血と束縛と

北川とも

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第13話

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 快感で狂わされた和彦は、賢吾の淫らな攻めに耐えられなかった。内奥を突き上げられ、柔らかな膨らみを強く愛撫されながら、啜り泣いていた。泣きながら――。
 強烈な感覚が蘇り、和彦は身震いする。そんな和彦に再び深い口づけを与えてから、賢吾はバリトンの魅力をもっとも引き出す淫らな言葉を、耳元で囁いてきた。
「〈あれ〉は、やみつきになりそうなほど、ヤバイな。だからこそ、俺と先生だけの秘密だ。……俺だけが知っている、先生の姿だ。〈あれ〉の最中の声も表情も、体の震わせ方も、何もかも絶品だった。尻の締まり方もな」
 激しい羞恥のため、全身が熱い。もしかすると、言葉だけで官能が刺激されているのかもしれないが、和彦としては認めるわけにはいかない。
 賢吾が与えてきた快感は、屈辱でもあるのだ。だからこそ、賢吾を満足させたのだろう。とにかく賢吾は、機嫌がよかった。
「先生の乱れ方を見ていたら、お仕置きとしても使えるかもしれないと思ったんだが……」
 一瞬、賢吾の言葉にドキリとしてしまう。やましいことはないと断言できる生活を送っているつもりだが、少しだけ気にかかることはある。
 中嶋の存在だ。戯れのようなキスを二回交わしており、そのことを和彦は、賢吾に告げていない。たかがキス――というのは語弊があるが、悪いことをしたというより、中嶋の繊細な部分を賢吾に踏み荒らされたくないと思っているのだ。
 だから、やましいことはないと断言できる反面、正直に告げられないという、奇妙な状況に陥っている。
「……お仕置きされるようなことを、ぼくがあんたにすると?」
 羞恥と屈辱を押し殺し、和彦はきつい眼差しを向ける。賢吾はなんとも残酷な笑みを唇に浮かべてから、和彦のあごの下をくすぐった。
「それも、そうだな。先生は、大事で可愛いオンナだ。それに、憎まれ口を叩きながらも、俺に従順だ」
 従順の証を求められた気がして、和彦は賢吾の頬に手をかけると、自分から唇を重ねる。そこまでしてやっと、賢吾は満足したようだ。肩を抱かれたままではあるものの、愛撫はやめてくれる。
 肩から力を抜いた和彦は、賢吾の膝に手を置いた状態で問いかけた。
「――それで、ぼくはどこに連れて行かれるんだ」
「長嶺の傘下の組が、内輪で跡目の披露式をやるんだ。そこに顔を出す」
 ダークスーツの理由が、これで判明した。ただし和彦は、昨日、澤村と食事をするために選んだ、明るいグレーとブラックのストライプのスーツ姿だ。まさか、本宅に泊まったうえに、こうして賢吾に連れ出される事態になるとは、思いもしなかったのだ。
 思わず自分の格好を見た和彦に、賢吾が言った。
「よく似合ってるぞ、先生」
「前に、千尋が選んでくれたんだ」
「さすが、俺の息子だ。好みが一緒だ」
 そういうことは別に知りたくないと、和彦がちらりと視線を向けた先で、賢吾は唇の端をわずかに動かした。
「心配しなくても、仰々しい場じゃない。あくまで内輪での祝い事に、俺が祝い酒を持ってちょっと顔を出すだけだ。先生は俺の隣で、澄ました顔して挨拶をすればいい」
「えっ……、ぼくも、あんたについて行くのか?」
「俺のオンナだからな」
 本気とも冗談とも取れる口調で、さらりと言われた。目を丸くしたまま返事ができない和彦を楽しそうに一瞥して、賢吾は膝に置いた手の上に、自分の手を重ねてきた。
「――お前は、長嶺組の専属医だ。当然、長嶺の看板でメシを食っている奴らの面倒を見て、命を守っていくんだ。臆する必要はない。堂々としていればいい」
 賢吾の言葉に、面映くならないと言えばウソになる。ただ、嬉しい、と素直に認めてしまうのは抵抗がある。長嶺賢吾とは、長嶺組の看板そのものの男だ。身内の集まりとはいえ長嶺組以外の場で、そんな男の側に一介の医者が控えているのは、どう考えても不自然だ。
 その不自然さを、賢吾は受け止めるつもりなのだ――。
 思わず和彦が賢吾の手を握り返すと、こちらを見た賢吾の眼差しが一瞬だけ和らぐ。肩を引き寄せられるまま、賢吾と唇を重ね、深い口づけを交わし合っていた。
「本宅に戻ったら、〈あれ〉の感覚を忘れないうちに、もう一度味わわせてやる」
 口づけの合間に官能的なバリトンで囁かれ、和彦の胸はズキリと疼いた。

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