829 / 1,292
第35話
(6)
しおりを挟む
和彦は、ここが自分に与えられた檻のようなものであることを思い出す。じろりと賢吾を睨みつけた。
「盗聴器、まだ仕掛けたままなのか……」
「どんなときでも、先生の安全には気を配らないとな」
「ものは言いようだな、まったく」
「そう言うな。先生がここにいると連絡を受けたとき、たまたま移動の途中だったから、顔だけでも見たくて、こうして寄ったんだ。会えたんだから、盗聴器さまさまだろ」
「……本当に、ものは言いようだな」
そう言って掻き上げた髪は、すっかり乾いていた。眠気はすっかりどこかに行き、心地よい充足感が手足の先まで行き渡っている。そう長い時間眠っていたわけではないが、よほどリラックスできたのだろうなと、自分の状態に和彦は複雑な心境となる。
体を起こすと、和彦の頭を見た賢吾が笑いを噛み殺したような顔をした。
「髪を乾かさないまま寝たな、先生。頭がひどいことになってるぞ」
和彦は慌てて髪を撫でる。
「いいんだ。どうせ今日はもう、誰にも会わないし」
「ということは、今日はここに泊まるのか」
この表現は変だと、互いに気づいて視線を交わす。本来は、ここが和彦の住居で、総和会本部には客として滞在している立場なのだ。それが今では、まったく逆となっている。
「これまで散々、先生に偉そうなことを言っておきながら、オヤジに対してまったく盾になれなくて、すまないな」
和彦の髪を撫でながら、苦々しい声で賢吾が言う。和彦はちらりと笑みをこぼした。
「選んだのはぼく自身だ。……この世界で生きていくために、多分、必要なことなんだろう。窒息しそうな重圧を感じるけど、単なる〈オンナ〉では、きっとあんたたちの側にはいられない。ぼくは、自分の身を守りたいんだ。怖い思いも、痛い思いもしたくないから、強い力に身を委ねる」
「……先生にそこまで言わせても、俺たちは――俺はやっぱり、先生に逃げられることを恐れてる。どんな手を使ってでも、こいつだけは絶対にどこにも行かせないと、あれこれ考えちまうんだ」
賢吾に肩を抱き寄せられ、和彦は素直に身を預ける。
「逃げることなんてできるんだろうか……」
ぽつりと和彦が洩らすと、後ろ髪を掴まれて賢吾に顔を覗き込まれる。大蛇が潜む目は、ゾクリとするほど冷たい光を湛えていた。
「逃げたいのか?」
恫喝するような問いかけから滲み出ているのは、和彦を絞め殺しかねないほどの、強い独占欲と執着心だった。我ながら度し難いと思うが、和彦は身が震えるような興奮を覚え、賢吾の頬にてのひらを押し当てる。髪を掴む手がふっと緩んだ。
「――……ぼくは、あんたたちの血肉になるそうだ。そうなったら、逃げようがないな」
「オヤジが言ったのか?」
「ああ」
「俺たちが、先生を食うのか……」
こんなふうに、と賢吾が耳元に顔を寄せ、耳朶に軽く噛みついてくる。熱い疼きが背筋を駆け抜けて、和彦は小さく声を上げていた。
「いつもは、俺たちのほうが、先生に肉を食われているのにな」
耳元でもたらされるバリトンの響きに和彦は、官能を刺激されるより先に、記憶を刺激された。
「……父子だけあって、同じようなことを言うんだな」
「大したオンナだ。父子に同じような台詞を言われたなんて、さらりと告白するんだからな」
自分の失言に気づいた和彦はうろたえ、身を捩ろうとするが、賢吾にしっかりと抱き締められる。
「じっとしてろ。あまり時間がねーんだから、先生の感触を堪能させろ」
「さんざん堪能してきただろ、いままで……」
「まだまだ足りねーな」
心地よさそうに賢吾が洩らした吐息に、気持ちがくすぐられる。一人になりたくてここに戻ってきたはずなのに、今は、賢吾と一緒にいられることが、何よりもほっとできる。
和彦はゆっくりと目を閉じると、賢吾の背にそっと両腕を回した。
「盗聴器、まだ仕掛けたままなのか……」
「どんなときでも、先生の安全には気を配らないとな」
「ものは言いようだな、まったく」
「そう言うな。先生がここにいると連絡を受けたとき、たまたま移動の途中だったから、顔だけでも見たくて、こうして寄ったんだ。会えたんだから、盗聴器さまさまだろ」
「……本当に、ものは言いようだな」
そう言って掻き上げた髪は、すっかり乾いていた。眠気はすっかりどこかに行き、心地よい充足感が手足の先まで行き渡っている。そう長い時間眠っていたわけではないが、よほどリラックスできたのだろうなと、自分の状態に和彦は複雑な心境となる。
体を起こすと、和彦の頭を見た賢吾が笑いを噛み殺したような顔をした。
「髪を乾かさないまま寝たな、先生。頭がひどいことになってるぞ」
和彦は慌てて髪を撫でる。
「いいんだ。どうせ今日はもう、誰にも会わないし」
「ということは、今日はここに泊まるのか」
この表現は変だと、互いに気づいて視線を交わす。本来は、ここが和彦の住居で、総和会本部には客として滞在している立場なのだ。それが今では、まったく逆となっている。
「これまで散々、先生に偉そうなことを言っておきながら、オヤジに対してまったく盾になれなくて、すまないな」
和彦の髪を撫でながら、苦々しい声で賢吾が言う。和彦はちらりと笑みをこぼした。
「選んだのはぼく自身だ。……この世界で生きていくために、多分、必要なことなんだろう。窒息しそうな重圧を感じるけど、単なる〈オンナ〉では、きっとあんたたちの側にはいられない。ぼくは、自分の身を守りたいんだ。怖い思いも、痛い思いもしたくないから、強い力に身を委ねる」
「……先生にそこまで言わせても、俺たちは――俺はやっぱり、先生に逃げられることを恐れてる。どんな手を使ってでも、こいつだけは絶対にどこにも行かせないと、あれこれ考えちまうんだ」
賢吾に肩を抱き寄せられ、和彦は素直に身を預ける。
「逃げることなんてできるんだろうか……」
ぽつりと和彦が洩らすと、後ろ髪を掴まれて賢吾に顔を覗き込まれる。大蛇が潜む目は、ゾクリとするほど冷たい光を湛えていた。
「逃げたいのか?」
恫喝するような問いかけから滲み出ているのは、和彦を絞め殺しかねないほどの、強い独占欲と執着心だった。我ながら度し難いと思うが、和彦は身が震えるような興奮を覚え、賢吾の頬にてのひらを押し当てる。髪を掴む手がふっと緩んだ。
「――……ぼくは、あんたたちの血肉になるそうだ。そうなったら、逃げようがないな」
「オヤジが言ったのか?」
「ああ」
「俺たちが、先生を食うのか……」
こんなふうに、と賢吾が耳元に顔を寄せ、耳朶に軽く噛みついてくる。熱い疼きが背筋を駆け抜けて、和彦は小さく声を上げていた。
「いつもは、俺たちのほうが、先生に肉を食われているのにな」
耳元でもたらされるバリトンの響きに和彦は、官能を刺激されるより先に、記憶を刺激された。
「……父子だけあって、同じようなことを言うんだな」
「大したオンナだ。父子に同じような台詞を言われたなんて、さらりと告白するんだからな」
自分の失言に気づいた和彦はうろたえ、身を捩ろうとするが、賢吾にしっかりと抱き締められる。
「じっとしてろ。あまり時間がねーんだから、先生の感触を堪能させろ」
「さんざん堪能してきただろ、いままで……」
「まだまだ足りねーな」
心地よさそうに賢吾が洩らした吐息に、気持ちがくすぐられる。一人になりたくてここに戻ってきたはずなのに、今は、賢吾と一緒にいられることが、何よりもほっとできる。
和彦はゆっくりと目を閉じると、賢吾の背にそっと両腕を回した。
65
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
シリアスはほとんどないです
不定期更新
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる