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第13話
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しおりを挟むなんとも物騒――というより、怪しさしか感じない組み合わせだった。何より、意外すぎる。
まだ夕方ともいえない時間帯のせいか、ホテルのバーは空いていた。その中で、黒のハイネックセーターとジーンズ姿の男と、いかにも高そうなスーツを見事に着こなしている男の組み合わせは、見た目からして浮いている。
そして、男たちの正体を知っている和彦からすれば、首を傾げざるをえない組み合わせだ。
鷹津と秦。この二人が向かい合っている光景を目にするとは、想像すらしていなかった。対峙するならともかく、それぞれグラスを手に、表面上は穏やかに飲んでいるのだ。
テーブルの傍らに立った和彦は、苦々しい口調で洩らす。
「……胡散臭さ満載の二人組みだな」
それを聞いて、鷹津はニヤリと嫌な笑みを浮かべ、一方の秦は、艶やかな微笑を浮かべる。
立ち尽くしたままなのも目立つので、空いている一人掛けのソファに腰を下ろす。気が利く秦は、即座に和彦に尋ねてきた。
「先生、何か飲みますか?」
「あー……」
どうせすぐに出るからと言いかけて、反射的に鷹津を見る。目が合った瞬間、内心でうろたえていた。
「……オレンジジュースを」
秦はさっそくボーイを呼び、頼んでくれる。
そわそわと落ち着かない気持ちを持て余しながらも和彦は、ひとまず足を組む。動揺を押し隠しつつ、鷹津と秦に交互に視線を向けていた。すると、和彦の様子に気づいた鷹津が、皮肉っぽく唇を歪めた。
「わけがわからない、という顔だな。佐伯」
「当然だ。あんたとここで会うことになっていたのに、秦までいるんだ。何事かと思うだろ」
賢吾に言われるまま和彦は、鷹津と連絡を取り、今日、この場所で会う約束を取り付けた。てっきり、長嶺組の誰かを鷹津と引き合わせるのかと思っていたが、和彦は一人でバーに行かされ、そしてここに、秦がいた。
和彦は、わずかに目を細めて秦を見る。
「――組長と、すでに打ち合わせ済みということか?」
「わたしは厄介なトラブルを抱えている身なので、その処理に、こちらの刑事さんの力が必要だと言われました。で、こちらの刑事さんは、長嶺組とは関わりがなく、あくまで先生からの仲介という形を取らないと、動かないそうですね」
「俺はこの男の、番犬だからな」
鷹津はそう言って、不躾に和彦を指さしてくる。和彦は眉間のシワを深くして、身を投げ出すようにしてソファに体を預ける。
ようやく状況が呑み込めてきたが、非常におもしろくなかった。
賢吾と鷹津と秦は、ある情報を共有したうえで、連携しようとしている。その連携には、形だけとはいえ和彦という仲介者が必要で、だから、ここにいる。なのに和彦だけが、三人が知っているはずの情報を知らされていない。
和彦を除け者にしているというより、安全のために、あえて和彦に知らせないようにしているのだろう。それぐらいは理解している。知ったところで、和彦が何かできるわけでもないのだ。
「先生、そんな顔しないでください」
運ばれてきたオレンジジュースを和彦の前に置きながら、秦が微笑みかけてくる。
「詳しい説明はできませんが、先生のおかげで、わたしはここにいるんです。もちろん、トラブル解決のために。それは結果として、長嶺組の利益になります。……こちらの刑事さんの目的は、よくわかりませんが」
秦はにこやかに、しかし値踏みするように鷹津を一瞥する。この様子からして、和彦がやってくるまで、二人は必要なことは話しながらも、決して友好的ではなかったようだ。当然といえば当然か。
すでに三人を取り巻く状況は変わってしまったが、かつて秦は、和彦と一緒にいるとき、〈物騒な刑事〉として現れた鷹津を殴ったのだ。執念深い鷹津に限って、秦に対して親しみを覚えるとも思えない。
皮肉屋でガサツな鷹津と、物腰は柔らかだが掴み所がなく、取り澄ました秦では、まるで水と油だ。和彦がやってくるまで、一体どんな会話を交わしていたか、気にならなくもない。
「――俺は、長嶺の利益なんざ、どうでもいい。それに、素性の怪しいホスト崩れのこともな」
鷹津は、芝居がかったような下卑た笑みを見せながら、グラスを揺らす。鷹津のその表情を目にした和彦は、嫌悪感から小さく身震いする。やはり、この男は嫌いだ。
込み上げてきたものをオレンジジュースで無理やり飲み下し、和彦は席を立とうとする。
「話が弾んでいるようだから、ぼくはティーラウンジにいる。気が済むまでゆっくりと――」
すかさず鷹津に手首を掴まれ、動けなくなる。和彦が睨みつけても、まったく動じた様子がない鷹津は、ヌケヌケとこう言い放った。
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