827 / 1,289
第35話
(4)
しおりを挟む
「いえ……。心配しなくていいとだけ」
「犯人について、調べているかどうかすらも教えられていないというわけか」
目線を伏せて肯定すると、どういう意味か御堂が唇の端を動かす。なんとなく嘲りの表情に見えた。
襲撃された件で、和彦に一番情報をもたらしてくれたのは、千尋だ。全体の状況が見えない和彦に、総和会内部の者による犯行の可能性を示唆したのだ。そのとき千尋の口から名が出たのは、今目の前にいる御堂だった。
もちろん、御堂の犯行だと決めつけていたのではなく、御堂を利用したがっている勢力があると言っていたのだ。その勢力の筆頭が、御堂とは浅からぬ縁のある組織、清道会だ。
「そのうち……というか、さすがに誰かが君に教えるかもしれないが、君を襲った主犯格として、清道会の名が挙がっている。綾瀬さんがいる組だ」
和彦が驚かなかったことに、御堂は納得したように頷き、艶やかな笑みを見せた。
「そうか。もう知っているようだね」
「すみません……」
「どうして君が謝る。総和会にいれば、誰もが薄々考えることだ。わたしが復帰して、血気に逸った誰かが独断で暴走した結果だとしても、責めを負うのは組そのものだ。実際、早いうちから長嶺会長は、檄文を出した。自分の〈オンナ〉であり、長嶺組長からの大事な預かりものでもある君が命の危険に晒されて、憤激していることを。そこに、まるで、特定の組織を想起させるような文章もつけてね」
えっ、と声を洩らした和彦は、そのまま絶句する。和彦が知る守光と、あまりに様子が違うと感じたからだ。守光はむしろ、和彦が襲撃されたということを最大限に利用した。総和会という組織深くに、和彦を取り込んだのだ。
ある可能性がちらりと頭を掠めた瞬間、総毛立つような感覚に襲われる。ブルリと身震いした和彦を、御堂は冷静な――冷徹ともいえる目で見つめていた。
「君はやっぱり頭がいい。ある可能性に、気づいたんだね」
和彦は頷かなかった。認めてしまえば、守光とこれまでのように向き合えないと思ったからだ。聡い守光は、和彦の些細な機微すら見抜いてしまい、総和会という組織の奥にさらに取り込もうとしてくるかもしれない。
「君が襲われたという事実は、こういってはなんだが、使い勝手がいいんだ。肝心の君は怪我がなく、襲ったほうも、車を停めることに成功しておきながら、なぜか君に一切手出しはしなかった。あとに残ったのは、総和会の外部ではなく、内部の者による犯行の可能性が高い、という不確実な話だけだ。そこで長嶺会長はどう動くか――」
守光は、対外的には総和会を磐石の組織へと育て上げたが、内部に限っては、すべてが安泰というわけではない。敵すらも呑み込んでいる巨大な組織は、ある意味、不安定ともいえた。だからこそ守光はさらに完璧を目指し、精力的に動き続けている。
「今回の件で、得をした人間がいる。もちろん、君ではない。綾瀬さん――清道会でも、それ以外の、長嶺会長の抵抗勢力でもない。そう。組織改革のさらなる口実を得た、長嶺会長自身だよ」
御堂の言う〈毒〉とは、猜疑心のことだ。
和彦は自分でも顔が青ざめていくのがわかった。
「これまでの総和会は、十一の組が名を連ねているということもあって、一応は合議制的な部分が強かったんだ。だけどそれは、長嶺会長の代になってから、少しずつ変わってきている。あの人が目指しているのは……、会長権限による独裁かもしれない」
ここまで話して、御堂は優雅な動作でお茶を啜る。和彦が箸を置いたのを見て、怜悧な微笑を浮かべた。見惚れるほど美しい表情だが、よく研がれた刃のような鋭さがある。
「親切なふりをして、わたしは君に毒を吹き込んだ。君はきっと、長嶺会長に対して怯えを抱くだろう。そして、長嶺会長は気づく。君に余計なことを吹き込んだ人間がいて、それは、今日食事をともにしたわたしだ、と。気に障って仕方ないだろうね。復帰を認めたばかりだというのに、もう動き出したかと」
自分は男たちの思惑と力に翻弄されるしかないのだと、痛感していた。守光が言う、強い力に身を委ねるとは、言い換えるなら、こういうことだ。和彦の知らないところで、和彦は利用されている。教えてくれるだけ、御堂は〈親切〉なのだろう。
「……賢吾さんに対して、ぼくはよく言っていたんです。ヤクザの言うことなんて、信じられないと」
「そうだね。わたしもヤクザだから、信じないほうがいい。今言ったことは、なんの確証もない。ただの憶測というやつだ。もしかすると君を襲ったのは、総和会の外の人間で、長嶺会長は必死に犯人を捜させているかもしれない。君は、信じたいことを信じればいいし、そうできないなら、何も信じなくてもいい」
「犯人について、調べているかどうかすらも教えられていないというわけか」
目線を伏せて肯定すると、どういう意味か御堂が唇の端を動かす。なんとなく嘲りの表情に見えた。
襲撃された件で、和彦に一番情報をもたらしてくれたのは、千尋だ。全体の状況が見えない和彦に、総和会内部の者による犯行の可能性を示唆したのだ。そのとき千尋の口から名が出たのは、今目の前にいる御堂だった。
もちろん、御堂の犯行だと決めつけていたのではなく、御堂を利用したがっている勢力があると言っていたのだ。その勢力の筆頭が、御堂とは浅からぬ縁のある組織、清道会だ。
「そのうち……というか、さすがに誰かが君に教えるかもしれないが、君を襲った主犯格として、清道会の名が挙がっている。綾瀬さんがいる組だ」
和彦が驚かなかったことに、御堂は納得したように頷き、艶やかな笑みを見せた。
「そうか。もう知っているようだね」
「すみません……」
「どうして君が謝る。総和会にいれば、誰もが薄々考えることだ。わたしが復帰して、血気に逸った誰かが独断で暴走した結果だとしても、責めを負うのは組そのものだ。実際、早いうちから長嶺会長は、檄文を出した。自分の〈オンナ〉であり、長嶺組長からの大事な預かりものでもある君が命の危険に晒されて、憤激していることを。そこに、まるで、特定の組織を想起させるような文章もつけてね」
えっ、と声を洩らした和彦は、そのまま絶句する。和彦が知る守光と、あまりに様子が違うと感じたからだ。守光はむしろ、和彦が襲撃されたということを最大限に利用した。総和会という組織深くに、和彦を取り込んだのだ。
ある可能性がちらりと頭を掠めた瞬間、総毛立つような感覚に襲われる。ブルリと身震いした和彦を、御堂は冷静な――冷徹ともいえる目で見つめていた。
「君はやっぱり頭がいい。ある可能性に、気づいたんだね」
和彦は頷かなかった。認めてしまえば、守光とこれまでのように向き合えないと思ったからだ。聡い守光は、和彦の些細な機微すら見抜いてしまい、総和会という組織の奥にさらに取り込もうとしてくるかもしれない。
「君が襲われたという事実は、こういってはなんだが、使い勝手がいいんだ。肝心の君は怪我がなく、襲ったほうも、車を停めることに成功しておきながら、なぜか君に一切手出しはしなかった。あとに残ったのは、総和会の外部ではなく、内部の者による犯行の可能性が高い、という不確実な話だけだ。そこで長嶺会長はどう動くか――」
守光は、対外的には総和会を磐石の組織へと育て上げたが、内部に限っては、すべてが安泰というわけではない。敵すらも呑み込んでいる巨大な組織は、ある意味、不安定ともいえた。だからこそ守光はさらに完璧を目指し、精力的に動き続けている。
「今回の件で、得をした人間がいる。もちろん、君ではない。綾瀬さん――清道会でも、それ以外の、長嶺会長の抵抗勢力でもない。そう。組織改革のさらなる口実を得た、長嶺会長自身だよ」
御堂の言う〈毒〉とは、猜疑心のことだ。
和彦は自分でも顔が青ざめていくのがわかった。
「これまでの総和会は、十一の組が名を連ねているということもあって、一応は合議制的な部分が強かったんだ。だけどそれは、長嶺会長の代になってから、少しずつ変わってきている。あの人が目指しているのは……、会長権限による独裁かもしれない」
ここまで話して、御堂は優雅な動作でお茶を啜る。和彦が箸を置いたのを見て、怜悧な微笑を浮かべた。見惚れるほど美しい表情だが、よく研がれた刃のような鋭さがある。
「親切なふりをして、わたしは君に毒を吹き込んだ。君はきっと、長嶺会長に対して怯えを抱くだろう。そして、長嶺会長は気づく。君に余計なことを吹き込んだ人間がいて、それは、今日食事をともにしたわたしだ、と。気に障って仕方ないだろうね。復帰を認めたばかりだというのに、もう動き出したかと」
自分は男たちの思惑と力に翻弄されるしかないのだと、痛感していた。守光が言う、強い力に身を委ねるとは、言い換えるなら、こういうことだ。和彦の知らないところで、和彦は利用されている。教えてくれるだけ、御堂は〈親切〉なのだろう。
「……賢吾さんに対して、ぼくはよく言っていたんです。ヤクザの言うことなんて、信じられないと」
「そうだね。わたしもヤクザだから、信じないほうがいい。今言ったことは、なんの確証もない。ただの憶測というやつだ。もしかすると君を襲ったのは、総和会の外の人間で、長嶺会長は必死に犯人を捜させているかもしれない。君は、信じたいことを信じればいいし、そうできないなら、何も信じなくてもいい」
65
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
帝は傾国の元帥を寵愛する
tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。
舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。
誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。
だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。
それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。
互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。
誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。
やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。
華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。
冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。
【第13回BL大賞にエントリー中】
投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる