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第19話
(6)
しおりを挟むきょろきょろと売り場を見回していた千尋に、突然手首を掴まれた和彦は、何事かと思って目を丸くした。
日曜日だけあって、広い売り場を持つスポーツ用品店の店内は、さまざまな年齢層の客たちで混雑している。だからといって、手を掴んでいないと迷子になるというほどではない。
「おい、千尋――」
ふざけているのかと思い、きつい声を発しかけた和彦だが、手首を掴んだままズンズンと先を歩く千尋を見ていると、なんとなく、元気のいい犬を散歩させているような錯覚を覚え、結局、抗議の声を上げるタイミングを失ってしまった。
ジョギング用のスニーカーを見たいという千尋につき合い、さまざまなメーカーのスニーカーを一緒に見ている最中だったので、気になる商品を見つけたのだろうと、そう和彦は考えた。
だが、千尋が足を止めたコーナーは、少々意外だった。
「……テニスシューズ?」
天井から吊るされたパネルを読み、和彦は首を傾げる。思わず、陳列されたテニスシューズと千尋を交互に見てしまった。
「なんで、テニスシューズなんだ……」
「先生、テニスはやらないの?」
「高校生のとき、少しやったぐらいだな。お前は?」
「実は、中学のテニス部で部長経験あり」
へえ、と声を洩らした和彦は、千尋と並んで陳列棚を眺める。ここで会話が一旦途切れたが、どうしてテニスなのか、その理由がさっぱりわからない。
「で、テニスがどうしたんだ」
「じいちゃんの家のテニスコートでさ、今度テニスやろうよ。道具一式揃えて」
「……はあ?」
突拍子もない千尋の言葉に、和彦は露骨に身構える。そんな和彦の反応を見て、千尋は意味ありげな流し目を寄越してきた。その目つきが、食えない父親にそっくりだ。
「せっかく先生も出入りできるようになったんだしさ、楽しもうよ。ジムで体力作りはできても、テニスはできないだろ?」
「そういう問題じゃなくて、なんで、総和会の本部――」
千尋に詰め寄ろうとしたが、すぐ側を客が通りかかったのに気づき、和彦は口を閉じる。そして、何事もなかったような顔をしてその場を離れた。
「先生っ」
あとを追いかけてきた千尋に肩を掴まれて、足を止める。和彦は素っ気ない口調で告げた。
「ここで待ってるから、早く自分の買い物を済ませてこい」
無邪気にじゃれついているようでいて、千尋は空気を読むことに長けている。和彦が機嫌を損ね気味だと察したらしく、素直に頷いて引き返していった。
千尋に八つ当たりをしたような決まり悪さを感じ、乱雑に髪を掻き上げる。別に和彦は、千尋のあんな発言で怒ったわけではない。ただ、守光の話題が出るたびに、意識しないまま体を強張らせる自分に苦々しさを覚えるのだ。
守光の自宅で〈あんなこと〉があり、その後の賢吾とのやり取りも含め、現状に怯みそうになる。総和会に――守光に深入りするのは危険だと、はっきりわかっているからこその、防衛本能というものかもしれない。
だからこそ和彦は、自分が逆らえない力に対して、巧く身を委ねるしかなかった。欲しいものを与えられ、周囲の男たちから大事にされるこの世界で生きていくとは、そういうことだ。
自己嫌悪に陥り、苦い顔をして立ち尽くす和彦の元に、買い物を終えた千尋が袋を提げて戻ってくる。
いつもと変わらず、屈託なく笑いかけてくる千尋を見て、まっさきに謝るつもりだった和彦は口ごもっていた。千尋の態度は、さきほどのやり取りは気にしていないと語っている。その気遣いを感じ取り、ますます和彦は決まり悪い。
「先生、お待たせ。行こうか」
軽い口調で言って千尋が歩き出す。しかし和彦は、その場から動けない。すぐに気づいた千尋が首を傾げた。
「……先生?」
黙り込んでいるわけにもいかず、和彦はぼそぼそと応じた。
「テニスは無理だ。ぼくは……下手だったんだ」
数秒の間を置いて、千尋が短く噴き出す。大声を出して笑ったら、遠慮なく足を踏んでやろうと和彦は思ったが、なんとか耐えたようだ。千尋は口元に笑いの余韻を残しつつも、和彦を促してフロアを移動する。
「じゃあさ、ゴルフは?」
階段を下りたところで、千尋が前方を指さす。ゴルフ用品が展示されており、こちらもなかなかのにぎわいを見せていた。
和彦は首を横に振る。
「やったことがない」
「いい機会だから、始めようよ。俺もまだ初心者だから、一緒にレッスン受けてさ」
「興味ない」
「オヤジもゴルフやるよ?」
和彦はぐっと眉をひそめると、ふらふらとゴルフ用品売り場に向かおうとする千尋の腕を取り、強引に引っ張る。
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