血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
275 / 1,292
第14話

(16)

しおりを挟む
「自分の兄貴に会って不安になっているお前が、実家の件で俺に頼みごとをすることも、予想しているだろ。――お前は、自分が蛇みたいな男のオンナだってことをよく自覚するべきだな。蛇の執念深さは、凄まじいぞ」
 このとき和彦の脳裏を過ったのは、賢吾の代理で結婚披露宴に出席したとき、父親の同僚と出会ったのは、本当に偶然だったのだろうかということだった。
 佐伯家が和彦になんの関心を持っていないのであれば、父親の同僚とは、あの場で他愛なく挨拶を交わして、穏便に別れられたはずだ。しかし現実は、そうならなかった。
 佐伯家は、和彦を捜している。しかも、父親に近しい存在とはいえ、他人までもがそのことを把握しているのだ。父親が話したにしても、外聞にこだわる人間がそこまでする理由が気にかかる。
 そしてもう一つ気にかかるのは、賢吾の思惑だ。どうしてもこう考えてしまう。
 賢吾は、佐伯家の反応を知るために、和彦そのものを餌に使ったのではないか、と。
 緩やかに動いていた思考が、ここで一気に苛烈さを増し、頭の芯が不快に疼く。
「大丈夫か」
 ふいに鷹津に声をかけられ、和彦は我に返る。無防備に見つめ返すと、鷹津は相変わらずの嫌な笑みを浮かべ、顔を覗き込んできた。和彦も、ドロドロとした感情の澱が透けて見える目を覗き込む。
 ふと、こんな問いかけをぶつけていた。
「……今夜ここに来たのは、ぼくを心配してくれたからか」
 意表をつかれたように目を見開いた鷹津だが、すぐに皮肉っぽい表情となり、和彦の頬にてのひらを擦りつけるように触れてきた。
「いや。餌をもらいに来ただけだ」
 鷹津の顔が近づいてきて、強く唇を吸われる。この瞬間、嫌悪感が体を駆け抜けるが、それは強烈な肉の疼きにも似ていると、初めて和彦は気づいた。
 密かにうろたえる和彦にかまわず、鷹津は何度となく唇を吸い上げ、熱い舌で歯列をまさぐってくる。粗野で強引な求めに、和彦は呆気なく屈した。
 鷹津の舌を柔らかく吸い返し、唇に軽く噛み付いたところで、余裕のない鷹津はすぐに和彦を貪ってくる。和彦を感じさせようとは思っていない、自分の欲望をぶつけてくるだけの口づけだ。
 昼間味わった、千尋との甘い口づけとはまったく違う。それでも和彦は、ゾクゾクするような心地よさを感じていた。
 気を抜くと、手に持ったカップを落としてしまいそうだ。必死に一欠片の理性を保ちながら、差し出した舌を鷹津と絡め合う。一方で鷹津は、片手で痛いほど和彦の尻を揉んでくる。
 餌をもっとくれと、この男は言いたいのだ。
 和彦は口づけの合間に、しっかりと言い含める。
「――……餌は、キスだけだ。仕事をしていない番犬に、これ以上、何もやらないからな」
「まあ、仕方ないな」
 不遜に応じた鷹津が口腔に舌を押し込んできて、和彦は拒むどころか、きつく吸い上げてやる。
 雪に吹きつけられながらの鷹津との口づけは、激しく、長かった。




 デパートで買ったフルーツの詰め合わせを差し出した和彦に対して、柔らかく艶やかな雰囲気をまとった秦は、優しい笑みを向けてきた。
 先日、この男の前でさんざん痴態を晒した身としては、女性客を魅了するであろうその笑みを直視できず、やや視線を逸らしてしまう。
「……世話になっておきながら、ぼくから礼を言わないのも、落ち着かないから……、よかったら食べてくれ」
 今日の午前中、和彦は一つの大きな仕事を片付けた。クリニックに雇い入れるスタッフの面接だ。賢吾からは、落ち着くまで延期していいと言われてはいたのだが、和彦一人の事情で、他人を振り回すのは本意ではない。それに、精神的にもう大丈夫だと確認するためにも、なるべく人に会いたかった。
 午後からこうして秦と会っているのも、そのためだ。
 朝のうちに、今日会いたいと連絡を取ったところ、夕方までなら時間が取れると言われたため、すっかり馴染みとなったホストクラブにこうして出向いてきた。
 店にはすでに数人の従業員が出勤しており、ホールの掃除をしていた。そんな彼らの、まるで女性客に対するような甘い挨拶を受けて、和彦はVIPルームに通されたのだが、居心地が悪いことこのうえなかった。
「先生をお世話したどころか、わたしとしては、かなりいい思いをさせてもらったと思っています。むしろこちらが、お礼をしないと」
 秦の言葉の意味が、嫌になるほどわかっている和彦は、顔を熱くしながら睨みつける。すると秦は、ふっと目元を和らげた。
「先生は、わたしがあのとき言った秘密を、誰にも話していないんですね」
 秘密、と口中で反芻した和彦は、唇に指を当てながら、慎重に秦に問いかけた。
「――どの秘密のことを言っている?」

しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL シリアスはほとんどないです 不定期更新

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...