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第14話
(1)
しおりを挟む物が増えていくに従って、この部屋の居心地のよさが増していくのは、果たしていいことなのだろうか。
横になってぼんやりとテレビを眺めながら、和彦はそんなことを考える。
この部屋の何もかもが心地よく、愛しい。必要最低限のものを揃えただけのワンルームは、何日かに一度、一晩を過ごすぐらいしか使っていない。それでも、ここで確かに生活している空気や匂いが染み付いている。――二人分の。
和彦に腕枕をずっと提供してくれている男は、体にかけた毛布の下で和彦の肩先が冷えていないか確かめるように、ときおり思い出したようにてのひらを這わせてくる。大きくて温かい、さらりと乾いた感触のてのひらだ。
てのひらだけではない。体を横向きにしている和彦は、ずっと背に、包み込むような体温を感じていた。
和彦は、テーブルの上に置いた小さなテレビからそっと視線を外し、目の前にある大きな手を見る。腕枕をしている三田村の手だ。和彦はその手に、自分の手を重ねる。すかさず、ぐっと握り締められた。
「――眠っているかと思った」
背後から和彦の耳に唇を押し当て、ハスキーな声をさらに掠れさせて三田村が囁いてくる。和彦は自然に笑みをこぼした。
「ああ、軽くウトウトしていた。……気持ちよくて」
外で食事を済ませてから、夕方、この部屋を二人で訪れた。シャワーを浴びて、ベッドの上で体を重ね、そのまま三田村に抱き締められながら、少し眠っていたのだ。
和彦が目を覚ましたとき、買ったばかりのテレビがついており、夜のバラエティー番組が流れていた。漫然と観てはいたものの、実は内容はよくわからない。音量がかなり抑えられているせいだ。番組を観たいというより、電気を消した部屋での、照明代わりということだろう。
「邪魔なら、テレビを消そうか?」
「いい。あんたと一緒の夜は、夜更かしすることにしているんだ」
三田村が笑った気配がしたあと、肩に唇が押し当てられた。
三田村は、いつでも和彦に優しい。その態度は、和彦が鷹津に抱かれたあとでも変わらない。
和彦も三田村も、普通の恋愛関係にあるわけではない。あくまで、長嶺組に――長嶺賢吾に飼われ、許しを得たうえで関係を持っているのだ。異常な環境下だからこそ深く結びつき、一方で和彦は、複数の男と関係を持ち、情を交わしている。
先週は、ホテルの部屋で鷹津と一晩中絡み合い、今は、こうして三田村と特別な部屋で一晩を過ごそうとしている自分を、怖い生き物だと和彦は思う。怖いほど、貪欲で淫奔だ。ときおり自己嫌悪に陥ったりもするが、完全に呑み込まれてしまわないのは、結局、自分を取り巻く男たちのおかげだ。
皮肉なことだが、今の閉鎖的な環境の中で和彦は、ヤクザでないからと拒否されるどころか、守られているのだ。
和彦を守ってくれる男の一人である三田村は、慈しむように何度も、肩に唇を押し当ててくる。くすぐったくて小さく笑い声を洩らすと、背後からしっかりと抱き締められた。
三田村の腕の中は、何よりも心地いい。この部屋の空間だけでは不完全で、三田村の存在があって初めて、和彦が寛げる居場所となる。
毛布の下で足を絡めながら、腰に三田村の生々しい存在を感じる。もう少しで、新たな欲望の高まりが起こりそうだと予感しながら、それでも和彦は穏やかな気持ちでいられた。
こんな気持ちに浸っていると、不思議と賢吾の思惑というものが見えてくる。
賢吾は、さまざまな男と関わり、交わる和彦の精神的なバランスを、気づかっている節がある。サソリのような鷹津と一晩を過ごした和彦に、こうして三田村と過ごす時間をくれたのは、和彦の精神状態を落ち着かせようとしているからだろう。
鷹津という男の強烈な〈アク〉に慣れてしまったら、配慮されることもなくなるのだろうかと、ふとそんなことを考えた和彦は、腕枕をしている三田村の腕にてのひらを這わせた。すると背後から、さらに強く三田村に抱き締められる。
求められていると実感していると、思惑も理屈も、どうでもよくなってくる。三田村が優しいのも、こうして抱き締めてくる腕の感触も現実で、それは和彦と三田村の二人だけが知っていることだ。
三田村の体温を感じながら、思い出したように他愛ないことを話していたが、和彦の視線はテレビに吸い寄せられる。あるイベントには欠かせない、白と赤が特徴のコスチュームが映っていた。
「――……そういえば、今月だったな……」
思わずぽつりと洩らすと、三田村の息遣いが耳に触れた。
「先生?」
「あー、いや、もう十二月になったんだと思って。慌ただしいから、世間のイベント事にすっかり疎くなった」
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