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第31話
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低く抑えた声が空気を微かに震わせる。和彦の肩も。
「会長の……、様子が気になったものですから……」
「そうか。だったら部屋に入ってくれ」
「……いいんですか?」
「いいも何も、あんたは医者だろ」
歯を剥き出すようにして南郷が笑う。バカにされたように感じたが、単なる被害妄想かもしれない。考え過ぎということにして、わずかに開いた襖の隙間から、守光の部屋を覗く。スタンド照明のほのかな明かりのおかげで、休んでいる守光の様子を見ることができた。
さらに襖を開けた和彦は、身を滑り込ませるようにして部屋に入る。逡巡したが、結局、襖を完全に閉めてから、守光が横たわっている布団に静かに歩み寄った。
傍らに座ると、眠っているとばかり思っていた守光が目を開ける。驚いて咄嗟に言葉が出ない和彦に、守光が話しかけてきた。
「様子を見に来てくれたのか、先生」
「……すみません。脈だけ測らせてもらおうと思ったんですが、起こしてしまいましたね」
「気にしないでくれ。目を閉じてはいたが、眠っていたわけじゃない」
布団の下から守光が片手を出したので、さっそく和彦は脈拍を測る。呼吸も安定しているので、急を要する状態にはなっていないようだ。守光の手を布団の中に戻そうとして、軽く指を掴まれた。ハッとして守光を見ると、もう目を閉じている。和彦は、守光の手を握った。なんだか、不思議な感覚だった。
「――……ぼくは、家族の看病というものをしたことがないんです。それどころか、誰かが体調を崩しても、心配して枕元に近寄ることもできなかった。ぼく以外の家族間で心配して、看病をしていました。だから正直、家族の体調を気遣うという感覚が、よくわからない。医者として患者を気遣うのと、どう違うのだろうかと、大学に通っていた頃や、医者になったばかりの頃は、不思議でした」
迷惑だろうかと思いつつ話しかけると、目を閉じたまま守光は笑った。
「今は、わかるのかね?」
「今も、正直不思議な感覚です。他人のぼくが、こうしてあなたの側にいるのは。ぼくは今、どんな立場でここにいるのか、自分でもよくわからないんです」
医者として、患者を不安にさせる発言だなと思ったが、こう表現するしかなかった。守光は、今度は声を洩らして笑う。
「不思議な縁だな。あんたとは。千尋とあんたの縁が、あんたを賢吾に引き合わせ、結果として、わしもあんたと出会えた。そのわしは、ずいぶん昔に、あんたの父親と縁ができていた。医者のあんたと深い関係を結んで、こうして診てもらって……」
「本当に、そうですね。ぼくと会長の縁が、一番不思議かもしれません」
「せっかくの縁だ。本当の家族になるのもいいかもしれんな」
「えっ……?」
守光が薄く目を開き、このとき見えた眼光の鋭さに、和彦は一瞬息を止める。
「わしの養子にならんかね」
和彦は、握った手と、守光の顔を交互に見ながら、何も言えなかった。守光は再び目を閉じ、穏やかな口調で続ける。
「冗談なのか本気なのか判断がつかない、という顔をしているな、先生」
「……賢吾さんに、同じことを言われたことがあります」
「なるほど。父子揃って、口説き文句も同じとは、血の繋がりは侮れんな」
ふふ、と堪らず和彦は笑ってしまう。守光はそれ以上何も言わなかった。
和彦はしばらく守光の手を握ったまま、落ち着いた呼吸音を聞き続けた。
「会長の……、様子が気になったものですから……」
「そうか。だったら部屋に入ってくれ」
「……いいんですか?」
「いいも何も、あんたは医者だろ」
歯を剥き出すようにして南郷が笑う。バカにされたように感じたが、単なる被害妄想かもしれない。考え過ぎということにして、わずかに開いた襖の隙間から、守光の部屋を覗く。スタンド照明のほのかな明かりのおかげで、休んでいる守光の様子を見ることができた。
さらに襖を開けた和彦は、身を滑り込ませるようにして部屋に入る。逡巡したが、結局、襖を完全に閉めてから、守光が横たわっている布団に静かに歩み寄った。
傍らに座ると、眠っているとばかり思っていた守光が目を開ける。驚いて咄嗟に言葉が出ない和彦に、守光が話しかけてきた。
「様子を見に来てくれたのか、先生」
「……すみません。脈だけ測らせてもらおうと思ったんですが、起こしてしまいましたね」
「気にしないでくれ。目を閉じてはいたが、眠っていたわけじゃない」
布団の下から守光が片手を出したので、さっそく和彦は脈拍を測る。呼吸も安定しているので、急を要する状態にはなっていないようだ。守光の手を布団の中に戻そうとして、軽く指を掴まれた。ハッとして守光を見ると、もう目を閉じている。和彦は、守光の手を握った。なんだか、不思議な感覚だった。
「――……ぼくは、家族の看病というものをしたことがないんです。それどころか、誰かが体調を崩しても、心配して枕元に近寄ることもできなかった。ぼく以外の家族間で心配して、看病をしていました。だから正直、家族の体調を気遣うという感覚が、よくわからない。医者として患者を気遣うのと、どう違うのだろうかと、大学に通っていた頃や、医者になったばかりの頃は、不思議でした」
迷惑だろうかと思いつつ話しかけると、目を閉じたまま守光は笑った。
「今は、わかるのかね?」
「今も、正直不思議な感覚です。他人のぼくが、こうしてあなたの側にいるのは。ぼくは今、どんな立場でここにいるのか、自分でもよくわからないんです」
医者として、患者を不安にさせる発言だなと思ったが、こう表現するしかなかった。守光は、今度は声を洩らして笑う。
「不思議な縁だな。あんたとは。千尋とあんたの縁が、あんたを賢吾に引き合わせ、結果として、わしもあんたと出会えた。そのわしは、ずいぶん昔に、あんたの父親と縁ができていた。医者のあんたと深い関係を結んで、こうして診てもらって……」
「本当に、そうですね。ぼくと会長の縁が、一番不思議かもしれません」
「せっかくの縁だ。本当の家族になるのもいいかもしれんな」
「えっ……?」
守光が薄く目を開き、このとき見えた眼光の鋭さに、和彦は一瞬息を止める。
「わしの養子にならんかね」
和彦は、握った手と、守光の顔を交互に見ながら、何も言えなかった。守光は再び目を閉じ、穏やかな口調で続ける。
「冗談なのか本気なのか判断がつかない、という顔をしているな、先生」
「……賢吾さんに、同じことを言われたことがあります」
「なるほど。父子揃って、口説き文句も同じとは、血の繋がりは侮れんな」
ふふ、と堪らず和彦は笑ってしまう。守光はそれ以上何も言わなかった。
和彦はしばらく守光の手を握ったまま、落ち着いた呼吸音を聞き続けた。
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