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第22話
(13)
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『だけど、君が佐伯家に生まれなければ、わたしは知り合うことはできなかったし、近い存在になることもできなかった。君が佐伯家の中で抱えた人恋しさに、わたしがつけ込んだとも言えるが』
「見かけによらず、悪い大人だったよ、里見さんは」
受話器を通して里見の笑い声が聞こえ、つられるように和彦も口元に笑みを浮かべる。それだけで、塞ぎ込んでいた気持ちがわずかだが軽くなった気がした。里見と話すことで、やはり気持ちは舞い上がり、正直、嬉しいとも思ってしまう。この気持ちはどうしようもなかった。
すると、今しかないというタイミングで里見が切り出した。
『――少しだけでも、佐伯家に顔を出す気はないのか?』
「ぼくが身を隠しながらも、きちんと仕事をして生活していると、澤村やあなたを通して知っても、それでも佐伯家がぼくに会おうとしている理由がわかるまで、顔を出す気はない。少なくとも、ぼくから手の内を晒すマネはしない」
『だったら、わたしとは?』
「そう言われると、なんだか怖いな。のこのこと出かけていったら、そこに兄さんがいたりして――」
『わたしは、騙まし討ちのようなことはしないよ。君からの信頼をなくすのは、何より怖い』
「……口が上手いな」
『英俊くんとは今、官民共同のプロジェクトを手がけていて、よく顔を合わせるんだが、そのたびに君のことを聞かれるんだ。電話で話しただけだからと誤魔化すんだが、それが気に食わないみたいでね。早く和彦と会って、首に縄をつけてでも佐伯家に連れて来い、と言われている』
見た目も内面もクールな英俊だが、ときおり底知れない激しさを見せることがある。和彦は、その英俊の激しさの一番の被害者だと自負していた。どうやら、相変わらずのようだ。
それより和彦が気になったのは、里見が英俊と今も顔を合わせているという発言だ。つまり、二人が一緒に歩いていた姿には納得できる理由があったということだ。
「兄さんが、里見さんの職場に出向くことはあるのかな?」
『あるよ。特に今は、仕事の引継ぎのこともあるから』
「引継ぎって……」
『国選出馬の本格的な準備に入る前に、プロジェクトに一区切りつけたいと言っていた。そのために、引継ぎも急いでいるようだ。最近は自宅に戻る時間も惜しくて、官庁近くのビジネスホテルに泊り込んでいるらしい。見合いをする時間もないと、彼には珍しく冗談を言っていた』
英俊の性格からして、淡々と事実を述べただけだと思うが、里見は穏やかに微笑みながら聞いていたのだろう。その光景を想像して、和彦まで微笑んでしまう。
「――……あの人、まだ独身なのか。とっくに結婚したのかと思っていた。報告がなくても不思議じゃない兄弟仲だから、特に気にもかけてなかったけど」
『結婚するとしたら、大変だよ。佐伯家に入るんだ。当然、結婚相手は慎重に時間をかけて選ぶ気だろう。近い将来、政治家になるかもしれない人の奥さんだ』
「そうだね……」
複雑な想いを抱えて和彦が応じると、突然里見に、硬い口調で問われた。
『君には今、大事な人はいないのか?』
この瞬間、和彦の頭に浮かんだ男の顔は――。
ふっと我に返り、慌てて周囲を見回す。こちらを見ている人の姿はないが、なぜだか、とてつもない悪事を働いているような罪悪感に襲われる。和彦は早口に告げた。
「ごめん、里見さん。今夜はもう、これで電話を切るからっ」
一方的に電話を切る直前、確かに里見の声が聞こえた。
『また電話をかけてきてくれっ。なんでもいい。君と話したい――』
受話器を置いた和彦は大きく息を吐き出すと、足早にマンションへと戻った。
「見かけによらず、悪い大人だったよ、里見さんは」
受話器を通して里見の笑い声が聞こえ、つられるように和彦も口元に笑みを浮かべる。それだけで、塞ぎ込んでいた気持ちがわずかだが軽くなった気がした。里見と話すことで、やはり気持ちは舞い上がり、正直、嬉しいとも思ってしまう。この気持ちはどうしようもなかった。
すると、今しかないというタイミングで里見が切り出した。
『――少しだけでも、佐伯家に顔を出す気はないのか?』
「ぼくが身を隠しながらも、きちんと仕事をして生活していると、澤村やあなたを通して知っても、それでも佐伯家がぼくに会おうとしている理由がわかるまで、顔を出す気はない。少なくとも、ぼくから手の内を晒すマネはしない」
『だったら、わたしとは?』
「そう言われると、なんだか怖いな。のこのこと出かけていったら、そこに兄さんがいたりして――」
『わたしは、騙まし討ちのようなことはしないよ。君からの信頼をなくすのは、何より怖い』
「……口が上手いな」
『英俊くんとは今、官民共同のプロジェクトを手がけていて、よく顔を合わせるんだが、そのたびに君のことを聞かれるんだ。電話で話しただけだからと誤魔化すんだが、それが気に食わないみたいでね。早く和彦と会って、首に縄をつけてでも佐伯家に連れて来い、と言われている』
見た目も内面もクールな英俊だが、ときおり底知れない激しさを見せることがある。和彦は、その英俊の激しさの一番の被害者だと自負していた。どうやら、相変わらずのようだ。
それより和彦が気になったのは、里見が英俊と今も顔を合わせているという発言だ。つまり、二人が一緒に歩いていた姿には納得できる理由があったということだ。
「兄さんが、里見さんの職場に出向くことはあるのかな?」
『あるよ。特に今は、仕事の引継ぎのこともあるから』
「引継ぎって……」
『国選出馬の本格的な準備に入る前に、プロジェクトに一区切りつけたいと言っていた。そのために、引継ぎも急いでいるようだ。最近は自宅に戻る時間も惜しくて、官庁近くのビジネスホテルに泊り込んでいるらしい。見合いをする時間もないと、彼には珍しく冗談を言っていた』
英俊の性格からして、淡々と事実を述べただけだと思うが、里見は穏やかに微笑みながら聞いていたのだろう。その光景を想像して、和彦まで微笑んでしまう。
「――……あの人、まだ独身なのか。とっくに結婚したのかと思っていた。報告がなくても不思議じゃない兄弟仲だから、特に気にもかけてなかったけど」
『結婚するとしたら、大変だよ。佐伯家に入るんだ。当然、結婚相手は慎重に時間をかけて選ぶ気だろう。近い将来、政治家になるかもしれない人の奥さんだ』
「そうだね……」
複雑な想いを抱えて和彦が応じると、突然里見に、硬い口調で問われた。
『君には今、大事な人はいないのか?』
この瞬間、和彦の頭に浮かんだ男の顔は――。
ふっと我に返り、慌てて周囲を見回す。こちらを見ている人の姿はないが、なぜだか、とてつもない悪事を働いているような罪悪感に襲われる。和彦は早口に告げた。
「ごめん、里見さん。今夜はもう、これで電話を切るからっ」
一方的に電話を切る直前、確かに里見の声が聞こえた。
『また電話をかけてきてくれっ。なんでもいい。君と話したい――』
受話器を置いた和彦は大きく息を吐き出すと、足早にマンションへと戻った。
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