血と束縛と

北川とも

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第25話

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 秦だけでなく、その秦の後ろ盾となった長嶺組――賢吾からも。
「組長には報告しておきましたから、当分先生には、窮屈な思いをさせるかもしれません」
「……基本的に、どこに行くにも護衛をつけてもらっているから、ぼくの場合、さほど生活に影響があるとも思えないが……。あっ、護衛が面倒だから、夜は出歩くなと言うことか?」
 和彦としては真剣に問いかけたのだが、怪我をしている組員までもが、苦笑に近い表情を浮かべて首を横に振る。
「先生に、そんな野暮は言いませんよ。ただ、俺たちみたいな連中の面倒を見てくれる大事な人なんですから、気をつけてほしいだけです」
「それを言うなら、君らもだ。日ごろ振り回して、世話になっているからな」
 短く息を吐き出して和彦は、今度こそ切り傷の縫合に取り掛かった。




 午後の診察時間の終了まで一時間近く残して、クリニックにはすでに緩やかな空気が漂っていた。最後の患者を見送ってしまうと、完全予約制のこのクリニックでは、あとは仕事が限られるのだ。
 週明けに入っている予約について打ち合わせを済ませてから、あるスタッフは医療用品や薬剤の在庫を確認し、手が空いているスタッフは掃除を始める。和彦も、診察室を――というより、自分が使っているデスクの上を片付ける。
 それが終わると今度は、コピー用紙を一枚取ってきて、卓上カレンダーを眺める。
「――……ついこの間、花見でバタバタしていたのにな……」
 ぽつりと洩らした和彦は、簡単な文面を考えてコピー用紙に書いていく。すると、診察室の掃除のため入ってきた女性スタッフが、ススッと近づいてきた。
「何を書いているんですか、佐伯先生」
「ゴールデンウィークの休業日のお知らせ。患者さんにはもう電話で伝えてあるけど、配達業者が困るかもしれないから、そろそろ玄関のドアに貼っておこうと思って」
「はあ、この間開業したと思ったら、もうゴールデンウィークなんですねー。バタバタしていたから、なんだかあっという間です」
 まったく同意見だ。ただの勤務医から、何から何まで自分で方針を考え、指示を出す立場になったため、とにかく慌ただしい日々だった。しかも和彦の場合、大きな隠し事を悟られまいと、昼間は仕事以外のもので気を張り詰めている。
 本来なら季節の移り変わりに目を向ける余裕すらなかっただろうが、その辺りは周囲の男たちがきめ細かくフォローをしてくれた。
「一週間もお休みがもらえるので、実家でのんびりしようと思って、今から楽しみにしているんです」
 女性スタッフの純粋に嬉しそうな言葉に、わずかに和彦の罪悪感が疼く。
 カレンダー通りにクリニックを開けることになると、三連休のあとに平日が一日あり、そして三連休ということになるのだが、まとめて休みにしてしまえという賢吾の一言で、こういうことになってしまったのだ。そのときの賢吾の口ぶりからして、連休中に和彦を振り回す気満々だ。
「佐伯先生は、何かご予定はあるんですか?」
「……ぼくは今のところ、何も。部屋でごろごろして過ごすよ」
 そんな会話を交わしてから和彦は、休業日を書いたコピー用紙を玄関のドアに貼りに行った。
 掃除を終えてからクリニックを閉めると、速やかにスタッフたちが帰る。一人となった和彦は、診察室のイスに腰掛けてほっと一息をつく。途端に、あくびを洩らしていた。
 深夜に起こされ、襲われて怪我をした長嶺組の組員を治療していたため、今日は朝から眠気を引きずっていたのだ。スタッフがいるところでは平素と変わらぬよう振る舞っていたが、一人になって一気に気持ちが緩んでしまう。
 金曜日の夕方にトラブルなく仕事を終え、あとは帰るだけという状況だ。誰も和彦を責めたりはしないはずだ。
 今晩の食事は、パンを買って手軽に済ませようと考えながら帰り支度をしていると、携帯電話が鳴る。
 相手を確認した和彦は、緩んだ気持ちを再び引き締めるのに、多少の努力を要した。


 先日、和彦が手術を施した男が、真っ青な顔でベッドに横たわっている。手術後の経過は問題なく、傷口もきれいに塞がりつつあると報告は受けていたため、当分は自分が診る必要はないだろうと安心していたのだが、甘かったようだ。
 男が発熱し、激しい腹痛を訴えて、嘔吐しているという報告をクリニックで受けた時点で、和彦は薄々とながら原因がわかっていた。
 超音波で腹部の様子を探って正式な診断を下すと、男の苦痛を取り除くための治療を始める。

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