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第28話
(12)
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三田村の物言いたげな雰囲気が伝わってくる。しかし、それを実際に言葉として発しないところに、三田村の優しさを感じる。
その優しさに報いるため、和彦は言葉を選びながら話す。
「佐伯俊哉。ぼくのことを調べたときに、父さんのことも調べたんだろう。大物官僚で、怖いぐらいの切れ者だ。子飼いの官僚が何人もいて、一大派閥を作り上げて、政治家に対しても影響力がある。傲慢で野心家、氷のように冷たい。でも――」
「でも?」
「ものすごく、ハンサムなんだ。家柄も仕事にも恵まれていて、そのうえ外見もとなると、女性が放っておかない。父さんの傲慢さや冷たさは、女性にとっては魅力的らしい。自分は結婚していて、子供がいようが関係ない。気に入った相手と関係を持つ。堅いイメージに守られた佐伯俊哉の本質は――奔放さだ」
守光から、俊哉の女性関係の処理について聞かされたとき、驚きはしたものの、その内容をすぐに信用したのは、このためだ。和彦は、父親の実像を嫌というほど把握している。
「……見た目はまったく似てないけど、ぼくと父さんは、こういう部分でよく似ている。性的な禁忌に対する感覚が、きっと壊れているんだ」
三田村に肩先を撫でられたあと、ぐっと掴まれる。驚いた和彦が顔を上げると、三田村は厳しい表情でこう言った。
「壊れているなんて、言わないでくれ。俺はずっと、先生の愛情深さに心地よさを感じている。先生の本質も奔放さだというなら、俺はその奔放さが、愛しくてたまらない」
和彦は瞬きも忘れて三田村の顔を凝視してから、小さく声を洩らして笑う。
「すごい口説き文句だ」
「そんなつもりはないが……、でも、本心だ」
笑みを消した和彦は、三田村の頬を撫で、あごにうっすらと残る傷跡を指先でなぞる。何かが刺激されたように三田村がゆっくりと動き、和彦の体はベッドに押し付けられた。
きつく抱き締められ、その感触に意識が舞い上がるほどの心地よさを覚えながら、和彦は両腕を三田村の背に回す。
「あんたのことも聞きたい」
「俺のこと?」
「あんたの父親のこと」
三田村は一瞬痛みを感じたような顔をしてから、苦々しい口調で言った。
「俺の父親は……、わざわざ先生に話して聞かす価値もない、ロクでもない奴だ」
「確か、このあごの傷を――」
「そういえば、先生に話したことがあったな。俺のあごの傷跡は、親父がつけたものだ。気に食わないことがあればすぐに暴れて、刃物を振り回すこともあった。よく、殴られたり、蹴られたりしたものだ」
「泣いたか?」
和彦の問いかけに、三田村が笑みをこぼす。その笑みに誘われて、三田村の頭を引き寄せた和彦は、そっと唇を吸ってやり、いつものようにあごの傷跡に舌先を這わせる。三田村が荒い息を吐き出した。
「……泣けなかった。こんなクソ野郎の前で、意地でも弱みを見せるもんかと思ったんだ」
「強いな。ぼくは……体の痛みには慣れない。体を痛めつけられると、心が折れる。痛いのは、嫌いだ」
「先生を痛めつけるような奴がいたのか?」
三田村の声が怖い響きを帯びる。和彦は曖昧な表情で返し、三田村が羽織っているバスローブの紐を解く。すぐに、バスローブの下に手を忍び込ませ、直に三田村の体に触れた。
「あんたの父親は、仕事は何をしてたんだ?」
自分の質問がはぐらかされたことに三田村は戸惑いを見せたが、優しい男は和彦を問い詰めるようなマネはしない。
「親から継いだ小さな工場を経営していたが、さっぱり才覚がなくて、潰しちまった。それからは、いろいろ手を出しては失敗して、どんどん落ちぶれていった。その鬱憤を、俺相手に晴らしていた――」
虎の刺青を撫で始めると、三田村が唇を引き結ぶ。そして、まるで和彦に甘えるように頬ずりをしてきた。
「昔のことを話すとどうしても、自分の荒みっぷりを自覚して、うんざりするんだ……。俺は何も持ってない、誰にも期待もされないつまらない人間で、いままでもこれからも、そうあり続けるんだと。それが嫌で、他人に話すこともなくなっていた」
「ぼくが、心の傷を抉ったか?」
「いや。不思議だな。先生が相手だと、荒むどころか、癒される」
「若頭補佐は、ぼくに甘すぎる」
和彦が声を洩らして笑うと、三田村に唇を塞がれる。余裕ない動きで片手が足の間に差し込まれ、敏感なものを握り締められる。洩らした声はすべて三田村に吸い取られた。
性急な愛撫を与えられ、腰を揺らしながら和彦は、自分の官能の高まりを知らせるように、三田村の背を忙しくまさぐる。すでに荒ぶっている虎を駆り立てるのは、実に簡単だった。
その優しさに報いるため、和彦は言葉を選びながら話す。
「佐伯俊哉。ぼくのことを調べたときに、父さんのことも調べたんだろう。大物官僚で、怖いぐらいの切れ者だ。子飼いの官僚が何人もいて、一大派閥を作り上げて、政治家に対しても影響力がある。傲慢で野心家、氷のように冷たい。でも――」
「でも?」
「ものすごく、ハンサムなんだ。家柄も仕事にも恵まれていて、そのうえ外見もとなると、女性が放っておかない。父さんの傲慢さや冷たさは、女性にとっては魅力的らしい。自分は結婚していて、子供がいようが関係ない。気に入った相手と関係を持つ。堅いイメージに守られた佐伯俊哉の本質は――奔放さだ」
守光から、俊哉の女性関係の処理について聞かされたとき、驚きはしたものの、その内容をすぐに信用したのは、このためだ。和彦は、父親の実像を嫌というほど把握している。
「……見た目はまったく似てないけど、ぼくと父さんは、こういう部分でよく似ている。性的な禁忌に対する感覚が、きっと壊れているんだ」
三田村に肩先を撫でられたあと、ぐっと掴まれる。驚いた和彦が顔を上げると、三田村は厳しい表情でこう言った。
「壊れているなんて、言わないでくれ。俺はずっと、先生の愛情深さに心地よさを感じている。先生の本質も奔放さだというなら、俺はその奔放さが、愛しくてたまらない」
和彦は瞬きも忘れて三田村の顔を凝視してから、小さく声を洩らして笑う。
「すごい口説き文句だ」
「そんなつもりはないが……、でも、本心だ」
笑みを消した和彦は、三田村の頬を撫で、あごにうっすらと残る傷跡を指先でなぞる。何かが刺激されたように三田村がゆっくりと動き、和彦の体はベッドに押し付けられた。
きつく抱き締められ、その感触に意識が舞い上がるほどの心地よさを覚えながら、和彦は両腕を三田村の背に回す。
「あんたのことも聞きたい」
「俺のこと?」
「あんたの父親のこと」
三田村は一瞬痛みを感じたような顔をしてから、苦々しい口調で言った。
「俺の父親は……、わざわざ先生に話して聞かす価値もない、ロクでもない奴だ」
「確か、このあごの傷を――」
「そういえば、先生に話したことがあったな。俺のあごの傷跡は、親父がつけたものだ。気に食わないことがあればすぐに暴れて、刃物を振り回すこともあった。よく、殴られたり、蹴られたりしたものだ」
「泣いたか?」
和彦の問いかけに、三田村が笑みをこぼす。その笑みに誘われて、三田村の頭を引き寄せた和彦は、そっと唇を吸ってやり、いつものようにあごの傷跡に舌先を這わせる。三田村が荒い息を吐き出した。
「……泣けなかった。こんなクソ野郎の前で、意地でも弱みを見せるもんかと思ったんだ」
「強いな。ぼくは……体の痛みには慣れない。体を痛めつけられると、心が折れる。痛いのは、嫌いだ」
「先生を痛めつけるような奴がいたのか?」
三田村の声が怖い響きを帯びる。和彦は曖昧な表情で返し、三田村が羽織っているバスローブの紐を解く。すぐに、バスローブの下に手を忍び込ませ、直に三田村の体に触れた。
「あんたの父親は、仕事は何をしてたんだ?」
自分の質問がはぐらかされたことに三田村は戸惑いを見せたが、優しい男は和彦を問い詰めるようなマネはしない。
「親から継いだ小さな工場を経営していたが、さっぱり才覚がなくて、潰しちまった。それからは、いろいろ手を出しては失敗して、どんどん落ちぶれていった。その鬱憤を、俺相手に晴らしていた――」
虎の刺青を撫で始めると、三田村が唇を引き結ぶ。そして、まるで和彦に甘えるように頬ずりをしてきた。
「昔のことを話すとどうしても、自分の荒みっぷりを自覚して、うんざりするんだ……。俺は何も持ってない、誰にも期待もされないつまらない人間で、いままでもこれからも、そうあり続けるんだと。それが嫌で、他人に話すこともなくなっていた」
「ぼくが、心の傷を抉ったか?」
「いや。不思議だな。先生が相手だと、荒むどころか、癒される」
「若頭補佐は、ぼくに甘すぎる」
和彦が声を洩らして笑うと、三田村に唇を塞がれる。余裕ない動きで片手が足の間に差し込まれ、敏感なものを握り締められる。洩らした声はすべて三田村に吸い取られた。
性急な愛撫を与えられ、腰を揺らしながら和彦は、自分の官能の高まりを知らせるように、三田村の背を忙しくまさぐる。すでに荒ぶっている虎を駆り立てるのは、実に簡単だった。
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