血と束縛と

北川とも

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第34話

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「何言ってるんだ。ぼくが襲撃を受けたかもしれないんだろ。そんなぼくと、長嶺組の大事な跡目を同じ部屋に泊まらせるなんて、できるはずがない。お前がどうしてもと言い張るなら、ぼくから組長に連絡するぞ」
「残念。オヤジは行事に顔を出していて、電話は通じないよ。先生のことも、まだ耳に入ってないかもしれない。オヤジがいない以上、先生のことで指示を出せるのは俺。その俺が、先生の側にいたいんだから――」
「ますます、ここに泊めるわけにはいかないっ。何があるかわからないんだから、早く本宅に戻れっ。いざとなれば、会長に連絡するぞ」
 千尋が拗ねたように唇を尖らせたので、和彦は奥の手を使うしかなかった。
 大きくため息をつき、視線を伏せる。力ない声でこう訴えた。
「――……一人になって、落ち着きたいんだ。今のぼくは、お前にまで気をつかえる余裕はない。ぼくを心配するなら、お前はお前の身の安全を考えてくれ。それと、お前を支えている人たちのことも。お前一人の身じゃないんだぞ」
「それは先生だって同じだろ……。でも、一人になりたいという気持ちはわかる。先生の心配が減るというんなら、今晩は帰る」
 素直な千尋を騙したような罪悪感の痛みを押し隠して、和彦は小さく頷いた。


 精神的にも肉体的にも疲弊しているのだが、この夜はまったく眠れる気がしなかった。
 テレビのニュース番組を漫然と眺めてから、電源を切る。千尋の話を聞いたせいだろうが、ホテルの一室に身を置いていると、外では凄まじい嵐が吹き荒れていながら、自分だけが何も知らずぼんやりしているのではないかと、焦燥感のようなものが生まれる。
 ベッドに横になろうとして気が変わり、部屋に備えつけの冷蔵庫から缶ビールを取り出そうとしたが、結局、冷たいお茶を選んでいた。
 グラスにお茶を注いでいると、ナイトテーブルの上に置いた携帯電話が鳴る。今は誰かと話すのはひどく億劫だと思ったが、表示された相手の名を確認すると、無視するわけにはいかない。
『――起きていたか』
 夜更けであろうが、普段の落ち着きも艶もまったく失っていない賢吾の声は、今の和彦には少々刺激が強すぎた。行儀が悪いと思いつつも、ベッドに転がって話すことにする。
「気が高ぶって、眠れないんだ」
『どうしても眠りたいというなら、うちのに安定剤を持っていかせる』
「……いい。無理して眠っても、夢見が悪そうだ」
『よほど怖い思いをしたんだな。千尋から報告を受けて、先生に怪我がなかっただけじゃなく、ずいぶん落ち着いているように見えたと聞いて、少しほっとしていたんだが』
 まるで子供をあやすような優しい口調に、和彦は気恥ずかしさに襲われる。意味なく寝返りを打っていた。
『すまなかったな。できることなら、ホテルの部屋に先生を一人になんてせずに、本宅で保護したかったんだが、肝心の俺が本宅を離れている。総和会相手に交渉事をさせるには、千尋にはまだちょっとばかり荷が重い』
「ぼくの身柄について、長嶺の男たちだけで電話で相談を済ませるというわけにはいかないんだな」
『総和会の護衛がついていての、今回の襲撃だ。うちでは危ないので、長嶺組にお任せします、というわけにはいかねーんだ。面子の問題でな。それと、内輪の事情で』
 さきほどの千尋の話を思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。
「本当に、御堂さんの立場が悪くなったりは……」
『秋慈は、劇薬だ。迂闊には触れない。それどころか、総和会の中に置くだけで、人と思惑が蠢く。本人の意思に関係なくな。――先生に似ていると思わないか?』
 和彦はため息をつくと、もう一度寝返りを打つ。賢吾が言おうとしていることは、理解できた。和彦もまた、本人の意思とは関係のないところで男たちの情と思惑に翻弄され、気がつけば、雁字搦めだ。
 しかし、和彦と御堂は決定的に違うものがあった。抗う力があるか否かということだ。意志の強さともいうべきかもしれない。
「……ぼくは、流されているだけだ。痛い思いをしたくないから、最初はあんたに身を任せた。自分の隊を率いている御堂さんと似ているなんて言ったら、失礼だ」
『いつになく自虐的だな、先生。やっぱり、動揺しているな』
「あんなことがあったのに、あんたも千尋も、難しい話をするからだ。……物事は、単純なのがいい。敵か味方か、信頼できるか否か。実行犯は誰か――」
 それもそうだと、賢吾が低い笑い声を洩らす。
『だったら、これだけは断言しておく。秋慈は、俺の大事で可愛いオンナを、絶対に傷つけたりはしない。もし、先生を傷つけようという計画がちらりとでもあいつの耳に入ったら、あいつは手段を選ぶことなく、計画を叩き潰す。そういう男だ』

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