503 / 1,289
第23話
(14)
しおりを挟むさきほどから地図を眺めて、賢吾はひどく楽しそうだった。食えない男のその表情を、キッチンから缶ビールとグラスを取って戻ってきた和彦は、興味深く観察する。
「――何か言いたそうだな、先生」
地図からちらりと視線を上げ、賢吾が口を開く。油断ならない男だと、いまさらなことを実感しつつ、和彦は賢吾の隣に座った。
グラスにビールを注いでやってから、一緒に地図を覗き込む。鷹津の乱雑な字がびっしりと書き込まれた地図は、執念のようなものが滲み出ているようだった。
鷹津は、表向きは暴力団組織――長嶺組を憎悪する悪徳刑事を演じている。事実、憎悪はしているのだろうが、長嶺組組長のオンナである和彦と関係を持ち、結果として長嶺組に情報を流している。
鷹津という男の屈折した感情を、この地図の存在はよく表しているのかもしれない。
「さっきから、地図を眺めて楽しそうだな」
和彦の言葉に、賢吾は目元を和らげる。
「先生が、ヤクザの組長のオンナらしい仕事をしたと思ってな。悪徳刑事を手玉に取って、自分の身を守るための情報を取ってきた」
「……人聞きが悪い」
「そうだな。鷹津が勝手に先生を気遣って、気を回した結果だ。先生は鷹津に何も頼んでいないし、媚びてもいない。手玉に取るなんて、失礼な言い方だった」
「その言い方も――」
気に障る。心の中で洩らした和彦は、窓の外に目を向ける。すでに日は落ち、外は暗い。
本当であれば今日は、クリニックが終わってから弁当でも買って帰り、部屋で一人ゆっくりと過ごすつもりだったのだ。ところが夕方になって賢吾から連絡が入ったことで、和彦のささやかな予定は狂った。
外で待ち合わせて一緒に夕食をとったあと、少し部屋で寛がせてくれと賢吾に言われては、拒めるはずもない。
和彦はソファに深くもたれかかり、グラスに口をつけつつ相変わらず地図を見ている賢吾に視線を戻す。
「その地図、役に立つのか?」
「先生にとってはな。むしろ重要なのは、鷹津が話した内容だ。本当に、暴力団担当係の有能な刑事と〈仲良く〉なっておくものだな。鷹津から先生に、先生から俺に。そして俺は、総和会の幹部会に連絡を入れた。先生から聞いた内容をそのまま伝えたんだ。手柄を横取りしたようだが、感謝されたぞ」
「鷹津は、話した内容については、あんたなら上手く扱うはずだと言っていた。……つまり、こういう手順を望んでいたということだろ」
「鷹津は、先生からもらえる餌さえあったら満足だろうが、まあ、そういうわけにもいかん。――俺からも何か餌を与えないとな」
冗談めかしてはいるが、賢吾の言葉には毒気が滲み出ている。和彦が睨みつけると、低く笑い声を洩らして賢吾はやっと地図を畳んだ。
鷹津は、ただ働きはしない。和彦の〈番犬〉として働いた対価に、餌を欲しがる。一昨日、鷹津と会ったときにその餌を求められたが、体調のせいもあって断った。ただし、近いうちにまた鷹津と会って、しっかり餌を与えなくてはならないだろう。
この辺りの鷹津とのやり取りすら、和彦は賢吾に報告してあった。そのうえで、今の発言だ。
「そう怒るな、先生。県警が、花見会の監視強化を計画しているなんて、まだこちらの耳には入ってない情報だ。つまりそれだけ、県警は情報管理を徹底して、取り締まりに本気だという姿勢を見せているってことだ。花見会には、総和会の面子がかかっている。騒ぎを起こさず、招待客にも迷惑をかけず、粛々と花見会を行うことで、総和会は力を誇示する。例え警察であろうが、水を差すことはまかりならぬ、ってな」
「……恐ろしくなるほど、ヤクザの理論だな」
「他人事のように言っているが、先生はその花見会に招待されているんだぞ」
重圧が肩にのしかかり、和彦は深々とため息をつく。慰めか、励ましのつもりなのか、賢吾に肩を抱き寄せられた。
「やっぱり、行かないといけないのか……」
「オヤジが招待した以上、俺も口出しできない。それに花見の最中も、先生の側にいてやることはできない。挨拶ぐらいはできるだろうがな」
そもそも、花見会での自分の役割すら把握できていない和彦だが、賢吾の言葉に驚く。建前上はどうあれ、賢吾が当然側にいてくれると思っていたからだ。和彦の戸惑いを表情から読み取ったのだろう。顔を覗き込んできた賢吾に髪を撫でられた。
「まだピンときてないだろうが、しっかり頭に叩き込んでおけ。――総和会という枠の中にあって、最上位にいるのは会長だ。俺は、総和会に名を連ねる組の組長。立場の違う男が、オンナを共有している。この際、父子であることは関係ない。より大きな力を持つほうが、公の場で自分のオンナだと主張できるということだ」
102
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
水仙の鳥籠
下井理佐
BL
とある遊郭に売られた少年・翡翠と盗人の一郎の物語。
翡翠は今日も夜な夜な男達に抱かれながら、故郷の兄が迎えに来るのを格子の中で待っている。
ある日遊郭が火に見舞われる。
生を諦めた翡翠の元に一人の男が現れ……。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる