血と束縛と

北川とも

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第25話

(16)

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「腸閉塞だな。わかりやすく言うなら、腸が詰まっているんだ。だから、飲食したものがすべて逆流して、嘔吐が続くし、腹痛も起こる。先日の手術で内臓の組織が癒着して、腸が圧迫されたんだろうな。それに、寝たきりのストレスも、腸によくない影響を与える」
 部屋にいる男たちに淡々と説明をしながら、輸液の準備をする。一方で頭の片隅では、この場にいるのは、南郷率いる第二遊撃隊の人間ばかりなのだろうかと考えてもいた。
 手術を行ったときは、男が怪我を負った簡単な経緯だけは聞いたが、それ以外のことは何も知らされなかった。唯一はっきりしていたのは、総和会から回ってきた仕事、ということだけだ。だが、帰宅する車で南郷と乗り合わせ、さほど知りたくなかった事情を、大まかながら教えられた。
 総和会の中で詰め腹を切らせるために、男は生きていなくてはならないのだ。
 こういう事実を知ってプレッシャーを感じるぐらいなら、何も知らなかったほうがありがたい。
 医者として患者を救いたいのは当然だが、この世界で求められるのは、そういう道徳や倫理といったものではない。優先されるべきは、組織の都合であり、事情なのだ。結果として患者を救えるのだから文句はないだろうと、南郷なら平然と言いそうだった。
 必要以上に南郷を悪辣な男として捉えてしまうのは、やはり苦手だからだ。
 車中での出来事が蘇り、和彦は眉をひそめる。背筋を駆け抜けたのは、不快さだった。気を取り直し、男の腕に点滴の針を刺す。
「当分、食事はおろか、水を飲むことも厳禁だ。点滴で栄養をとりながら、胃腸を休ませる」
「……また、手術をすることになるんですか?」
 和彦の指示に従い、新しい洗面器を持ってきた男が問いかけてくる。なんとなく見覚えがある顔だと思ったら、先日、南郷と同乗した車を運転していた男だ。
 咄嗟に和彦は、質問に対して、まったく関係ない質問で返していた。
「――南郷さんもここに来ているのか?」
 男はわずかに目を見開いたあと、すぐに無表情となって首を横に振った。
「いえ、今日は会長と行動をともにしているので」
「そうか……」
 安心した、という露骨な言葉を寸前のところで呑み込み、和彦は男の質問に答える。
「手術は今のところしない。というより、なるべくならしたくない。腸が詰まった状態で腹を開くほうが、かえって危険だ。今はつらいだろうが、点滴で様子が落ち着くのを待つほうがいい。それで症状が悪化するようなら、他の手段を取ることになる」
 男から物言いたげな視線を向けられ、事情を察した和彦はこう指示した。
「今夜はここにいる。長嶺組には、そう連絡しておいてくれ」


 部屋に足を踏み入れた和彦は、殺風景な空間をぐるりと見回す。狭く薄暗い共用廊下の奥にある部屋は、すべての窓が板で塞がれており、そのせいか少しかび臭い。ただ、掃除は行き届いているように見えた。
 仮眠室ということで案内された部屋だが、普段は詰め所の一つとして使っているのだろう。テーブルとソファ、テレビと順番に視線を向けたあと、壁際に置かれたマットを見てひとまず安心する。どうやらソファに横になる必要はないようだ。
 患者に付き添って、床の上に毛布を敷いて寝た経験もあるため、仮にソファで休むことになってもひどい扱いだと文句を言う気もなかった。
 男たちなりに気をつかってくれているのは、マットの上に真新しいシーツと毛布、スウェットの上下が用意されていることからも、察することができる。さらにテーブルの上には、おにぎりやパン、ペットボトルのお茶が詰め込まれたコンビニの袋が置いてある。
 ここで和彦は、自分がまだ夕食をとっていないことを思い出した。
 まず先に着替えを済ませると、小さなキッチンで顔を洗ってから、ふらふらとソファに座り込む。猛烈に眠いが、空腹でもある。
 和彦はおにぎりを食べながら、さきほどまで診ていた患者のことを考えていた。
 夜が更けるにつれて男の顔色はずいぶんよくなってはきたが、相変わらず胃液を吐き続けており、腹痛も和らいだかと思えば、再発するということを繰り返している。数日間は、様子を見ながらの点滴による補液が続くだろう。つまり、何も食べられないということだ。
 それを思えば、コンビニで調達した食事といえど、何も考えずに頬張れる自分の健康状態がありがたい。和彦はおにぎりだけではなく、サンドイッチもしっかりと平らげ、お茶を飲んで満足する。
 マットにシーツを敷いて毛布を広げると、たまらず横になる。一気に意識が眠りへと吸い込まれそうになるが、ここで、部屋の電気を消していないことが気になる。それに、携帯電話をテーブルの上に置いたままだ。

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