ、そのまま口腔に無遠慮に舌が差し込まれた。
濃厚な口づけを与えられながら下肢を剥かれると、もう和彦に抗う術はない。三田村が見ている前で、賢吾を受け入れるしかない。
疲れ果てて帰ってきて、ようやく体を休められたと思ったら、こんな仕打ちを受けるなんて――と、本来なら屈辱と羞恥に震えるはずだった。だが和彦は、すぐに自分の身に起こっている異変に気づく。
何も身につけていない体を賢吾に押さえつけられ、舌を絡め合いながら、三田村の強い視線を感じていた。その視線に、狂おしい愉悦を覚える。
「あっ、あっ……」
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