血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
124 / 1,289
第7話

(15)

しおりを挟む




 昨日買ったばかりの携帯電話を通して、忌々しいほど魅力的なバリトンが語りかけてきた。
『たっぷり休めたか、先生?』
 昼間だというのに、いまだに怠惰にベッドに潜り込んでいた和彦は、寝癖がついたぐしゃぐしゃの髪を乱暴に掻き上げる。
「……患者に異変が?」
『いいや、落ち着いているという報告を受けている』
「だったら――」
『こちらが望む以上の働きをしてくれたご褒美に、デートに誘いたい。今すぐ準備をしろ』
 またこのパターンかと思い、和彦はクッションに片頬を押し当てた。
「嫌だ。今日は夕方までのんびりしてから、患者を診る予定なんだ」
 千尋と携帯電話を買い替えに行ったあと、結局和彦は、疲れ果てた体を引きずるようにして昼食込みのデートにつき合ったのだ。早く眠りたいという気持ちもあったが、何日ぶりかで患者の容態以外のことを話し、犬っころのようにじゃれついてくる千尋との空気に触れていると、疲れがいくらか癒されるようだった。
 一人で部屋に戻ってからは、すぐにシャワーを浴びてベッドに潜り込み、こうして賢吾の電話で起こされるまで、ほぼ丸一日眠っていたことになる。
『冷たいな。俺の息子には、疲れてボロボロになっていても、デートにつき合ってやったんだろ? 新しい携帯電話は、同じ機種の色違い。ストラップはお揃い、だったか? 昨夜、千尋がたっぷり自慢してくれた』
「……仲いいな。あんたたち父子」
 電話の向こうから、機嫌のよさそうな笑い声が聞こえてきた。
『息子に先を越されて悔しいから、俺も同じ機種で、先生と同じ色に替えた。俺は、ストラップはつけない主義なんだ』
 自分が今話しているのは、本当にヤクザの組長なのだろうかと、一瞬疑いたくなるような会話だ。
『先生のために、ここまでする男がいるんだ。デートにつき合ってくれてもいいだろ』
「嫌だと言っても、強引につき合わせる気だろ」
 この瞬間、前触れもなく寝室のドアが開き、電話越しに聞いていたバリトンが、直接耳に届いた。
「――その通り。さすが先生、よくわかっている」
 咄嗟に反応できず、ベッドの上で硬直する和彦を、傍らまで歩み寄ってきた賢吾がおもしろそうに見下ろしてくる。実に自然に手から携帯電話が取り上げられた。そして、当然のようにベッドに押さえつけられ、ゆっくりと賢吾がのしかかってくる。
「……十日も働き通しだった医者を労わってやろうという優しさは、ないのか?」
 無駄だと思いつつ和彦がこう言うと、賢吾はニッと笑う。
「可愛いオンナを愛してやろうという欲望は、溢れるほどあるぞ」
「なん、だ、それ……」
「先生こそ、十日も禁欲を通した男を労ってやろうという気はないのか? しかも、労う相手は俺一人じゃないぞ」
 和彦の体からブランケットを剥ぎ取った賢吾が、ドアのほうを振り返る。つられて和彦もそちらを見ると、ドアのところに三田村が立っていた。
 この状況には、嫌というほど覚えがあった。和彦と三田村との間で特別な交流があると賢吾に知られたとき、仕置きとばかりに、三田村の見ている前で抱かれた。挙げ句、賢吾に貫かれながら、三田村によって絶頂に導かれ、後始末までされたのだ。
 顔を強張らせた和彦を見下ろしながら、賢吾が楽しそうに目を細める。この男の本性が現れているような、ゾクゾクするほど残酷な表情だ。
「そんな顔するな。先生と三田村の関係は、俺公認だ。ビクビクする必要はないだろ」
 和彦の頬を撫でながら賢吾がそう囁き、柔らかく唇を吸い上げてくる。油断ならない手は、すでに和彦が着ているTシャツをたくし上げ、素肌を撫で回していた。
 寝起きで鈍いはずの神経は、賢吾の手が動くたびに覚醒させられ、高められていく。強引にTシャツを脱がされて深く唇を塞がれる頃には、おそろしく肌が敏感になっていた。たったこれだけで、官能が刺激されたのだ。
 スウェットパンツと下着をまとめて賢吾に引き下ろされ、傲慢な手つきで和彦のものは握られる。
「あうっ……」
 思わず反らした喉元をねっとりと賢吾に舐め上げられ、そのまま口腔に無遠慮に舌が差し込まれた。
 濃厚な口づけを与えられながら下肢を剥かれると、もう和彦に抗う術はない。三田村が見ている前で、賢吾を受け入れるしかない。
 疲れ果てて帰ってきて、ようやく体を休められたと思ったら、こんな仕打ちを受けるなんて――と、本来なら屈辱と羞恥に震えるはずだった。だが和彦は、すぐに自分の身に起こっている異変に気づく。
 何も身につけていない体を賢吾に押さえつけられ、舌を絡め合いながら、三田村の強い視線を感じていた。その視線に、狂おしい愉悦を覚える。
「あっ、あっ……」

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂
BL
この世の全てが手に入る者たちが、永遠に手に入れられないたった一つのものの話。 前野の血を引く人間は、人を良くも悪くもぐちゃぐちゃにする。その血の呪いのせいで、後田宗介の主人兼親友である前野篤志はトラブルに巻き込まれてばかり。 この度編入した金持ち全寮制の男子校では、学園を牽引する眉目秀麗で優秀な生徒ばかり惹きつけて学内風紀を乱す日々。どうやら篤志の一挙手一投足は『大衆に求められすぎる』天才たちの心に刺さって抜けないらしい。 天才たちは蟻の如く篤志に群がるし、それを快く思わない天才たちのファンからはやっかみを買うし、でも主人は毎日能天気だし。 そんな主人を全てのものから護る為、今日も宗介は全方向に噛み付きながら学生生活を奔走する。 これは、天才の影に隠れたとるに足らない凡人が、凡人なりに走り続けて少しずつ認められ愛されていく話。 2025.10.30 第13回BL大賞に参加しています。応援していただけると嬉しいです。 ※王道学園の脇役受け。 ※主人公は従者の方です。 ※序盤は主人の方が大勢に好かれています。 ※嫌われ(?)→愛されですが、全員が従者を愛すわけではありません。 ※呪いとかが平然と存在しているので若干ファンタジーです。 ※pixivでも掲載しています。 色々と初めてなので、至らぬ点がありましたらご指摘いただけますと幸いです。 いいねやコメントは頂けましたら嬉しくて踊ります。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...