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第33話
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それでも、鷹津とのことを知られるわけにはいかなかった。当然、自分から口にするはずもない。
保身のためもあるが、自分のせいで鷹津が何かを失うのは、やはり嫌なのだ。
「……何かあった?」
囁きながら千尋がもう一度唇を重ねてくる。和彦は、茶色の髪を優しく指で梳いた。
「何も、と言いたいところだが、ここにいると、いろいろあるから……」
千尋の眼差しがスッと鋭さを帯びる。その変化を目の当たりにして和彦はドキリとした。
「千尋?」
「先生から目を離すと、危ないんだよな。自覚なく、性質の悪い男を引き寄せて、骨抜きにするから。――もしかして最近は、自覚があったりして」
口調は冗談っぽくありながら、千尋の表情は真剣だった。こういうときの千尋は、厄介だ。次の行動が予測できず、とんでもない暴走をしそうなのだ。
和彦の奔放さに対して、嫉妬や独占欲とのつき合い方は上手いと話す千尋は、事実、年齢に見合わない寛大さを示しているといえる。一方で、何かの拍子に激しい感情を発露させることもあるのだ。そうやって千尋は、荒々しい感情のバランスを取っている。とても危うく。
それを受け止めることは、自分の役割であり、義務ですらあると和彦は考えていた。
「自覚があったら、ぼくを嫌いになるか?」
「悪いオンナ、っていう自覚か……。エロい響き」
バカ、と一言呟いた和彦は、千尋の頭を軽く小突く。すぐに手を引こうとしたが、その手を千尋に掴まれた。子供が甘えてくるように額と額を合わせてきたかと思うと、頬ずりをされ、首筋に顔が寄せられる。肌に触れる息遣いがくすぐったくて、和彦は小さく笑い声を洩らした。
「子犬にじゃれつかれているみたいだ」
「子犬?」
「……別に、可愛いという意味で言ったんじゃないからな」
和彦が念を押すと、千尋が唇を尖らせる。あざといほど子供っぽい仕種だが、和彦には効果的だと、千尋はよくわかっているのだろう。
「悪いオンナの周りには、食えない大人の男ばかりだからね。――こういうのも新鮮だろ?」
間近から強い眼差しを向けられ、一瞬怯みかけた和彦だが、すぐに気を取り直す。千尋の両頬をてのひらで挟み込むようにして優しく撫でた。
「お前は、食えない大人の男になったのか?」
千尋は考える素振りを見せたものの、すぐにニヤリと笑いかけてくる。
「先生にこうして可愛がってもらえる特権は、まだ手放したくないな」
「別に、可愛がってはない……」
「でも俺のこと、可愛いと思ってるだろ?」
「……そういうことをヌケヌケと口にできる奴は、可愛くない」
大げさに抗議の声を上げた千尋がしがみついてきて、今度こそ和彦は後ろへと倒れ込む。畳んだ服があっただけではなく、千尋が咄嗟に頭を庇ってくれたおかげで痛くはなかったが、そんなことは関係ないと、和彦は声を潜めて怒る。
「お前は少し加減しろっ」
「してる――、というより、する」
耳元に注ぎ込まれた千尋の言葉は、熱かった。察するものがあって和彦は体を強張らせつつ、襖の向こうの様子をうかがう。すでに夕食の準備が始まっているかもしれない。
「こら、お前、夕飯を食べたら帰るんだろ。おとなしくしてろ」
「おとなしく、甘えてるだけ」
屁理屈ばかり言うなと、千尋の肩を殴りつける。クスクスと笑い声を洩らしながら千尋が、耳に唇を押し当てながら、和彦が着ているシャツの下に手を忍ばせてきた。
いとしげに脇腹を撫でられ、和彦は息を詰める。これ以上大胆な行為に出るようなら、本気で髪を引っ張ってやろうと思ったが、どうやら千尋は本当に、甘えるだけのつもりらしい。
きつく抱き締めてきて、満足げに吐息を洩らす千尋の様子をうかがっているうちに、身構えているのもバカらしくなってくる。和彦は体から力を抜くと、千尋の背に両腕を回した。自分はやはり、千尋に甘すぎるなと思いながら。
自宅マンションにようやく戻ることができた和彦は、本部から持ち帰った服や本を片付け、迷った挙げ句、ささやかな旅仕度を整えた。
長嶺の三世代の男たちが揃った旅がどういうものになるか、さっぱり想像がつかない。法要がメインであるし、宿を替えて一泊ずつ滞在するということで、なかなか慌しいものになりそうだ。それでも千尋は海で遊ぶと言い張っているので、それに振り回される自分の姿が今から目に浮かぶ。
念のためバッグに水着も詰め込んだ和彦は、ゆっくりする間もなく部屋をあとにする。当然外では、総和会の護衛の車が待機していた。
保身のためもあるが、自分のせいで鷹津が何かを失うのは、やはり嫌なのだ。
「……何かあった?」
囁きながら千尋がもう一度唇を重ねてくる。和彦は、茶色の髪を優しく指で梳いた。
「何も、と言いたいところだが、ここにいると、いろいろあるから……」
千尋の眼差しがスッと鋭さを帯びる。その変化を目の当たりにして和彦はドキリとした。
「千尋?」
「先生から目を離すと、危ないんだよな。自覚なく、性質の悪い男を引き寄せて、骨抜きにするから。――もしかして最近は、自覚があったりして」
口調は冗談っぽくありながら、千尋の表情は真剣だった。こういうときの千尋は、厄介だ。次の行動が予測できず、とんでもない暴走をしそうなのだ。
和彦の奔放さに対して、嫉妬や独占欲とのつき合い方は上手いと話す千尋は、事実、年齢に見合わない寛大さを示しているといえる。一方で、何かの拍子に激しい感情を発露させることもあるのだ。そうやって千尋は、荒々しい感情のバランスを取っている。とても危うく。
それを受け止めることは、自分の役割であり、義務ですらあると和彦は考えていた。
「自覚があったら、ぼくを嫌いになるか?」
「悪いオンナ、っていう自覚か……。エロい響き」
バカ、と一言呟いた和彦は、千尋の頭を軽く小突く。すぐに手を引こうとしたが、その手を千尋に掴まれた。子供が甘えてくるように額と額を合わせてきたかと思うと、頬ずりをされ、首筋に顔が寄せられる。肌に触れる息遣いがくすぐったくて、和彦は小さく笑い声を洩らした。
「子犬にじゃれつかれているみたいだ」
「子犬?」
「……別に、可愛いという意味で言ったんじゃないからな」
和彦が念を押すと、千尋が唇を尖らせる。あざといほど子供っぽい仕種だが、和彦には効果的だと、千尋はよくわかっているのだろう。
「悪いオンナの周りには、食えない大人の男ばかりだからね。――こういうのも新鮮だろ?」
間近から強い眼差しを向けられ、一瞬怯みかけた和彦だが、すぐに気を取り直す。千尋の両頬をてのひらで挟み込むようにして優しく撫でた。
「お前は、食えない大人の男になったのか?」
千尋は考える素振りを見せたものの、すぐにニヤリと笑いかけてくる。
「先生にこうして可愛がってもらえる特権は、まだ手放したくないな」
「別に、可愛がってはない……」
「でも俺のこと、可愛いと思ってるだろ?」
「……そういうことをヌケヌケと口にできる奴は、可愛くない」
大げさに抗議の声を上げた千尋がしがみついてきて、今度こそ和彦は後ろへと倒れ込む。畳んだ服があっただけではなく、千尋が咄嗟に頭を庇ってくれたおかげで痛くはなかったが、そんなことは関係ないと、和彦は声を潜めて怒る。
「お前は少し加減しろっ」
「してる――、というより、する」
耳元に注ぎ込まれた千尋の言葉は、熱かった。察するものがあって和彦は体を強張らせつつ、襖の向こうの様子をうかがう。すでに夕食の準備が始まっているかもしれない。
「こら、お前、夕飯を食べたら帰るんだろ。おとなしくしてろ」
「おとなしく、甘えてるだけ」
屁理屈ばかり言うなと、千尋の肩を殴りつける。クスクスと笑い声を洩らしながら千尋が、耳に唇を押し当てながら、和彦が着ているシャツの下に手を忍ばせてきた。
いとしげに脇腹を撫でられ、和彦は息を詰める。これ以上大胆な行為に出るようなら、本気で髪を引っ張ってやろうと思ったが、どうやら千尋は本当に、甘えるだけのつもりらしい。
きつく抱き締めてきて、満足げに吐息を洩らす千尋の様子をうかがっているうちに、身構えているのもバカらしくなってくる。和彦は体から力を抜くと、千尋の背に両腕を回した。自分はやはり、千尋に甘すぎるなと思いながら。
自宅マンションにようやく戻ることができた和彦は、本部から持ち帰った服や本を片付け、迷った挙げ句、ささやかな旅仕度を整えた。
長嶺の三世代の男たちが揃った旅がどういうものになるか、さっぱり想像がつかない。法要がメインであるし、宿を替えて一泊ずつ滞在するということで、なかなか慌しいものになりそうだ。それでも千尋は海で遊ぶと言い張っているので、それに振り回される自分の姿が今から目に浮かぶ。
念のためバッグに水着も詰め込んだ和彦は、ゆっくりする間もなく部屋をあとにする。当然外では、総和会の護衛の車が待機していた。
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