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第34話
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御堂について、そこまで言い切られるというのも、複雑な心境だ。正確に表現するなら、嫉妬だ。御堂と直接会って話すことで、この感情を自分の中で上手く処理できたと思っていたが、甘かったようだ。それとも、今という状況のせいだろうか。
「……信頼、しているんだな」
『それもあるが、俺はあいつの性格がわかっている。――昔からのつき合いだから、秋慈はよく知っているんだ。俺がキレると、どれだけ面倒で厄介なことになるか。それに自分が巻き込まれることもな。だからそうならないよう、手を回す。つまり、そういうことだ』
とりあえず納得はできる答えだったが、和彦は別のことが気になり、つい呟いていた。
「あんたでも、キレることがあるのか……」
『蛇の怒りは冷たくて陰湿だ。みっともないから、先生には見せたくねーな』
「ぼくも……、そんな怖いもの、見たくないな」
物騒な大蛇を背負う男相手にこんなことを言えるのも、オンナの特権なのだろうなと、和彦は密かに苦笑を洩らす。
ここで賢吾が、電話の向こうで誰かと抑えた声音で話すのが聞こえた。こんな時間だというのに、まだ周囲に人がいるようだ。
「仕事中だったのか」
『先生が気にするな。俺がどうしても、先生の声だけでも聞いて安心しておきたかったんだ』
この瞬間、胸の奥から強い衝動が湧き起こり、和彦は早口にこう告げた。
「もう安心しただろ。切るからな」
慌てて電話を切って起き上がると、グラスに注いだお茶を一気に飲み干す。
ごく自然に、賢吾の顔が見たいと願った自分に、ひどくうろたえていた。それと同時に、心細さを自覚する。
少し前まで当然のように享受していた、怖い大蛇に守られる安堵感が恋しかった。
翌朝、うつ伏せの姿勢で目を覚ました和彦は、起き上がろうとして顔をしかめる。肩だけでなく、体のあちこちが軋むように痛んだからだ。原因は考えるまでもなく、昨夜の車の衝突のせいだ。動けないほど痛みがひどいわけではなく、筋肉痛のようなものだ。
和彦はベッドに腰掛けると、慎重に首を動かし、次に腕を持ち上げてみる。それから立ち上がってみて、軽く腰を捻ってから、ゆっくりとした足取りで室内を歩いた。やはりシートベルトが食い込んだ肩が一番ひどいようだが、それでも仕事に支障が出るほどではない。
とりあえず顔を洗おうと洗面所に入った和彦は、鏡に映る自分の顔を見て、うんざりする。明け方近くまで目が冴えていたため覚悟はしていたのだが、ひどい顔色だった。目も充血して、濃い隈までできている。これでは、事情を知らない人間にまで、何かあったと悟られる。
いまさらどうしようもないので、冷たい水で顔を洗ったあと、両頬を軽く叩いていくらか血の気を戻そうとしたが、ここで和彦はやっと、自分の格好を見下ろす。昨夜は手早くシャワーを浴びたあと、バスローブだけを着込んで休んだのだ。
すぐに部屋に戻って着替えようとしたが、昨日と同じワイシャツに袖を通す気になれず、動きを止める。結局、バスローブ姿でベッドに腰掛けた。
何かと気遣いが行き届いている総和会や長嶺組が、和彦が必要とするものを予測して、昨夜のうちに揃えるのは造作もなかっただろうが、おそらくその気遣いは、和彦を一晩、そっとしておくことに費やされたのだろう。
その証拠に、ベッドに腰掛けて五分もしないうちに携帯電話が鳴り、総和会の人間から、これから着替えを持って行くと告げられた。
着替えを受け取るとき、朝食をどうするかと聞かれた。ホテル内のレストランで済ませるか、出勤途中にどこか店に立ち寄るかということだったが、まったく食欲がなかったので、どちらも断った。だったらせめて、オレンジジュースぐらい飲んではと勧められたので、それには頷いた。
新しいワイシャツを着込み、身支度を整える。外に護衛を待たせているので、もうのんびりもできず、慌しく出勤の準備をしていると、なぜか、部屋のドアが開く音がした。
全身の毛が逆立つような恐怖を感じた和彦は、その場から動くこともできず、侵入者に無防備に身を晒す。
のっそりと姿を現したのは、部屋のカードキーを手にした南郷だった。一瞬、激高のあまり、どうしてそんなものを持っているのかと詰問しそうになったが、ハッとする。この部屋はツインルームで、カードキーはもう一枚あるのだ。
和彦が睨みつけると、南郷は痛痒を感じた様子もなく涼しげに笑った。
「その様子だと、出勤するつもりのようだな、先生」
「……どうして、勝手に入ってくるんですか」
「着替えを受け取ったあと、ドアガードをしなかっただろ。無用心だ」
「そういうことを言っているんじゃなくて――」
「……信頼、しているんだな」
『それもあるが、俺はあいつの性格がわかっている。――昔からのつき合いだから、秋慈はよく知っているんだ。俺がキレると、どれだけ面倒で厄介なことになるか。それに自分が巻き込まれることもな。だからそうならないよう、手を回す。つまり、そういうことだ』
とりあえず納得はできる答えだったが、和彦は別のことが気になり、つい呟いていた。
「あんたでも、キレることがあるのか……」
『蛇の怒りは冷たくて陰湿だ。みっともないから、先生には見せたくねーな』
「ぼくも……、そんな怖いもの、見たくないな」
物騒な大蛇を背負う男相手にこんなことを言えるのも、オンナの特権なのだろうなと、和彦は密かに苦笑を洩らす。
ここで賢吾が、電話の向こうで誰かと抑えた声音で話すのが聞こえた。こんな時間だというのに、まだ周囲に人がいるようだ。
「仕事中だったのか」
『先生が気にするな。俺がどうしても、先生の声だけでも聞いて安心しておきたかったんだ』
この瞬間、胸の奥から強い衝動が湧き起こり、和彦は早口にこう告げた。
「もう安心しただろ。切るからな」
慌てて電話を切って起き上がると、グラスに注いだお茶を一気に飲み干す。
ごく自然に、賢吾の顔が見たいと願った自分に、ひどくうろたえていた。それと同時に、心細さを自覚する。
少し前まで当然のように享受していた、怖い大蛇に守られる安堵感が恋しかった。
翌朝、うつ伏せの姿勢で目を覚ました和彦は、起き上がろうとして顔をしかめる。肩だけでなく、体のあちこちが軋むように痛んだからだ。原因は考えるまでもなく、昨夜の車の衝突のせいだ。動けないほど痛みがひどいわけではなく、筋肉痛のようなものだ。
和彦はベッドに腰掛けると、慎重に首を動かし、次に腕を持ち上げてみる。それから立ち上がってみて、軽く腰を捻ってから、ゆっくりとした足取りで室内を歩いた。やはりシートベルトが食い込んだ肩が一番ひどいようだが、それでも仕事に支障が出るほどではない。
とりあえず顔を洗おうと洗面所に入った和彦は、鏡に映る自分の顔を見て、うんざりする。明け方近くまで目が冴えていたため覚悟はしていたのだが、ひどい顔色だった。目も充血して、濃い隈までできている。これでは、事情を知らない人間にまで、何かあったと悟られる。
いまさらどうしようもないので、冷たい水で顔を洗ったあと、両頬を軽く叩いていくらか血の気を戻そうとしたが、ここで和彦はやっと、自分の格好を見下ろす。昨夜は手早くシャワーを浴びたあと、バスローブだけを着込んで休んだのだ。
すぐに部屋に戻って着替えようとしたが、昨日と同じワイシャツに袖を通す気になれず、動きを止める。結局、バスローブ姿でベッドに腰掛けた。
何かと気遣いが行き届いている総和会や長嶺組が、和彦が必要とするものを予測して、昨夜のうちに揃えるのは造作もなかっただろうが、おそらくその気遣いは、和彦を一晩、そっとしておくことに費やされたのだろう。
その証拠に、ベッドに腰掛けて五分もしないうちに携帯電話が鳴り、総和会の人間から、これから着替えを持って行くと告げられた。
着替えを受け取るとき、朝食をどうするかと聞かれた。ホテル内のレストランで済ませるか、出勤途中にどこか店に立ち寄るかということだったが、まったく食欲がなかったので、どちらも断った。だったらせめて、オレンジジュースぐらい飲んではと勧められたので、それには頷いた。
新しいワイシャツを着込み、身支度を整える。外に護衛を待たせているので、もうのんびりもできず、慌しく出勤の準備をしていると、なぜか、部屋のドアが開く音がした。
全身の毛が逆立つような恐怖を感じた和彦は、その場から動くこともできず、侵入者に無防備に身を晒す。
のっそりと姿を現したのは、部屋のカードキーを手にした南郷だった。一瞬、激高のあまり、どうしてそんなものを持っているのかと詰問しそうになったが、ハッとする。この部屋はツインルームで、カードキーはもう一枚あるのだ。
和彦が睨みつけると、南郷は痛痒を感じた様子もなく涼しげに笑った。
「その様子だと、出勤するつもりのようだな、先生」
「……どうして、勝手に入ってくるんですか」
「着替えを受け取ったあと、ドアガードをしなかっただろ。無用心だ」
「そういうことを言っているんじゃなくて――」
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