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第26話
(20)
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不器用で優しい男を、そんな気持ちで苦しめていいのか――。
ふっと魔が差したように、そんなことが頭を過る。すると、中嶋に言われた。
「先生がそんなことを考えていると知ったら、多分三田村さんは、喜ぶと思いますよ。もっとも、あの無表情は変えないと思いますけど」
「……根拠は?」
「元ホストの勘」
真剣に聞くのではなかったと、和彦は背もたれにぐったりと体を体を預ける。
「元ホストの勘で、もう一つ言いたいことがあるんですが」
「この際だ。なんでも言ってくれ」
「――三田村さんは、手に入れるためじゃなく、失わないために鬼になるタイプですよ。命がけで先生に手を出したんなら、死んでも先生から離れないでしょう。そんな人が、先生に振り回されたぐらいで参るとは、到底思えません」
のろのろと姿勢を戻した和彦は、どういう表情を浮かべればいいかわからず、結局、聞こえなかったふりをしてコーヒーを啜る。
空気の読める中嶋はそれ以上は何も言わず、澄ました顔でチョコレートを摘まみ上げた。
さすがに夜は少し冷えると、開けた窓から外を眺めていた和彦は軽く身震いする。パジャマ姿で夜風に当たるのは、少々無謀だったようだ。
ただ、窓を閉めていては感じない夜風の冷たさや、街中とは明らかに違う空気の匂いは、堪能する価値がある。何より、静かだ。風が木々を揺らす音がせいぜいで、車のエンジン音すら響くことはない。本当に、周辺に人気がないのだ。
こんな環境に身を置くと、ふらりと夜の散歩に出かけたくなる和彦だが、それは明日の楽しみにしておこうと、静かに窓を閉めた。
ベッドの傍らを通り過ぎ、部屋を出る。廊下はぼんやりとした明かりで照らされているが、人影はない。立派すぎる別荘も、宿泊者が少ないときはただ寂しいだけだなと思いながら、和彦は隣の部屋の前へと行く。
露骨な気遣いを示した中嶋は一階の部屋を利用しているため、二階で休んでいるのは、和彦ともう一人しかいない。
ノックもせずに静かにドアを開けると、室内の様子がわかる程度には明るかった。光源は、音量を抑えたテレビだ。和彦は足音を殺してベッドに近づく。思ったとおり、三田村は目を閉じていた。
三田村と夜を共に過ごすことがあるからこそ、なんとなく把握してしまったが、三田村は部屋を真っ暗にして眠ることを好まない。元からの性質なのか、物騒な世界で気の抜けない生活を送っているがゆえに身についた習性なのか、いまだに和彦は理由を知らない。なんにしても、些細なことだ。
和彦はスリッパを脱ぐと、もう自分の気配を殺すことなく、堂々と三田村の隣に潜り込む。とっくに起きていたのか、すぐに目を開けた三田村は、驚いた様子もなく柔らかな表情を浮かべた。
「どうかしたのか、先生」
「――夜這いに来た」
吐息を洩らすように三田村が笑う。どうやら本気にしていないようだが、かまわず和彦は行動に出た。
布団を剥ぎ取ると、すかさず三田村の上に馬乗りになり、有無を言わせずトレーナーをたくし上げる。さすがに三田村も慌てたように体を起こそうとしたが、両肩をしっかりと押さえつけて阻む。
「先生……」
「昼間のやり取りを、ぼくなりにいろいろと考えたんだ」
この瞬間、ふっと三田村の体から力が向ける。
「……すまない。先生に負担をかけるつもりはなかったのに、気持ちに歯止めがきかなかった」
「もう、謝るのはなしだ。そうじゃないと、ぼくはずっとあんたに謝り続けないといけない」
「俺は、先生に謝ってもらうことなんてないが」
トレーナーを脱がせ、三田村を上半身裸にしてしまった和彦は、鍛え上げられた体を両てのひらで撫で回す。
「そう言うと思った」
昼間、中嶋から言われた言葉が頭を過る。
三田村は、手に入れるためではなく、失わないために鬼になれる男だと。つまり、こうして和彦が側にいる限り、三田村は変わらず在り続けてくれるのかもしれない。確信が持てる将来などありえないだろうが、少なくとも三田村という誠実で優しい男は、和彦のために身を削り、神経をすり減らすような苦労を厭わないはずだ。
苦しむ三田村の姿にすら、そのうち自分は悦びを感じるようになるのだろうか――。
性質が悪い〈オンナ〉と呼ばれることが多くなった和彦は、ふっとそんなことを考えてしまう。そんな自分に対して、三田村は変わらず気持ちを傾けてくれるだろうか、とも。
ふいに三田村が片手を伸ばし、和彦の髪に触れてくる。
「今、怖いことを考えていただろう?」
三田村の指摘に、和彦は苦笑を洩らす。
「……ああ。あんたを都合よく利用して、どうやって雑に扱ってやろうか、ってな」
「先生が望む通りに。そのために、俺はいる」
ふっと魔が差したように、そんなことが頭を過る。すると、中嶋に言われた。
「先生がそんなことを考えていると知ったら、多分三田村さんは、喜ぶと思いますよ。もっとも、あの無表情は変えないと思いますけど」
「……根拠は?」
「元ホストの勘」
真剣に聞くのではなかったと、和彦は背もたれにぐったりと体を体を預ける。
「元ホストの勘で、もう一つ言いたいことがあるんですが」
「この際だ。なんでも言ってくれ」
「――三田村さんは、手に入れるためじゃなく、失わないために鬼になるタイプですよ。命がけで先生に手を出したんなら、死んでも先生から離れないでしょう。そんな人が、先生に振り回されたぐらいで参るとは、到底思えません」
のろのろと姿勢を戻した和彦は、どういう表情を浮かべればいいかわからず、結局、聞こえなかったふりをしてコーヒーを啜る。
空気の読める中嶋はそれ以上は何も言わず、澄ました顔でチョコレートを摘まみ上げた。
さすがに夜は少し冷えると、開けた窓から外を眺めていた和彦は軽く身震いする。パジャマ姿で夜風に当たるのは、少々無謀だったようだ。
ただ、窓を閉めていては感じない夜風の冷たさや、街中とは明らかに違う空気の匂いは、堪能する価値がある。何より、静かだ。風が木々を揺らす音がせいぜいで、車のエンジン音すら響くことはない。本当に、周辺に人気がないのだ。
こんな環境に身を置くと、ふらりと夜の散歩に出かけたくなる和彦だが、それは明日の楽しみにしておこうと、静かに窓を閉めた。
ベッドの傍らを通り過ぎ、部屋を出る。廊下はぼんやりとした明かりで照らされているが、人影はない。立派すぎる別荘も、宿泊者が少ないときはただ寂しいだけだなと思いながら、和彦は隣の部屋の前へと行く。
露骨な気遣いを示した中嶋は一階の部屋を利用しているため、二階で休んでいるのは、和彦ともう一人しかいない。
ノックもせずに静かにドアを開けると、室内の様子がわかる程度には明るかった。光源は、音量を抑えたテレビだ。和彦は足音を殺してベッドに近づく。思ったとおり、三田村は目を閉じていた。
三田村と夜を共に過ごすことがあるからこそ、なんとなく把握してしまったが、三田村は部屋を真っ暗にして眠ることを好まない。元からの性質なのか、物騒な世界で気の抜けない生活を送っているがゆえに身についた習性なのか、いまだに和彦は理由を知らない。なんにしても、些細なことだ。
和彦はスリッパを脱ぐと、もう自分の気配を殺すことなく、堂々と三田村の隣に潜り込む。とっくに起きていたのか、すぐに目を開けた三田村は、驚いた様子もなく柔らかな表情を浮かべた。
「どうかしたのか、先生」
「――夜這いに来た」
吐息を洩らすように三田村が笑う。どうやら本気にしていないようだが、かまわず和彦は行動に出た。
布団を剥ぎ取ると、すかさず三田村の上に馬乗りになり、有無を言わせずトレーナーをたくし上げる。さすがに三田村も慌てたように体を起こそうとしたが、両肩をしっかりと押さえつけて阻む。
「先生……」
「昼間のやり取りを、ぼくなりにいろいろと考えたんだ」
この瞬間、ふっと三田村の体から力が向ける。
「……すまない。先生に負担をかけるつもりはなかったのに、気持ちに歯止めがきかなかった」
「もう、謝るのはなしだ。そうじゃないと、ぼくはずっとあんたに謝り続けないといけない」
「俺は、先生に謝ってもらうことなんてないが」
トレーナーを脱がせ、三田村を上半身裸にしてしまった和彦は、鍛え上げられた体を両てのひらで撫で回す。
「そう言うと思った」
昼間、中嶋から言われた言葉が頭を過る。
三田村は、手に入れるためではなく、失わないために鬼になれる男だと。つまり、こうして和彦が側にいる限り、三田村は変わらず在り続けてくれるのかもしれない。確信が持てる将来などありえないだろうが、少なくとも三田村という誠実で優しい男は、和彦のために身を削り、神経をすり減らすような苦労を厭わないはずだ。
苦しむ三田村の姿にすら、そのうち自分は悦びを感じるようになるのだろうか――。
性質が悪い〈オンナ〉と呼ばれることが多くなった和彦は、ふっとそんなことを考えてしまう。そんな自分に対して、三田村は変わらず気持ちを傾けてくれるだろうか、とも。
ふいに三田村が片手を伸ばし、和彦の髪に触れてくる。
「今、怖いことを考えていただろう?」
三田村の指摘に、和彦は苦笑を洩らす。
「……ああ。あんたを都合よく利用して、どうやって雑に扱ってやろうか、ってな」
「先生が望む通りに。そのために、俺はいる」
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