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第13話
(6)
しおりを挟む「――俺との約束を忘れたのかと思ったぞ」
春巻を一口食べて、味に納得したように頷いてから、唐突に澤村が切り出す。和彦は苦笑を洩らしながら、酢豚を堪能する。値段が手頃なランチメニューなのだが、値段以上の価値がある味だ。
先日、中嶋に連れてきてもらってディナーを食べた中華料理店に、ぜひもう一度訪れたいと思っていたところだったので、澤村とランチを一緒に、という約束を果たすには、うってつけの店だろう。
店はホテル内にあるため、常にさまざまな人が行き交っている。そのため、護衛をホテルの駐車場に待機させておいても目立たない。和彦の予定としては、食事後、澤村と別れてからは、ホテル内で買い物をするつもりだった。
「仕事で忙しかったんだ。それに、友人の相談に乗ったりしていた」
「ほお、友人……。新しい職場でできたのか」
「……まあな」
テーブルを挟んで、和彦と澤村の間に微妙な空気が流れる。情報を隠そうとする者と、なんとか探ろうとする者との、軽いジャブの応酬といったところだろう。
和彦のガードが堅いと悟ったのか、澤村は肩を竦めて春巻の残りを食べる。
「いいさ。相変わらず元気そうだし、何より、いい物を着ている。少なくとも、荒んだ生活を送っているようには見えない」
「荒んだ、か。澤村先生がどんなことを想像していたのか、聞くのが怖いな」
「俺にこんな心配をさせたくなかったら、来月もランチにつき合えよ」
「そうだな。年明けから、ぼくも忙しくなりそうだから、友人とゆっくりバカ話できるうちに、楽しんでおこう」
「知的な会話と言えよ」
かつてのように澤村と、他愛ない会話を交わしながら、笑い合う。
澤村と会うまでは、今の生活を気取られるのではないかと身構え、緊張もするのだが、こうして会って話してしまえば、ほっとするし、楽しい。自分は何を心配していたのかとすら思えてくる。
だが、かつては毎日味わっていた気楽な時間も、そろそろ終わりに近づいてきた。
食器が下げられ、代わって、デザートの杏仁アイスクリームが運ばれてくる。
わずかな寂しさを覚えながら和彦がスプーンを取ろうとしたとき、異変を感じた。ハッとして周囲を見回すが、気づいたのは和彦一人なのか、同じような行動を取っている人間はいない。みんな、食事と会話を楽しんでいるようだ。
「どうかしたのか、佐伯」
澤村に声をかけられ、和彦は正面に向き直る。
「いや……、なんか、変な気配を感じたというか……」
「気配?」
「気のせいかな。誰かに見られていたような感じがしたんだ」
そう答えながら、もう一度周囲に視線を向ける。
「お前、疲れてるんじゃないか。意外に神経質なところがあるからな。それで神経が過敏になってるってことはないか?」
「……ああ、そうかもしれない」
表の世界から、裏の世界へと引きずり込まれたときから、和彦は庇護される存在となった。守られることが、当たり前の生活となったのだ。その生活に慣れてしまうと、組の人間から離れて行動することに多少の不安感を覚える。
友人と楽しい時間を過ごしていながら、その不安感は消えなかったらしい。
「あまり気にするなよ。少なくともお前以外は気づいてないみたいだし」
「そう、だな……」
そう答えはしたものの、実は釈然としなかった。もしかすると和彦が気づかない間にも、〈誰か〉の視線は、自分にまとわりついていたのかもしれないのだ。そう思うと、少し不気味だった。
和彦の一言が水を差した形となり、なんだかぎこちない空気となる。デザートを黙々と食べるだけで、会話が弾まない。
結局そんな空気を引きずったまま、約束通り今回は、和彦が二人分の支払いを済ませて店を出る。すると、和彦ではなく澤村が、ほっとしたように大きく息を吐き出した。目が合うと、店内でのことなど忘れたように笑いかけてきた。
「来月は、俺が知っている美味い店に連れて行ってやる。ただし、クリスマス時期は外すからな。俺とクリスマスを過ごしたがる女の子たちを、寂しがらせるわけにはいかない」
甘い笑みが似合う整った顔立ちで、女の扱いも上手く、サービス精神も旺盛な澤村が言うと、冗談には聞こえない。もしかすると本当に、澤村のクリスマスのスケジュールは時間単位で埋まるかもしれない。
「……はいはい。澤村先生が大変おモテになることは、存じております」
「慇懃無礼とは、まさにこのことだな、お前……」
澤村と並んでエレベーターへと向かいながら、和彦は内心で驚いていた。今言われるまで、来月のクリスマスなどまったく忘れていたからだ。
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