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第15話
(6)
しおりを挟む目をキラキラと輝かせ、熱心にアクセサリーに見入っている青年の姿は、クリスマスイブの今日は特に絵になる。これは決して和彦の贔屓目ではなく、多分、事実だ。
細身のジーンズにセーター、その上からブルゾンを羽織るという、ラフな格好をした千尋は、アクセサリーショップにいるどの同性よりも人目を引いた。カップルの姿が多いというのに、千尋を値踏みするように眺めていく女性は一人や二人ではない。
店内で繰り広げられる静かな駆け引きを、和彦は保護者のような気持ちで観察していた。
服装のラフさに関係なく、野性味と育ちのよさをあわせ持つ千尋が、大きな組の後継者であるとは、誰も想像すらしないだろう。
側にいると気づかないものだが、こうして眺めていると、明らかに千尋は成長している。外見的なものはもちろん、内面から溢れ出す力が増したようだ。
ここで和彦は大事なことを思い出し、腕時計に視線を落とす。約束の時間が迫っていた。
わかってはいたが、こんな場所で千尋を放し飼いにしておくと、時間がいくらあっても足りない。
さりげなく千尋の傍らに歩み寄り、和彦もショーケースの中を覗き込む。華奢なデザインの指輪が、照明を受けて輝いていた。
「千尋、そろそろ行かないと、間に合わないぞ」
「んー……、もうちょっと」
まだ何か買う気かと、和彦は呆れる。和彦も人のことは言えないが、今日は特に買い物好きの血が騒ぐらしい。千尋の片手は、立ち寄ったいくつものショップの袋で塞がっていた。ちなみに和彦は両手が塞がっているが、半分は千尋の荷物だ。
「何か気になるものがあるのか?」
和彦の問いかけに、千尋がこちらをうかがうように顔を向けてくる。切れ上がった目は魅力的な光を放っているが、和彦はどうしても、犬っころのような眼差しだと思ってしまう。よくも悪くも、喜怒哀楽がはっきりと表れすぎだ。
「……何か言いたそうだな」
「先生、ペアリングに興味は――」
「ない」
あてつけのように千尋は大きく肩を落とす。
「なんか、わかるなー。先生って、そういうのに淡白そう」
「こっちが悪いような言い方するな。だいたいペアリングって、誰と誰が身につけるんだ」
意味ありげに千尋がニヤニヤと笑い、指を一本ずつ折ってみせる。和彦は遠慮なく、千尋の足を踏んづけてやった。そのまま歩き出したが、千尋は慌ててあとを追いかけてきて、あっという間に和彦の手から荷物を取り上げた。
そんな千尋を横目でちらりと見てから、和彦は口元に笑みを刻む。
今日は、アクセサリーショップだけでなく、行く先々の空気が浮ついているようだった。その空気に感化されたように、千尋だけでなく、実は和彦も浮かれている。本当に、今日という日を楽しみにしていたのだ。
「先生、朝から機嫌いいよね」
エスカレーターで下の階に向かっていると、先に立った千尋が振り返り、そんなことを言う。
「……お前、わかって言ってるだろ」
「何を?」
とぼける千尋の頭を軽く小突いた和彦だが、すでに乱暴な手つきで撫でてやる。
「お前は大変だな。せっかくのクリスマスイブだっていうのに、仕事なんて」
「じいちゃんのお供で、ホテルに泊まりだよ。夜は夜で、どうせ宴会だろうしさ。……オヤジの奴、これも勉強だとか言って、面倒なことは全部俺に押し付けてる気がするんだよなー」
そんな会話を交わしながら二人はビルから通りに出る。
歩きながら千尋は、やけに周囲をきょろきょろと見回していたが、突然、和彦に体を寄せてきて、こそこそと囁いてきた。
「クリスマスイブにカップルを見るとさ、妙に生々しい気分にならない?」
「……お前、欲求不満なんじゃないか」
「そうかも。だって誰かさんが、俺の相手をあんまりしてくれないし――」
「仕方ないだろっ。こっちだって忙しいんだっ」
和彦がムキになって反応すると、千尋は前屈みとなって爆笑する。そんな千尋を多少憎たらしく思いながら、和彦はぼそりと呟いた。
「お前、ぼくがやったクリスマスプレゼントを返せ」
「ダメ。もう、俺のもの」
千尋が犬のようにブルッと頭を振ると、胸元でネックレスが跳ねる。さきほどのショップで買ったもので、和彦が選んでその場で千尋に渡したのだ。
和彦はしみじみと千尋の姿を眺め、似合っていることに満足する。
「スーツを着る機会が多くなると、そういうアクセサリーをあまり身につけられなくなるな」
「平気、平気。休みの日につけりゃいいんだから」
「そう言っているうちに、興味がなくなっていくのかもな。……どんどん、大人の男になっていくんだ」
「そしたら俺に惚れ直してくれる?」
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