血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
274 / 1,289
第14話

(15)

しおりを挟む
「そのつもりだったが、元気そうだな。少し痩せたようには見えるが」
「食欲は戻った。それに……安定剤を飲んででも、眠るようにしているしな」
 鷹津から探るような眼差しを向けられ、和彦は逃げるようにキッチンに向かう。和彦に何があったのか、明らかに鷹津は知りたがっていた。
 和彦の身近にいる男たちは、必要があれば情報を共有する。その中で、今回は鷹津がつま弾きにされたらしい。ここでいい気味だと思えないのは、自分自身のことだからだ。
 二人分のコーヒーを淹れながら、仕方なく端的に事情を説明する。賢吾なら、先生は甘いなと、薄い笑みを浮かべながら言うだろう。
「――……佐伯英俊といえば、父親譲りの切れ者官僚らしいな」
 鷹津が洩らした言葉に、和彦はきつい視線を向ける。
「兄のことまで調べたのか」
「佐伯家のことをざっと調べただけで、それぐらいの情報はすぐに手に入る。ただ、どうしてお前が実家に寄り付かないのか、その理由は知らない」
「当然だな。佐伯の家は、外面のよさは完璧だ。外部の人間が調べた程度で、家庭の内情なんてわかるはずがない」
「お前自身が話す気は?」
 どこか揶揄するような鷹津の表情が、気に障る。こういうときに見せる表情ではないと思うのだが、この男の場合、人を不愉快にさせる言動が身についているのかもしれない。
 ない、と即答した和彦は、コーヒーを注いだカップを鷹津に押し付け、自分もカップを手に、再び窓際に歩み寄る。
 外の闇の中から、降り続く雪だけが白い姿を浮かび上がらせている。雪を一心に目で追う和彦に、傍らに立った鷹津が話しかけてきた。
「お前が兄貴と会ったというのはわかったが、一つわからないことがある」
「なんだ」
「家族の中で半ば放置状態にあって、滅多に連絡も取らないお前を、手の込んだ方法で捜していた理由だ。友人経由で、お前に用件を伝えたら済む話だろ」
「それは――」
 部屋に閉じこもっている間、和彦もそのことを考えていた。
 おそらくきっかけは、賢吾の代理で出席した披露宴での出来事だ。父親の同僚の言葉から、あの時点で佐伯家は、和彦がマンションを退去し、連絡が取れないという状況までは把握していたようだ。
 和彦が自らの意思で所在を告げず、行方をくらましていると知れば、佐伯家ならどうするか――。
 コーヒーを一口啜った和彦は、ガラス越しに鷹津を見据える。
「……ぼくの知っている〈家族〉は、ぼくが行方不明になったところで、必死に捜すような人たちじゃない」
「お優しい家族だな」
 せせら笑うように鷹津が皮肉を口にしたが、腹は立たなかった。実のところ、和彦ももっと手酷い皮肉を口にしたいところなのだ。
 ぐっと唇を噛み締め、思いきって窓を開ける。サンダルを引っ掛けてバルコニーに出ると、鷹津は靴下のまま追いかけてきた。
「あー、くそっ、冷てーな」
 忌々しげに呟く鷹津を横目で一瞥して、和彦はバルコニーの端まで行く。角部屋だけあって、ここからの眺望は特別だ。何より、吹き付けてくる風が強い。
 雪が頬に当たり、凍えるほど寒い。睫毛にも雪が触れて目を細めたところで、鷹津が隣に立つ。壁になって、風と雪を一身に受けてくれるつもりらしい。訝しむ和彦に、鷹津はこう言った。
「〈番犬〉としては、ご主人に風邪を引かせるわけにはいかないからな。……おい、寒いから中に入ろうぜ」
「部屋の中だと、盗聴器が気になるんだ」
 一瞬、無表情となった鷹津だが、次の瞬間には、蛇蝎の片割れであるサソリらしい、毒を含んだ鋭い笑みを唇に刻んだ。
「仕掛けられてるのか?」
「さあ。もう外したとは言っていたが、どこまで信用していいかわからない。だったら、まだ仕掛けられていると考えたほうが楽だ」
 話している間に唇が冷たくなり、和彦はカップに口をつける。鷹津もコーヒーを飲んでから、自然な口調で切り出した。
「――俺に、何か言いたいことがあるんだろ。寒いんだから、早く言え」
 和彦はじっとカップの中を覗き込む。逡巡はあったが、吹っ切るのは早かった。
「佐伯家……ぼくの実家の動向を探ってほしい」
「それを言いたかったんなら、わざわざバルコニーに出る必要はなかったな」
「どういう意味だ」
「俺の考えでは、とっくに長嶺は、お前の実家の動向を探っているはずだ。こっちは、刑事なんて肩書きを持っている代わりに、昼間は立派な公務員としてのお勤めに励んでいるんだ。自由に動ける時間は限られている。しかし長嶺は、手駒が豊富だ。大物官僚の息子を自分のオンナにするぐらいだ。なんの手も打たないと思うか?」
 無意識に口元に手をやった和彦は、鷹津の指摘の正しさを心の中で認めていた。

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...