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第35話
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曖昧な返事をした和彦は、純粋な疑問から、御堂にこう尋ねていた。
「どうして今日、ぼくを誘ってくださったのですか? 長嶺会長や南郷さんにもっと目をつけられることになるのに……」
「牽制の意味もあったけど、君は放っておけない。わたしの長年の友人の大事な人だし、何より、昔のわたしの姿と重なる。そんなわたしの目に、君が頑丈な檻の中で窒息しかかっているように見えたんだ。みんな、君が大事すぎて、逃げ出さないよう、ただただ檻だけを立派にしていく。閉じ込められる君のことはお構いなしだ」
「わかる、ものなんですね……」
「わたしも一時、文字通り、檻に閉じ込められていたことがあるから」
とんでもないことをさらりと言われ、数秒の間を置いて和彦は目を見開く。御堂は淡く苦笑した。
「オンナに執着するヤクザは、行動が似るんだろうか」
「……ぼくは、さすがに本物の檻に入れられたことはありません」
「まだね」
不吉な一言を呟いたあと、御堂は料理を口に運ぶ。和彦が一人で動揺していると、たっぷりの間を置いてから、御堂はようやく欲しい言葉を言ってくれた。
「冗談だよ」
とりあえずその言葉に安堵して、和彦はようやく、食事を再開することができた。
自宅マンションに着いた和彦は、部屋に入って完全に一人になったところで、大きく息を吐き出す。久しぶりに味わう解放感に、ここがやはり自分の家なのだと強く実感していた。
御堂と別れたあと、聞かされた話の内容から思うところがあった和彦は、どうしても総和会本部に戻る気にはなれず、護衛の男たちにこう主張していた。
このまま自宅マンションに向かい、一泊して過ごすと。
今日はすでに、御堂と食事をすることで、自分の主張を押し通した。いつもであれば、これ以上はわがままは言えないと、周囲の勧めに従うところだ。しかし和彦は引かなかった。結局、男たちはどこかに連絡を取ったあと、やむなくといった様子で承諾した。
靴を脱ごうとした和彦は、ふと気になってドアレンズを覗く。ここまで送り届けてくれた護衛の男たちの姿は、すでにドアの前にはなかった。
ふらふらと部屋に入ると、まず何をしようかと考えてから、とりあえず風呂に入ることにした。
湯を溜めている間に着替えを用意して、気に入っている入浴剤をバスタブに放り込む。
さっそく湯に浸かった和彦は、バスタブの縁に頭を預けて目を閉じた。
まだ昼間といえる時間帯なのだが、今日は大変だったと思い返す。総本部で何枚もの書類にサインをして、総和会との繋がりがまた深く、強くなったことを噛み締めたあと、御堂たち第一遊撃隊と出くわした。
御堂と二人きりで食事をして、〈毒〉を注ぎ込まれた和彦の心は、波立っている。
「檻……か」
和彦はぽつりと呟くと、湯に深く身を沈める。今の和彦をがんじがらめにするのは、目に見える檻ではなく、男たちの情であり、思惑だ。それですら、十分に行動を制限され、息苦しさを覚えるというのに、本物の檻などに入れられたとしたら、自分はどうなるか。
湯に浸かっているというのに、和彦の肌がザッと粟立つ。オンナに対する独占欲や執着心はそこまで行き着くものなのかと、空恐ろしさを覚える。その一方で、胸の奥で官能のうねりが生じていた。
檻に閉じ込められた御堂の姿を想像して、それがいつしか、自分の姿へと入れ替わる。檻の外にいる男は――。
ハッと我に返った和彦は、妄想を振り払うように水音を立てる。
体を洗ってバスルームから出ると、もうすでに何もする気力が残っておらず、服を着込んでから寝室へと向かう。どうせ明日まで誰にも会わないのだからと、濡れた髪のままベッドに転がった。
「疲れた……」
しみじみと洩らしてから手足を伸ばす。眠るつもりはなかったのだが、気が緩んだ途端、ヒタヒタと眠気がやってくる。
一人の空間で、何をするのも自由だと思うと、もう瞼を開けていられない。少しだけだからと自分に言い聞かせながら、和彦は意識を手放した。
髪を撫でる優しい感触に、つい口元が緩む。昼寝からの目覚め方としては理想的だと思ったが、意識がはっきりしてくるに従って、そんな場合ではないことに気づく。
部屋に一人でいたはずなのに、誰かがいるのだ。もっとも、その〈誰か〉はごく限られているが。
ゆっくりと目を開けると、枕元に賢吾が腰掛けていた。
「どうして……」
和彦が発した声は、寝起きのせいで掠れていた。軽く咳き込むと、賢吾が大仰に眉をひそめる。
「風邪か、先生?」
「……違う。――ぼくがここにいると、総和会から連絡があったのか?」
「あそこの連中は、先生の行動を逐次教えてくれるほど、親切じゃねーよ」
「だったら……、あっ」
「どうして今日、ぼくを誘ってくださったのですか? 長嶺会長や南郷さんにもっと目をつけられることになるのに……」
「牽制の意味もあったけど、君は放っておけない。わたしの長年の友人の大事な人だし、何より、昔のわたしの姿と重なる。そんなわたしの目に、君が頑丈な檻の中で窒息しかかっているように見えたんだ。みんな、君が大事すぎて、逃げ出さないよう、ただただ檻だけを立派にしていく。閉じ込められる君のことはお構いなしだ」
「わかる、ものなんですね……」
「わたしも一時、文字通り、檻に閉じ込められていたことがあるから」
とんでもないことをさらりと言われ、数秒の間を置いて和彦は目を見開く。御堂は淡く苦笑した。
「オンナに執着するヤクザは、行動が似るんだろうか」
「……ぼくは、さすがに本物の檻に入れられたことはありません」
「まだね」
不吉な一言を呟いたあと、御堂は料理を口に運ぶ。和彦が一人で動揺していると、たっぷりの間を置いてから、御堂はようやく欲しい言葉を言ってくれた。
「冗談だよ」
とりあえずその言葉に安堵して、和彦はようやく、食事を再開することができた。
自宅マンションに着いた和彦は、部屋に入って完全に一人になったところで、大きく息を吐き出す。久しぶりに味わう解放感に、ここがやはり自分の家なのだと強く実感していた。
御堂と別れたあと、聞かされた話の内容から思うところがあった和彦は、どうしても総和会本部に戻る気にはなれず、護衛の男たちにこう主張していた。
このまま自宅マンションに向かい、一泊して過ごすと。
今日はすでに、御堂と食事をすることで、自分の主張を押し通した。いつもであれば、これ以上はわがままは言えないと、周囲の勧めに従うところだ。しかし和彦は引かなかった。結局、男たちはどこかに連絡を取ったあと、やむなくといった様子で承諾した。
靴を脱ごうとした和彦は、ふと気になってドアレンズを覗く。ここまで送り届けてくれた護衛の男たちの姿は、すでにドアの前にはなかった。
ふらふらと部屋に入ると、まず何をしようかと考えてから、とりあえず風呂に入ることにした。
湯を溜めている間に着替えを用意して、気に入っている入浴剤をバスタブに放り込む。
さっそく湯に浸かった和彦は、バスタブの縁に頭を預けて目を閉じた。
まだ昼間といえる時間帯なのだが、今日は大変だったと思い返す。総本部で何枚もの書類にサインをして、総和会との繋がりがまた深く、強くなったことを噛み締めたあと、御堂たち第一遊撃隊と出くわした。
御堂と二人きりで食事をして、〈毒〉を注ぎ込まれた和彦の心は、波立っている。
「檻……か」
和彦はぽつりと呟くと、湯に深く身を沈める。今の和彦をがんじがらめにするのは、目に見える檻ではなく、男たちの情であり、思惑だ。それですら、十分に行動を制限され、息苦しさを覚えるというのに、本物の檻などに入れられたとしたら、自分はどうなるか。
湯に浸かっているというのに、和彦の肌がザッと粟立つ。オンナに対する独占欲や執着心はそこまで行き着くものなのかと、空恐ろしさを覚える。その一方で、胸の奥で官能のうねりが生じていた。
檻に閉じ込められた御堂の姿を想像して、それがいつしか、自分の姿へと入れ替わる。檻の外にいる男は――。
ハッと我に返った和彦は、妄想を振り払うように水音を立てる。
体を洗ってバスルームから出ると、もうすでに何もする気力が残っておらず、服を着込んでから寝室へと向かう。どうせ明日まで誰にも会わないのだからと、濡れた髪のままベッドに転がった。
「疲れた……」
しみじみと洩らしてから手足を伸ばす。眠るつもりはなかったのだが、気が緩んだ途端、ヒタヒタと眠気がやってくる。
一人の空間で、何をするのも自由だと思うと、もう瞼を開けていられない。少しだけだからと自分に言い聞かせながら、和彦は意識を手放した。
髪を撫でる優しい感触に、つい口元が緩む。昼寝からの目覚め方としては理想的だと思ったが、意識がはっきりしてくるに従って、そんな場合ではないことに気づく。
部屋に一人でいたはずなのに、誰かがいるのだ。もっとも、その〈誰か〉はごく限られているが。
ゆっくりと目を開けると、枕元に賢吾が腰掛けていた。
「どうして……」
和彦が発した声は、寝起きのせいで掠れていた。軽く咳き込むと、賢吾が大仰に眉をひそめる。
「風邪か、先生?」
「……違う。――ぼくがここにいると、総和会から連絡があったのか?」
「あそこの連中は、先生の行動を逐次教えてくれるほど、親切じゃねーよ」
「だったら……、あっ」
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